2015_09
03
(Thu)11:55

ほんのわずか(13)

これを書いた時ブログが半年記念だったんですよね…。あれから1年以上…成長していませんね。


2014/8/15初稿、2014/9/12一部修正、2015/9/3修正後通常公開





「こちらでよろしいですか?」

キョーコが差し出した資料に目を通した関西支店長の南部は満足げに頷いた

「欲しいデータがちゃんと入ってるわ。出先やし急いでたからほんま助かった。ありがとう」
「お役に立ててよかったです」

ニコリと笑って会議室を出ようとしたキョーコを南部は呼び止めた

「最上さん…っていつも支店長会議の資料メール送ってくれてるやんな。資料も君が作ってるんか?」
「あ…はい」

何か不備があったのかとキョーコは緊張しながら肯定した

「最近の資料、よくまとまってるし読みやすいわ。これからも頼むよ」
「あ、はい!ありがとうございます!」


会議室を出たキョーコの足は軽く弾んだ。 関西支店長にしてみたらなんとなく褒めただけだろうが、なんとなく出た言葉だからこそ嬉しい。
フニョフニョとした今の気持ちを誰かに伝えたくなって…

その誰かの顔が浮かんだ途端、弾んでいた足はピタリと止まった

あんなことがあったのは今日のお昼のことなのに
浮かぶのは蓮の顔だなんて

自分はどこまで愚かなんだろう



■ほんのわずか(13)





「お、最上さんどうした?南部さんに頼まれた資料、ダメだったのかい?」

うつむき立ち止まってると、椹が話しかけてきた

「いえ、なんか忘れてた仕事あった気がして思い出してました」
「あ~あるよな。そういうこと」
「そうなんです。思い出せないとなんだか気持ち悪いですよね」

椹に笑顔を見せて、席に戻る
デスクに座ってマウスを動かすと、スリープしていたパソコン画面が明るくなったが、さっき浮かんだ蓮の顔がちらついて、なかなかレジュメの内容が頭に入らない


職場であった嬉しい事、電車のなかで聞いた面白い会話、通勤路を毎朝散歩している犬…

わざわざ電話したりメールしてまで誰かに知らせる程ではないささいなこと
一緒に出掛けた先で、かかってきた電話で、そんな事をたくさん話した 。蓮はいつも微笑みながらそれを聞いてくれて、感想を言ったり、腹を抱えて笑ったり…

とっくに気付いていた

キョーコは楽しかったのだ
楽だからとか、ましてや大人の女になるためではない
蓮と他愛ない話をして笑いあうあの時間がただただ楽しかった

目に浮かぶお昼にみた光景
蓮と並んで遜色ないほど美しい女性
あんな人目につきやすい、しかも高級店でランチすると言うことは、誰に見られても構わない本命と言うことなのだろう

蓮には“つなぎ”ではない大事な人が出来た

つまり、キョーコは不要になったと言うことだ

それは最初から分かっていたこと
ただ3ヶ月前の生活に戻るだけなのに …その喪失感を思うと震えるほどに怖い

*
*


定時後、駅に向かうキョーコは自己嫌悪の渦にいた
あれから仕事の能率は最悪だった。忙しい時期だったら、部のみんなの足を引っ張っていたことだろう

「キョーコちゃん、どうしたの?背中丸めて」

駅までもう少し、というところで後ろから声をかけてきたのは愛理だ。慌てて笑顔の仮面を張り付けて振り向いた。

「丸くなってますか?夕飯何食べようかと考えていたところです」
「そっか、キョーコちゃん1人暮らしだっけ?」

他愛ないことを話しながら改札を通り、ホームで電車を待っていると、愛理の携帯が鳴った。どうやらメールのようだ
メールを確認した愛理は少し難しい顔をしていたが、キョーコの方を見て何か思いついたらしい。

「ね、キョーコちゃん。明日の夜空いてない?」
「空いてます…けど?」
「私が幹事しているコンパに欠員出ちゃったの。お願い付き合って」
「え…」

いつものキョーコなら断っていただろう。

だが、あの喪失感を思い出す。
このまま自然消滅なのか、別れを近々切り出されるのか、それはわからないが、蓮はこれからキョーコを必要としないだろう。

もうキョーコの些細な話を蓮は聞いてはくれなくなって
もうあんな暖かい笑顔で見てはくれない

なら

他の誰かでもこの胸に開いた穴を埋めれるだろうか?

キョーコは愛理に頷いて見せた。


 ― ほんのわずかに 向きを変えて
              私は前へ進もうとする   ―



(14へ続く)

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