2015_09
10
(Thu)11:55

ほんのわずか(14)

2014/8/22初稿、2014/912一部修正加筆、2015/9/10一部修正の上通常公開





♪・♪・♪~


「…はい」
『俺だけど…。ごめん、遅くに』
「いえ…お仕事お疲れ様です」
『今日は南部さん達と飲みに行ってただけだから。南部さん、キョーコのこと誉めてたよ。急ぎの資料頼まれたんだって?』」
「あ、はい…」

昨日までのキョーコなら声を弾ませてその話題に乗っただろうが、流石にそんな気にはなれなくて返した生返事を、蓮は遅い時間のせいと受け取ったようだ

『なんか疲れてるみたいだ。もう寝た方がいいね。明日の夜は空いてる?』
「明日は…」

コンパなんです。
敦賀さんはもう私がいらないみたいですから、私も別の人探します。
だからわざわざ別れ話なんていりませんよ

そう、ハッキリ言えたら少しはカッコいい大人の女のように見えるのだろうか?
でも…


「…大原さん達と女子会なんです」

口に出たのはチンケな嘘
蓮は疑うこともなく「では週末に」と電話を切った。




■ほんのわずか(14)




「キョーコちゃん、って呼んでいい?」

声をかけられた方に視線を向けると、人懐っこい笑顔があった。

(確か、男性側の幹事の… )

「村雨だよ。村雨泰来。大原とは大学のゼミ仲間なんだ」

大学に入るまではかなりヤンチャをしていたという村雨の話は、他の参加女子にも大いに受けた。

「えーっ、嘘ですよね?村雨さん」
「ほんと、ほんと。な?大原?」
「本当よ。今どきこんな不良いるんだってびっくりしたもん。大学の入学式で…」

2人の息の合ったやりとりに場が盛り上がる。
キョーコも皆に合せて笑いながらその輪に加わった。

*
*

「キョーコちゃん」

店の出口で待っていた村雨にキョーコは驚いた。

「どうしたんですか?みなさん2次会に行かれたんじゃ?」

キョーコも愛理から誘われたがなんだかひどく疲れてしまった為に断らせてもらった。先に帰るキョーコに気を使ってほしくなくて、1次会がお開きになった後にお手洗いに行ってから店をでたのだ。

「うん、明日早いから俺も帰ろうと思って。キョーコちゃんも帰るんだろ?駅まで一緒に行こう」

そう言われると断る理由もない。2人で駅までの道を歩く


隣に見える肩の位置が違う。
蓮より10㎝近く低いのだろうか

声の高さが違う
蓮はもう少し低くて、耳触りのよい染み渡るような声

店の中でもずっと比較していた

キョーコの水っぽくなったカシスグレープを注文し直してくれれば
蓮なら、次はソフトドリンクをやんわり薦めただろうとか

次々料理を注文する姿を見ては
ほっといたら最低限しか食べない蓮を思い出した。


なんてこと


新しい出会いを求めるはずが

思い知らされる。

自分がどんなに蓮に囚われているかを。


でも、もう望みはない


もうすぐ改札、という所で村雨は立ち止まった。

「ね、スタバにでも行かない?」
「え?」
「もっとキョーコちゃんのことも聞きたいなって思ってさ。勿論、俺フリーだし結構真剣なんだけど。」

そういってニッコリ笑う。

キョーコは村雨の顔を見た。

蓮に比べて少し顎をあげただけで、見上げれる顏。
蓮ではない顔。

だけど、キョーコの事を知りたい。そう言ってくれる顏を

*
*


翌朝、仕事に向かうキョーコの身体はは重い。

ぐるぐるぐるぐる…
結局、昨夜は頭の中が坩堝でよく寝れなかったのだ

村雨にキョーコの事をもっと知りたいと言われた時、一瞬考えてみようかと思った。
その手を取る未来を

でも無理だった。
その手がキョーコの手を握り、キョーコの髪を梳き、キョーコの身体に触れ、粘土細工のように変えていく…

嫌なのだ

蓮でないと

蓮以外の手ならいらない。


(結局、私はバカ女だって確認しに行ったようなものね)

エレベーターのボタンを押しながら己の愚かさを嗤う。

蓮以外はいらない。
でも、蓮はもうキョーコはいらない。

それならば…

(男の人なんてもう一切お断りっていう世界にいくとか…たとえば尼さんとかシスター?)

それもいいかもしれない。
適当に男性と付き合うなんて無理ならばすべて断ち切ってしまうのも

(でも仕事は続けたいし。尼って兼業OKなのかな?)

その時、背後に足早なヒールの音が響いてキョーコは振り返った。

「キョーコちゃん、おはよう」
「おはようございます。大原さん」

愛理はキョーコのもとに駆け寄ると、拝むように手を合わせた

「昨夜はごめんね。勝手に村雨君と2人にしちゃって」
「あ、いえ、いいですよ。駅までご一緒しただけですし。」
「そうなんだってね。お茶誘ったけど断られたって村雨君残念がってたよ。」

キョーコは曖昧に笑って見せた

「村雨君、すっごくキョーコちゃんのこと気になってるみたい。彼、元ヤンだけど誠実だし、今フリーだし、大手勤めだし、結構おすすめよ。」

まだ人の少ない朝のエントランスホールは、大きな声でなくてもよく響く。

背後から怒気と冷気を感じた。
村雨のセールスポイントをあげていた愛理がその気配に振り返る

「おはよう。敦賀君。どうしたの?珍しく険しい顔しちゃって」



-ほんのわずかに ひび割れたのは
          この感情か、この関係か?-


(15に続く)

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