2015_09
17
(Thu)11:55

ほんのわずか(15)

2014/8/29初稿、2015/9/17修正の上通常公開






上昇していくエレベーターと反比例して下降していくその中の空気
表面上は穏やかに愛理と世間話をしながら器用に不機嫌オーラを発する蓮に、キョーコはある意味感心した。



■ほんのわずか(15)



到着を知らせる電子音と共に扉が開いて、通路に出ると愛理の携帯が鳴った。

「もしもし…どうしたのお母さん?え?もう会社着いてるわよ」

先に行くように手で合図を送りトイレの方に向かう愛理に頷いて、キョーコは足早に更衣室に向かおうとした。だが何分コンパスの差がある。
蓮はすぐ横に並んだかと思うとキョーコの行く先を阻むかのように立ち止まった。

「キョ「居た~!敦賀君助けて!!多分ロシアの人から電話なんだよ~っ!」」

フロアから飛び出てきたのは光だ。
蓮が苛立ちを表情に見せたのは一瞬だった。

「どうした?誰にかかってきたかも分からないのか?」
「すっごい訛りでわかんないだ。でもなんだかマトリョーシカとかピロシキとかそんな雰囲気するんだよ~」

足早に去っていく2人の背中を見送って、キョーコは更衣室に向かった

元来仕事中に2人きりになる機会など皆無といっていいが、それでも蓮は時折キョーコに物言いたげな視線をよこす。そして相変わらず顔はいつも通りなのに背中は不機嫌オーラ満載だ。
午後から蓮が外回りに出ると、流石にキョーコはホッとした。

何事もなく仕事は定時過ぎに終わり、同じ部署の千織と穂奈美にお茶に誘われた

「駅裏にあるカフェなんですけど、すっごくケーキ美味しいんですよ」
「本店は神戸なんだって。外れなさそうじゃない?」
「穂奈美さん、そういうブランドとか限定とかに弱いですよね」
「悪い?今日も季節限定のケーキ選ぶつもりよ」

女3人で賑やかに話しながら、エレベーターを降りてエントランスに向かう

♪・♪・♪~♪・♪・♪~

鳴り響く携帯に心臓が止まりそうになった。
それはほんの数日前までは心待ちにしていた着信音。

「あ、電話ですか?先歩いてますね」

立ち止まったキョーコに千織は振り向いてそう告げると、穂奈美とのおしゃべりを再開し歩いていく。

ここで出ないのもおかしい。キョーコは通話ボタンを押した

「…」
『今日時間作れるよね?』

蓮らしくない性急で苛立ちの籠った言葉

「…あの」

なんだかその雰囲気に圧倒されて言葉がうまく出ない

『電話では答えれないなら、直接聞こうか?』
「え?」

意味がわからないまま顔をあげて、息をのんだ

千織と穂奈美が今まさに向かっているエントランスの自動扉、そのガラス扉の向こうに蓮が立っていたから

外回りからの帰りだろう、上着をカバンを持つ手にかけて、空いた手で携帯をあてている。
その眼はまっすぐにキョーコを見据えている。

『今日の予定、電話じゃ答えれないなら、今直接聞くけど?』

千織と穂奈美はもうすぐ自動扉に差し掛かる。
別に不倫している訳でも、社内での交際が禁止されている訳でもない。だが、こんな関係を同僚に知られるなんて以ての外だ。

携帯を持つ手が汗をかく。
キョーコはゆっくりと歩き出しながら返事をした。

「…これから千織さん達とお茶するんです。その後なら…」
『分かった。じゃあその後うちで』

自動ドアを抜けると、千織と穂奈美が蓮に話しかけているところだった。

「敦賀さーんお疲れ様です。どうしたんですか、険しい顔して電話して。トラブルですか?」
「違うよ。ガラスの反射で眩しかっただけ。そんなに険しい顔してた?」
「してました。視線で人刺せそうでしたよ」
「そんな凄い技は持ってないよ。」

蓮は笑ってお疲れ様。と2人に告げ、そのままキョーコに視線を向ける

「最上さんもお疲れ様。」
「…お疲れ様です」

そのまますれ違う。
まるで何事もなかったように。

キョーコは猛烈な苛立ちを覚えた。

大事な人がいるくせに。つなぎだったキョーコがまるで不貞を働いたかのように怒る蓮の身勝手さに

そしてなにより

その蓮の怒りをどこか喜んでいる自分の愚かさに


 - ほんのわずかな望みに縋りつこうとする
           恋は人をどこまでも愚かにする -


(16につづく)
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