2015_10
22
(Thu)11:55

消せない昨日(ほんのわずか番外編-2)

本編の補足的お話です。


2014/10/31初稿、2015/10/22一部修正の上通常公開




ヴヴヴッヴヴヴッ…

冷蔵庫からミネラルウォーターを取りだしていた蓮は顔をあげた
バイブ音はリビングから。どうやら携帯を置きっぱなしだったらしい。




■消せない昨日(ほんのわずか番外編-2)
             ~ ほんのわずか1カ月後 ~




ヴヴヴッヴヴヴッ・・・
1度おとなしくなった携帯がまた震えだした。
ペットボトルを2本持ってリビングに足早に入ると、テーブルの上でチカチカと光りながら震える携帯が見えた。
発信者は“貴島秀人”
通話ボタンを押して、携帯を肩と耳の間に挟むとペットボトルのキャップを空けながら言った。

「行かないよ」
『いきなりなんだよ、敦賀君。まだ何にも言ってないけど?』
「コンパ行こうって話だろ?行かない」
『なんで分かるかなー?』

時刻は金曜日の夜11時過ぎ、貴島の声の後ろに聞こえる賑々しさからして現在地はどう考えても飲み屋、仕事ということは絶対にない。

『まあ、いいや。行こうよコンパ。総務課の南ちゃんのお友達、レベル高いらしいよ~』
「行かない。彼女いるし」
『え?彼女?何時出来たの?』
「…ちゃんと付き合いだしてからは1カ月位」

嘘はついていない。キョーコと2月の終わりに付き合いだしてから4か月経つが、色々誤解されたまま3か月、このほど晴れて両想いとなったのだから

『そうなんだ。でも彼女いてもいいよ。敦賀君はいわば撒き餌だからさ。きてくれればそれで』

人をつかまえて撒き餌と堂々言うあたりが貴島らしい。
蓮は苦笑しながらもきっぱり断った。

「駄目。彼女に誤解されたくないし」
『え~。あ!もしかして大本命とか?』
「そうだよ」
『マジ?敦賀君の大本命なんて気になる!!どんな子?もしかして今一緒とか?敦賀君のマンション行っていい?』
「…貴島君。もし来たら虎軸商事の受付の女の子たちに“貴島君は女の子を喰いものにしてる”って噂流すよ?」
『ちょ、それはやめて!分かった。分かったよ~。今度ちゃんと教えてくれよ。』

貴島の後ろから『えーっ敦賀さん彼女いるんですかぁ』と甲高い声がする。総務の“南ちゃん”だろう。やれやれと水を口に含むと、携帯とペットボトルを持って、ぺたぺたと寝室に戻る。
キョーコはまだ夢の中
蓮は微笑むとガーゼケットの中にスルリと入り込んだ。

(これが許される権利を得られてよかったよ…)

柔らかな肢体を抱きしめて安堵の息を吐く。


自分が顧みてもなんともヘタレな片思い期間だった。

自覚するのに1年の期間を要し、ようやく自覚したと思ったら不破にさらわれ、狂おしいほどの嫉妬に苛まされた日々。
あの頃はキョーコが誰かと笑っているたびに黒い感情が湧き上がったものだ。
今どうしているのかと考えると人には言えない妄想が頭を占拠して、眠るのにアルコールの力を借りた夜も片手では足りない。

(あのまま2人が交際を続けていたら…犯罪者になっていたかもな。)

2人が別れてから、数少ないチャンスを狙ってみても空振りの日々

食事に誘えば敬礼されて「分かりました!詳細は大原さんに聞けばいいですか?」…部署の飲み会だと思われる。
服や容姿を褒めてみたら「そうやって営業トーク磨いておられるんですね。」と感心される。
同期の石橋や、法務部の礼野がキョーコに好意を抱いていることは知っていたので気が気でなかった。
いっそ、縦書きの恋文でもしたためようか、上司を通じて釣り書でも渡そうかと思った位だ。

(でも…それにしたって…最悪のタイミングとやり方だったよな)

キョーコがどん底の気分の時に押し倒して告白なんて。


背中を向けていたキョーコがむーと小さく唸り、こちらを向いた。
その拍子に肩から滑り落ちたガーゼケットをもう一度引っ張り上げながらキョーコの寝顔を堪能する。
長い睫毛に、少し色づいた頬、様々な表情を見せる愛らしい口元
蓮の腕の中で安心したように眠る可愛い可愛い存在

(この寝顔を見ずに3か月も過ごしていたなんて…本当にどうかしてた)

ひと月前までの自分は本当に頭の中がお花畑だったらしい。

キョーコが自分を拒否しなかったことに。キョーコが未経験だったことに。


長い指で頬をゆっくり撫ぜるとキョーコはムニムニと口元を緩めた
そのまま指を滑らせて今度は髪を梳く
その刺激の所為か、キョーコが薄く目を開けた。

「起きた?お風呂ためようか?」
「まだ…もう少し…眠りの神様とお話が…」

メルヘン好きなキョーコらしい返事だが、少々おもしろくない。

「…眠りの神様って男?」

嫉妬を含んだ声で聞いてやると、キョーコは一気に覚醒した。

「お、女です!レディーです!」
「ふーん。男なんだ。」
「…おじいちゃんですよ?」

もう何なんですか。とすっかり目が覚めたらしいキョーコがブツブツ言った。

「だって構って欲しいんだよ」

起こしてごめんね。と謝れば、その顔は反則だとかまたブツブツ

「お風呂ためようか?それとも1人でシャワー浴びてくる?」
「…1人で行けないの分かってて言ってますね?」

くすくす、と笑いながら蓮はまたキョーコの髪を梳いた

「何でそんなに楽しそうなんですか」
「んー?前は寝なかったし、1人でシャワー浴びてたのになあ。と思って」
「それは…っ!」

キョーコの首から上が真っ赤に染まった。

「つ、敦賀さんが…はっはっ…」
「激しいから?」

ぎゃふっ!と妙な叫びをあげてキョーコはさらに真っ赤になった。

「確かにね。自覚はあるよ。前は1度で我慢してたしね。」

でも、と唇をキョーコの耳に寄せた

「キョーコだって、前はあんなに乱れなかったし、声もあんなに聞かせてもらってなかったしね…。もうどうしてくれようって何倍も興奮する」
「どどどどっ、どうして2人きりなのに耳元に囁くんですかっ!」

ジタバタと暴れるキョーコをまあまあと宥めて水を渡すと、喉が渇いていたのだろう。一気に半分ほど飲んでいく。
その様を見て蓮は目を細めた。

あの3か月、キョーコはこの部屋に一度も泊まらなかったし、うたた寝したことさえ1度しかなかった。
だが、理由は聞けなかったし、強く勧めることもなかった。
それどころか、抱き方さえキョーコが泊まらずに帰れるようにどこか遠慮していた。

思いもかけず転がり込んできたキョーコの恋人という立場

頭に花が咲いていようと蓮だってどこか気付いていたのだ。
この夢のような幸運がどこか歪なことに。
その土台が脆いものであることに

今日のように抱いてなし崩しに朝を迎えることだってできたのに「キョーコはまだ慣れないから」「生活スタイルを尊重したいから」そんな風に縛りをかけて自制した。

強引に出て、キョーコに嫌われるのが怖かった。
強く勧めて、はっきり拒否されるのが怖かった。
だから見ないふりをして花畑の幸せに逃げていたのだ。


すぐにお風呂という気分ではないのか、水を飲み終わるとキョーコはうつ伏せになって蓮の髪を弄り始めた。
されるがまま蓮は少し横をむいて、無防備なキョーコの背中を撫でた

「…今日はどこにつけたんですか?」
「んー?ここ」

腰近くの背中をプニプニする

「まあ…そこなら見えないからいいですけど…着替えに困るようなとこはやめてくださいね」

前は困ってたんですから。思い出し小言に小さく首をすくめる

キョーコを手に入れ幸せで、でもどこか不安で、抱けば必ず服に隠れる所に際限なく独占欲を刻んでいた。
互いの気持ちを確認した今はキョーコに叱られることもあって、一晩にひとつ。
ただ、キョーコに言わせるとその分痕が濃くなってなかなか消えないそうだが。

「ねえ…キョーコ…いたっ、何してる?そんなに引っ張られたら禿げそうなんだけど」
「え?髪で編みこみを…敦賀さんの髪サラサラ過ぎて難しいんですよ」
「いや、やらなくていいから」

えーっとまだ悪戯を続けようとするキョーコを自分の頭から引き離して目を合わす

「1回ちゃんと聞いておきたいんだけど…」
「なんですか?」
「1カ月前まで…抱かれてる時何考えてた?」

まだ蓮の髪への悪戯に未練がありそうにしていた目が見開かれる

「ど…したんです?今更」
「今度は間違わないように聞いておきたいんだよ。」

どこか不安を抱えながらも、歪さから目を逸らしながらも、それでも蓮は幸せを感じていた。
キョーコと過ごす時間は楽しかったし、肌を合わす時間は至福と言ってよかった。
でも、キョーコは?
出かけている時は楽しそうにしていたし、肌を合せる時声はこらえていたけれど、身体はちゃんと反応していた。
でも、心は?

キョーコが天井を向いて目を彷徨わせながら言葉を探すのを、蓮はうつぶせて頬杖をついた姿でじっと待った。

「最初は…ノコノコ部屋までついてきて軽い女だと思わせた私が悪いんだからって…」
「うん…」
「脱重い女!の為に軽く付き合うスキルを身につけるためだって…」
「うん…」

ずぶんっ

「こうするの嫌じゃない自分がちょっと嫌だったり…」
「うん…」
「ちょっと心と身体のアンバランスさに戸惑っていたと言いますか…」
「うん…」

ずぶんっずぶんっ
後悔という沼に沈んでいく

そういえば…抱かれるときに粘土細工になった気分がするとキョーコが言ったことがあった。あの時はまだ慣れない行為を面白い表現するんだなと考えていた。

(そんな自分を殴りたい…)

自分一人だけ幸せに気持ちよくなっていただなんて…これでは妄想の中1人でするのと一緒ではないか
ベットに沈み込んでいく蓮にキョーコが焦って身を起こし、ゆさゆさと肩を揺らして声をかける

「だから聞かない方がいいって…。敦賀さーん戻ってきてくださいよ~」
「…あと30分我慢してれば…」
「は?」
「後30分我慢して、車で送るときにでも普通に告白していたら…」

そうしたら、抱かれている間キョーコを心と身体がバラバラな気分になる、なんて想いをさせなかったのに。3か月も遠回りしなかったのに。
そうつぶやくと、キョーコはむーんと首をかしげた

「それは…どうでしょう?あの頃の私って敦賀さんの事人間離れした別世界の人って思ってましたから…告白なんてされても悪い冗談としか思えなかったかも」
「…」

確かにあり得る。
悪い冗談として受け取られ、押せば押すほど逃げられるという最悪の展開に…なっていた可能性はかなり高い。高いというより100%そうなっていただろう。
そうなるともう年単位で時間がかかったかもしれない

「…結局。こうなったから今があるってことか」
「そうですよ!だからいいじゃないですか!」

打ち消したい過去も2人にとっては必要な時間だったわけで…

でも。それでも…
蓮は素早く身を起こすとキョーコの身体をベットに縫いとめた

「上書きしたい」
「はい?」
「あの頃俺に抱かれてたキョーコの記憶を上書きしたい。ちゃんと愛されての行為なんだって」
「…もうとっくに上書きされてますよ?」
「まだ…足りない気がする」

いや、それって足りないのは上書きじゃないですよね。もう1回の為のこじ付けじゃ…と蓮に覆いかぶされたキョーコがブツブツ言ったが、最後はやれやれというように笑った

「仕方ないですね…。明日朝食作れる程度ですよ。天然酵母のフランスパンを折角買ったんですから」
「うん…」

首筋に唇を寄せるとくすぐったそうに身をよじりながら、キョーコが言う。

「でも…」
「ん?」
「本当に上書きなんてとっくにされてますよ。こうして敦賀さんに沢山愛してるって言われるとすっごく幸せですから」

ほにゃら、と笑いながら言うその顔は凶悪に可愛い。

(朝ご飯、ブランチでいいよな…)

そう思いながらキスを再開しかけたら…

「なぜ止める?」

キョーコの手に阻まれた

「ブランチは朝ご飯じゃありませんよ」
「…」
「もし、朝ご飯食べれなかったら今後2週間泊まりに来ませんから!」

え、と蓮が停まった

「2週間?」
「2週間です。」
「俺がキョーコの部屋に泊まるのは…」
「勿論禁止です」
「…」
「そんな顔したってダメですよ」
「…」
「ダメですって」
「…」
「……」
「…遵守いたします」

片手をあげて誓約すると、「よろしい」と笑顔でキョーコからキスをくれた。


(おしまい)
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