2014_12
16
(Tue)11:45

1歩いっぽ(32)

いつもお付き合いくださり有難うございます。

のんびり更新してきた「1歩いっぽ」もいよいよ後半戦となりました。
実は今後は私の非常に偏った、しかも重い妄想で話が進みます。
皆様に受け入れらる自信があまりないのですが、やっぱり「1歩いっぽ」は限定無しで行けるなら行きたい。
そう思いますので、通常公開として、皆様の反応によっては限定行き…。
こんな妄想もあるのね、と受け止めていただければいいのですが…

また、これは約1年前位に私の頭の中でラストまで話が出来上がっていますので
本誌とはかけ離れた展開になることは確実です。どうかご了承ください。


2014/12/16初稿




「いらっしゃい」

蓮の家に行くと、玄関ではなくエレベーターの前まで出迎えてくれるようになった。
そして会えなかった時間の話をしながら、当たり前のように玄関まで手をつないで歩く。

いつの間にか、帰りも玄関からエレベーターまで手をつなぐようになった。

あの告白から1年余り、少しずつ近づいてきた距離。

今なら蓮から再び想いを告げられたら頷いてしまうだろう。
夜の気配ただようあの雰囲気で触れられたら受け入れてしまうだろう。

だけど、それでは駄目なのだ。
あの恐怖はきっと私につきまとう。




■1歩いっぽ(32)~たとえ前が見えなくても~



「ヒロイン…ですか?」

思いもよらない提案に声が掠れた。
その反応を予想していたのだろう。新開はニヤリと笑う。

「そう、ヒロイン。」
「なんで…私なんでしょうか?」

美緒やナツ、朝ドラで名前が売れたとはいえ、キョーコはまだまだ駆け出しだ。新開の映画でヒロインをはれる程出世したとは思えない。

「そんなに意外?俺は前から君が演技力を身につけたら是非とも撮りたいと思ってたけどね。」
「え?それって瑠璃子ちゃんの付き人でお会いした時からってことですか?」
「そう。根性だけはプロ級だったころ」

根性だけで切り抜けようとしたあの演技対決を思い出すといたたまれなくなるが、横からは椹のはやくOKを出しなさいオーラをヒシヒシ感じる。
これはチャンスだ。それは十分すぎるほど分かっている。

「俺の要求に応える演技をしてくれたら、十分な評価と客を呼べる作品に仕上がるよ。まあ、そもそも客は採算取れる程度は呼べることは確実だから、俺としては気楽な賭けだね」
「へ?」
「主演、蓮だから」
「ああ…なるほど」
「敦賀蓮が出ているからとりあえず観に行っとく映画を、是非とも観に行きたい映画に出来るかどうかは君の演技次第ってわけだ。…それと俺の手腕もあるけど、そっちも大丈夫」
「自信満々ですね」
「世の中はったりも大事だよ」

飄々とした新開の言いぐさにクスリと笑いが漏れる。
以前は怖いと思っていた蓮の相手役。だが、今はチャレンジしてみたいという思いが勝っている。

「どんな脚本なんですか?」
「カメラマンが旅先である一族と関わって、一族にまつわる謎を解いていくんだよ。君は本家の…」

ノックの音がして、ドアが開いた。

「お話中すいません。俺も混ぜてもらっていいですか?」
「よお、蓮」
「敦賀さん!」

部屋に入ると蓮は当たり前のように空いていたキョーコの左隣に座る。社はその横に。そして改めて新開に挨拶をした

「お久しぶりです。監督。先程松島から話は伺いました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。…へえ」
「なんですか?」
「最近のドラマやCMみてて思ってたけど、実際会うと思っていた以上に表情柔らかくなったな」
「そう…ですか?」
「ああ。楽しみにしてるよ」
「頑張ります。…最上さんはOKしたの?」
「え…あの…」
「今交渉中。好感触だよ。」

新開は楽しそうに言うと、脚本の内容話しているんだけど続けていいか?と問うた。

「中断させてすいません。続けてください」
「いや、まだ最初の方だったから。京子の役は本家の居候。老舗の超一流旅館を経営する一族で…」

“老舗一流旅館の居候”
身に覚えのありまくる立場にキョーコの顔の筋肉はひきつった。

「本家の一人息子の許嫁で、次期女将としての期待に応えるべく努力していたのに一人息子は仲居とトンズラ。なんとも居心地の悪い立場ってわけだ」
(し、新開監督。あなた私の過去調べ上げたんですかーっ!)

なんだこの設定は、まさかサブタイトル『最上キョーコ物語』じゃないだろうか。
だが、原作は賞まで取った小説だという。

(原作は社長、とかじゃないわよね?)

もうこれは社長のお遊びと思いたいが、残念ながら原作者の欄に書かれているのは著名な女流作家だ。
キョーコの心の叫びなんて聞こえるはずもなく、新開は続ける

「ロケ地は京都を考えているんだ」
「京都…ですか」
「そう。プライベートで泊まった旅館でもうイメージピッタリの所があってさ」

まさか…それって…

「松乃園。知ってるだろ?あそこの本館のロビーあたりの雰囲気は原作のイメージそのままだと思うんだよな」

ビンゴ!

「しょ…松乃園の本館は撮影ダメなはず…」
「流石よく知ってるな。あそこで育ったんだって?」

新開の言葉に息をのむ。

「知ってて…」
「まさか。そんな理由で俺はキャスティング決めないよ。映画の構想はもう頭に出来上がってからあの宿に一目惚れして、女将に頼み込んだんだ」

当然断られた。だが、せめて企画の内容だけでも話を聞いてくれと客の立場を利用して粘り、最後は代わりの撮影場所の相談には乗れるだろうと奥座敷に案内された。

「主演は蓮、その相手役が京子に依頼するつもりだって言った途端、女将の態度が変わってさ」

女将は厳しい顔つきでまだドラマでも主役を演じたことのない京子をどうして使うのか、と問うた。新開が京子はデビュー前から知っていて演技力がついたらどうしても使いたかったとかいつまんで説明すると…。

「京子がヒロインを務めるというのなら松乃園の本館位お貸ししましょ、って言うんだよ。」

京子は故あってうちで育った娘同然の子です。
あの子の映画デビューの門出を飾れるなら本館を撮影にお貸しするくらい安いもんやわ。
そう女将は言ったのだという。

ぎゅ、とひざを掴んだ手に力がこもった。

松乃園新館や別館は度々メディアに登場してきた。
だが、松乃園の歴史そのものといっていい本館は創業以来立ち入れるのはお客のみ。その敷居と格式の高さもVIPに選ばれてきた理由でもあったはずだ。
それをキョーコの為になら差し出すという。
ご贔屓筋や親戚関係からの非難を必ず受けるに違いないのに。
そこに籠っているであろう、キョーコを15まで親同然に育ててくれた女将の愛情と、きっとショータローとのことも知っているのだろう、謝罪の思い…そして、自分の居場所を掴んだキョーコへの激励。

あの旅館での日々は居場所を手に入れる為に必死だっただけだ。ただただ人の顔色を見て動いていた空っぽの自分だったと思う。
でも、あの時女将から学んだことは今のキョーコの大きな武器となっている。

熱いものが込み上げて、キョーコは少し俯いた。
溢れるほどの感謝の思い。
新開の、女将の、そして蓮の期待に応えたい。

だが
あの場所に再び足を踏み入れるということは、キョーコの過去に向き合うことも意味する
それは…怖い。


「…少し考えさせてもらったら?」

蓮が助け舟を出した。

「ああ、考えてもらっていいよ。言っておくけど、松乃園が使えなくっても俺はこの映画を素晴らしいものにする自信はある。ただ、君が撮れるという楽しみに松乃園っていうオマケがついてくる。それだけだ」

新開はじゃあ返事を待ってるよ。と席を立った。

*
*

椹とまだ打ち合わせが残っているというキョーコと別れて、蓮と社は次の仕事に向かう
社は社内で2人きりになるとなんとなしにつぶやいた。

「松乃園の女将って不破の母親のことだよな?女将はキョーコちゃんを応援している感じなのに、それでもあっちで仕事するのは抵抗あるのかなあ」
「あっち、というより松乃園がロケ地ということは最上さんのお母さんの耳に入るからじゃないですかね」
「ああ、なるほど」

キョーコが不破とのことを話したときに、どうやら小さい頃から不破の家にキョーコをあずけたままにしていたと言うことは聞いている。当然それぞれの間に葛藤があるだろう。

「その…父にこの前電話で聞いたんですけど」
「お、連絡取り合うようになったんだ」
「まあ…たまに電話してくるんです」

最初はぎこちなかった電話も最近はましになったと思う。父にしつこくキョーコとの進展について尋ねられ最後にダメ息をつかれることと、息子不足の母親が電話を切る前は必ず号泣するのは、ちょっと…いやかなり鬱陶しいが…。

「最上さんの母親へのトラウマは相当根深いって言ってました」
「まあ…仕方ないのかもな。」
「小さい頃は何もわからなかったことが、今ならちゃんと理解してしまうのが怖いのかもしれませんね」
「そうだなあ。知らなかったらよかったとか思ったりするかもな」

ただなんとなく疎まれている。もしくは関心が無い、そうやって自分を誤魔化していたのもが明確になる恐ろしさがあるのかもしれない。

「キョーコちゃんが愛を信じれない根本はそこにあるのかもな」
「そうですね」
「…そうなるとお前との未来も、それを乗り越えるかどうかにかかってるのか?」
「そうかもしれませんね」
「1年も待って悠長だな。頬チュー効果か?長いな」
「それはもう忘れてください…」


(33に続く)
関連記事
スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

コメントの投稿

非公開コメント