2015_01
09
(Fri)11:55

1歩いっぽ(37)

もはや捏造そのものです。
心のひろーい方は追記よりどうぞ

2015/1/9



■1歩いっぽ(37) ~切望した世界~



「な…何を言ってるんですか、女将さん。冗談にもほどがあります」

笑おうと思っていたのに、掠れた声を出すので精いっぱいだった。
母がキョーコを産んだのは24歳だったはずで、今43の母は確かにまだ若い。それでも…

「もう2年近く前になりますけど、私パスポートの必要書類を母から取り寄せました。母が結婚…なんてどこにも」
「籍は入れてへん。事実婚ってやつやね。子供も旦那はんの戸籍に入れているはずや」

女将の手が座卓の上で握りしめられたキョーコの手に重なった。

「さっきも言うたけど、これはうちが話すことやないかもしれん。でも冴菜はんから聞くよりはええと思うんや。最初から説明してええか?」

キョーコはビクッと大きく身体を震わせたが、覚悟もしていたことだ。母から聞くと互いに感情的になりすぎることもあるだろうとも思っていた。
小さく頷くと、女将も頷き居住まいを正した。

「冴菜はんがあんたを産んだのは弁護士になって1年目の冬やった。父親は同期の修習生や」

実務修習やら集合修習やらで顔を合わせるうちに付き合い始め、冴菜は真剣だった。弁護士としてはそれぞれの故郷の弁護士事務所に勤めたが、やがては結婚するものと思っていたのだという。
慣れない仕事のストレスのせいだと思っていた体調の異変が、妊娠によるものだと気付いたのは5月半ば。
勿論驚き、新人なのにと困惑もしたが、嬉しくもあった。
早速勤めだしてからは互いに忙しくて会えていなかった恋人を少し強引に呼び出し、お腹の子の事を告げた。

「驚いていたらしいわ。かなりオロオロした様子やったと。」

だが、新人の身でと困惑したのは自分も同じだ。故郷の親に話をしてくるという恋人を見送った。
それから待った。彼からの連絡を。
けれど待てど暮らせど電話はかかってこない。
焦れてかけた携帯は解約されており、その時恋人の実家の住所も電話番号も知らないことに気付く。

「それでもお互い弁護士や。勤め先はすぐ分かる。冴菜はんは直接会いに行ったんや」

こない連絡と解約された携帯で結果は大体想像がついても、信じがたかったのだ。冴菜を愛していると告げたのも、楽しそうに笑っていたのも確かにあったことなのに。
こっそり向かった山間の地方都市で、冴菜は目にする。
彼が、品のいい御嬢さんと言った感じの女性と腕を組んで歩いているのを。

「彼は母一人子一人の環境で随分苦労したらしいわ。そやけど優秀な青年だと目をかけて色んな面倒を見てくれたのがその町では名の通った弁護士やってな。いずれは娘さんと一緒になって事務所を継いで欲しいというのは大学生位から周りの暗黙の了解やったみたいやわ」

もしかしたら彼も冴菜を愛し、一度は一緒に人生を歩もうと思ったのかもしれない。だが結局彼は故郷を選んだ。
だったら男の元に怒鳴り込んで…そんなことは冴菜のプライドが許すはずもなかった。

「もう、冴菜はんの実家では堕ろせ堕ろせの大合唱やったんよ。」

まだお前の人生は始まったばっかりだ。いくらでもやり直しは効く。あんなに勉強して弁護士になったばかりだというのに、今1人で子供を産んでどうするつもりだ?
言われれば言われる程冴菜も意地になった。
“たとえ一人だろうとも私は産んでみせる。きちんと育ててみせる”
冴菜の父親もまた意地になって、そんな娘を勘当したのだという。冴菜の母はそんな父の言いなりだった。

「でも、どっかで待ってたのかもしれんなあ」

恋人が戻ってきてくれるのを、間違っていたと許しを乞うてくれるのを
だって確かに2人は愛し合っていたはずなのだから。

女将は中高一貫教育の女子校で同じバトミントン部の先輩だった。年は1つ違ったけど冴菜とは誰より気が合った。
だから産院にも赤ん坊の顔を見に行ったのだ。

「そん時に言ってたんや。キョーコって名前にしたのは彼が将来子供につけたいと言ってたからやって」

彼の気持ちを信じて疑わなかった頃、テレビを見ていたら偶然赤ん坊につけたい名前の話題になった、「女の子ならキョーコだな」そう言ったのだ。。どの漢字をあてるのか、それは何か邪魔が入って話題が変わったせいで聞いていなかったと。
京子なのか今日子なのか、響子なのか…それは分からない。
だけど、冴菜は心のどこかで彼が帰って来たら望む漢字をあてよう、そう思っていたのかもしれない。

「冴菜はんは必死やった。」

父親がいなかろうが、実家の手助けがなかこうが、自分はちゃんとしてみせる。完璧なお母さんで完璧な仕事人であろうとした。

「完璧主義者やからなあ。でもな、そんなん無理な話や。仕事しながら人を育てようっていうんやからな。うちだって板長は勿論、亡くなった大女将、旅館のみなさんに助けてもらってようやっとや。それでも回らずに迷惑かけたことやって仰山ある。ある程度はしゃーないと思わんと」

でも冴菜はすべてを完璧であろうともがいた。
食事だってバランスのいいものを、手作りのモノを、あまりテレビには頼らずきちんと躾を…

「うちの旅館の料理は自信がある。でもな、一番大事なのは何を食べるかやのうて、誰とどうやって食べるかやとうちは思う。しんどい時は冷凍うどんやって買ってきた惣菜やってかまへん、キョーコちゃんと向かい合って食べればええんや。昼に保育所でちゃんとしたもん食べてるからって自分に言い訳してもええんや」

だけど、冴菜はそれが出来なかった。完璧なお母さんであろうとして仕事が進まない事にイライラし、きちんと仕事をしてみればお迎えの時間をオーバーして、なんだか保育士の眼が自分を責めているような気がする。

「せめて愚痴ったり話を聞いてくれる相手がいれば違ったんやと思う。みんなそんなもんやと思えたろうに。うちが連絡まめにとってれば違ったかもしれん」
「それは…仕方ないですよ。」

女将も同い年のショータローを抱えて、母親と女将の両立に悪戦苦闘していた最中だったのだから。

そんなある日、街で冴菜とキョーコに偶然再会し、行動の端々に追い詰められているのを感じて、キョーコを1晩あずかることにした。

「オムツは取れてたよって…3つにはなってたな。おしゃまで可愛い子やったよ。」

離れてみると仕事も進む、さあ大丈夫、今度はちゃんとお母さんになってあげようと迎えに来る。だけど思うようにはいかない。

「冴菜はんはイライラしたり、それでキョーコちゃんに八つ当たりで辛く当たる自分も認められんかったんや」

だから理由を探した。イライラするのも今怒ったのも、キョーコがお菓子をボロボロこぼすから、服を上手にたためなかったから、100点が取れなかったから。
そんな自分が嫌で仕事を集中してやって、ちゃんとキョーコと向き合おうと又あずけに来る。それが段々頻繁になり、そうなると不破夫妻の眼も、キョーコの眼もまるで自分を責めているような気がして余計足が遠のいた。もう悪循環だ。
そうして月日が流れて…

「キョーコちゃんが中学に上がって暫くしたころや、うちの旅館の顧問弁護士の先生が引退することになってな。紹介されたのが冴菜はんが所属する事務所や」

何人かいる弁護士の中で担当となったのが冴菜より1つ年若だがやり手の弁護士だった。栗原と名乗ったその弁護士は明るく飄々とした男で、女将が冴菜と親しいと分かるとストレートに思慕を口にした。冴菜は相手にしてない様子だっが、それでもその男の明るさは影響するらしい、ずいぶんと表情が柔らかくなっていることに女将は気付く。

「栗原先生はキョーコちゃんにも紹介してほしいと言ってたわ。別にすぐに結婚とは言わへんから、とりあえず冴菜はんとキョーコちゃんの関係を修繕してそれから家族になる努力をしていけばええってゆうてはった」

正直母親に疎まれていると思っているキョーコに恋人の存在は堪えるだろう。でも気持ちに余裕がある今なら2人は向き合うチャンスがきたのかもしれないと。だが冴菜がその決心はなかなかつかないうちに…

「冴菜はんはお腹に子がいることに気付いた」

いつから深い関係だったのかは知らないが、相手は栗原弁護士。また同じ過ちを繰り返すのかと冴菜は自分を責めたが、栗原はこれまたあっけらかんと「結婚しよう。」と告げた。キョーコとも親子になりたいと
降ってわいたような幸せに冴菜は包まれた。お腹の子の成長を楽しみにして、支えてくれるパートナーは、今は仕事より身体が大事と教えてくれる。仕事も十分なキャリアを積んだのだから少し位の遠回りは楽しもうよと肩の力を抜いてくれる。

「だけど冴菜はんは怖かったんや。」

幸せすぎて。何かバランスが狂えばその幸せは崩壊するのではと臆病になった。
自分がこんな風に子供を産むことをキョーコはどう思うだろうか?そのキョーコの態度が栗原の心を変えてしまったら?


そこまで話すと、女将は口を閉じた。
時計を見ていたのだろうか、それとも気配を察したのか、次の間に人が入る気配がして襖の外から昼食をどうするか尋ねられる。女将はもう少し後でもよいかと3人に尋ね了解を得ると後30分ほどしたら届けるように命じた。

「女将さん」
「どないしました?」
「母の…妊娠が分かったのって私が中学を卒業する頃だったんじゃないですか?」

お茶を煎れなおしていた女将の手が止まり、少し困ったようにキョーコに微笑む。

「やっぱりあんたは聡いなあ」

やっぱり、とキョーコは思う。
キョーコの家出に何のアクションもしてこなかった母、アカトキの保護下にあると勘違いしていたにしろ静観していた女将。母はともかく女将にしては消極的な姿勢だ。だが、その時期に母の妊娠が分かっていたのなら納得も行く。

「冴菜さんは妊娠初期で気持ち的に不安定なせいもあったんやろ。あんたに知られることが怖かった」

だが同じ京都にいたらキョーコの耳に入るのは時間の問題だ。だが、キョーコは自らの意思で東京に行った。しかも家出というなかなかこちらには連絡が取りにくい理由で。

「あほやなあ思うたよ。問題を先送りすればするほどややこしくなるのにな」

だが不安定な冴菜に強くは言えない。そうこうしているうちにお腹も大きくなり…11月に産声をあげた新しい命は女の子だった。

「だからこそ私に連絡をとろうと探してくださったんですね。邦子さんまで使って」
「…あんたに寂しい正月を過ごさせたくないってのも本当やったよ。」

そうなのだろう。キョーコを想い、冴菜も想って女将は必死になってくれたのだろう。
だが、探偵まで使って探してみると、キョーコを守り励ます存在であるべき不破家の長男坊はキョーコを利用するだけ利用して捨て去った後だった。
キョーコがその後居酒屋に下宿しはじめたこともLMEに所属したことも調べればすぐわかった。

「どない顔してキョーコちゃんに連絡とればいいかわからんかった」

芸能界で売れ始めたキョーコをみて安心するとともに、きっと心に負っているであろう傷を思う。
それならいっそこちらで別の家庭を築いた母親のことなど知らせない方がよいのではないか?

そうこうしているうちに赤ん坊も成長し、先月3つになった。
今は事実婚という形をとっているが、母親が違う姓というのはなにかと不都合も多い。冴菜も誤魔化し続けることの限界を感じ始めていた。出来るなら小学校までになんとかしたい。キョーコに会って詫びたい。

「なんて勝手やって腸が煮え繰り返ったわ。でもキョーコちゃんが蚊帳の外はおかしいとも思ったり…新開さんから映画のお話を聞いた時は天啓やって思うたよ。でも今でも話してよかったんかと迷うてる。やっぱり知らない方がいいやないかと、キョーコちゃんに冴菜はんのことを聞かれるまでは思ってた」

うちも大概日和ってるわな。自嘲の笑みにキョーコは首を横に振った。

「冴菜はんに会うか会わんかはすぐに決めんでええよ。あんたが決めればよろし」

キョーコは目をつぶる。
母が悩み苦しみながら生きて…新しい家族を得た。自分はそこに要らなかった。
でも、その事実がまだ理解できない。現実感が無くて、まるで母の人生劇場を観客として眺めている。そういう感じだ。

「母と…い、妹の姿を遠目に見る事って出来るんでしょうか?」
「キョーコちゃん…それは」
「自分の眼で確認したいんです。お願いします」

女将は逡巡の後、市内の保育所の名前を挙げた

「昨日電話した時に、保育所の行事があるってゆうてたから」
「ありがとうございます。それともう一つ」

妹の、女の子の名前教えてください。

そう告げると女将は哀しげにキョーコを見つめた後、座卓の上に指で字を描きながらその名を教えてくれたのだった。


(38に続く)





すいません。暴走して
ただね、キョーコちゃんの手を振り払う場面とか読んだ時に思ったんですよ。
キョーコちゃんは完璧主義。
そのお母さんも完璧主義だとしたら、誰も助けてもガス抜きもしてくれなかったら仕事と子育て1人はきついんじゃないかなって。

本当に暴走して申し訳ございません。






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