2015_01
16
(Fri)11:55

1歩いっぽ(39)

何が痛いって…女将の京ことばが適当でたらめなのが痛いです。

2015/1/16



「優菜」

優しい、という意味なのか
優れている、と意味なのか
優る、と意味なのか

何より母からもらったであろう一字が、2人は母娘なのだと雄弁に主張する。



■1歩いっぽ(39)~その名が意味するもの~




「へえ~あのちぃさな仲居さんがこんなに綺麗になったんか」
「おまけに主演女優や。そりゃ女将、応援せんわけにはいかんなあ」
「娘同然ですよって、うちに出来る限りのことはさせてもらいますけど、皆様もどうか加勢しておくれやす」
「まかせときぃ。キョーコちゃんが主演しておまけにこの京が舞台や。応援せんわけないやろ」
「そのかわり、記者会見ではうちの看板後ろにバーンって貼ってやぁ」

松乃園新館ホール、京都の政財界の実力者たちが集まった忘年パーティー
新開と共に挨拶廻りをしていた蓮は人の波が少し途切れて一息つくと、ひときわ大きな輪の中心にいる振り袖姿のキョーコと女将に目をやった。

「へえ、微力ながらなんて言ってたけど、凄いコネクションじゃないか。ここじゃ蓮が喰われてるかもな?」

同じように視線を送った新開の言葉に頷いた。

「小さい頃から旅館の仕事を積極的に手伝っていたみたいですよ?贔屓筋にしてみたら自分の娘や孫のような感覚なのかもしれませんね。」

確かキョーコの傍に立つ小柄な老人は世界的ゲームメーカーの会長。その隣も日本を代表する精密機械メーカーの社長だ。仕事の鬼と称されワンマンで知られるモーターメーカーの会長が笑み崩れた顔でキョーコと話をしている。
新開が行政の広報担当者に呼ばれ傍を離れると、すっと社が寄ってきた。

「キョーコちゃん。見事な女優魂だな」
「そうですね。先輩としては褒めてやらないといけないんでしょうけど…」

異父妹と冴菜の姿は衝撃だったことだろう。
2人の姿が見えなくなると、「帰りましょうか?」といつもと変わらぬ声で言ったキョーコがかえって痛々しかった。
少しでも涙を見せたら泣き言を言ったら女優京子の仮面が被れない、もう立ち上がれないと懸命に堪える背中を人の眼がなかったら抱きしめていただろうに。
親の死に目に会えずとも、そういって役者の心得を教えたのは蓮自身だ。だが、キョーコのまるで何もなかったような笑顔を見ると、自分までも誤魔化しているんじゃないのかと心配になる。

「俺は…俺個人としては正直お母さんが会うのは反対だな」
「社さん…」
「だって、狡いじゃないか。謝ってそれで自分の中で区切りをつけるんだろ?謝られて傷が癒える訳ないのに、私は謝ったのにあの子は許してくれないのってそれで終わりにするのかよ?謝ったからもういいでしょう?って自分の幸せ守る気かよ?」

固有名詞は出さず周りに人が途絶えたとはいえ、公の場で社がこんなことをいうなんて皆無といっていい。

「ごめん。一番大人の俺が感情移入して興奮してちゃいけないよな」
「いえ、最上さんにとって自分の事のように思ってくれる人がいるってのはいいことだと思います」
「とりあえずはパーティーが終わってからだな。」
「はい」

そうこうしているうちに、新開が社長夫人やら御嬢さんやらの御一行を連れて戻ってきて、蓮は穏やかな笑顔でそれを迎えた。

*
*

蓮は部屋に戻るとジャケットとタイを脱いで時計を見た。
未成年のキョーコは蓮よりも先に会場を出たのでもうとっくに部屋にいるはずだ。鍵と携帯と社から渡された品だけ持って出ようとしたところで呼び鈴が鳴る。

「遅い時間にすいませんなあ」

そう挨拶する女将の手のお盆には小振りなお握りが2つ。

「いえ…夜食ですか?お気遣い嬉しいですが結構です」
「敦賀様にやおへん。キョーコちゃんに持って行っておくれやす。パーティで飲み物以外口にしとりませんどしたから」

今から行くつもりやったんですやろ?そういってグイグイとお盆を押し付けてくる。

「…いいんですか?俺が行っても。」

女将は暫し盆の上のお握りを見つめて、ため息をついた。

「…あの子がおったら任せたい役目どすけど」
「やっぱり息子さんに最上さんをと思っていらっしゃるんですね」
「阿呆でも、甲斐性無しでも息子は息子や。どうせならええ子と一緒になって欲しい。幸せになって欲しいと思うのが親どすやろ?…でもあの子はこの場におらん。おらんどころかキョーコちゃんがどういう状況なのかも分かってないやろ。あんなに何でも旬ちゅーのが大事やでぇて教えたのにな。肝心な時におらん役立たずなんやから。」

後半は独り言のように女将は呟き、顔をあげると蓮を睨みつけた。

「キョーコちゃんやってうちの娘同然や。遊びやったら許しまへんえ?」
「本気ですよ。残念ですが、お宅の息子さんに付け入る隙なんて与える気は一切ありません」
「…その言葉忘れんとき」

今度こそグイッとお盆を蓮に押し付け、女将は一礼した。再び上げた顔は母親から松乃園の女将に戻っていて優雅に部屋から出て行く。蓮はそれを見送ってから瞑目し暫く待った。
部屋を出ると通路には誰もいなかった。最高級の旅館だけあって客層は年配の人が多いのだろうから皆寝ているのかもしれない。お盆と他の荷物を手に社の部屋の前を通り過ぎて、キョーコの部屋の呼び鈴を押す。

「はい」
「俺だけど」

予測していたのかもしれない。ドアはすんなり開いた。

「女将さんからお握りを預かったんだ。入っていい?」
「…はい」

座卓にお盆を置いて、改めてキョーコの姿を確認した。旅館の浴衣姿だが、奥の間に敷かれた布団が乱れていないところをみるとまだ寝てはいなかったようだ。

「お風呂入ったの?」
「え?あ、はい」

そっとキョーコの髪に触れる、思った以上に髪は水気を含み冷たい。蓮は少し眉をよせた。

「髪濡れたままだよ?乾かした?」

え?と声をあげるキョーコは暫く考えて頭を振った。

「すいません。考え事してて…」
「待ってて」

とりあえずこれ以上冷えないように丹前を羽織らせて、洗面所でドライヤーを探す。取り外せるタイプだったので部屋まで持ってくると座らせ髪を乾かし始めた。

「自分で…」
「やらせて。俺結構上手だよ?」

頭を垂れた状態で少し熱めの風と共に蓮の手がキョーコの髪を丁寧に梳く。
根元から毛先へ、根元から毛先へ


「…敦賀さん」
「ん?」
「私、何が足りなかったんでしょうか?」

父親から与えられなかった漢字の名前?テストの点数?容姿?愛らしさ?いったい何が足りなかったんでしょうか?

カチ、と役目を終えたドライヤーを畳む音が響く。蓮はそれを脇に置いて再びキョーコの髪を梳いた。

「足りないのは最上さんじゃない。強いて言えば…お母さんに心の余裕が足りなかったんじゃないかな?」

完璧じゃない自分を受け入れる余裕が。

「本当は…」
「うん」
「一度でいいから…褒めて欲しい。笑って欲しい。抱きしめて欲しいって、まだ思ってたんです」
「うん」
「最上キョーコを作るために演技を一生懸命していたつもりでしたけど、心のどこかで…もし…かし…たら…見てくれるのかも…って。そ…たら一度位…褒めてもらえるん…じゃないかって…」

顔をあげたキョーコの瞳から次々と涙が溢れ出る。

「そしたら…もぅ…十分かも…って」

ただ1度だけ。それでもう今までの日が帳消しになるんじゃないか、幸せなんじゃないか?そう思えるくらい母の笑顔が与えられるその夢は甘美に思えた。

だけど見てしまった。
当たり前のようにそれが注がれる存在を。
母の愛もショータローの愛も有償だと思っていたのに。
それはただそこにいるだけで与えられるのだ。

「どうして!?ねえ?どうしてですか?」

キョーコは泣いた。泣きながら蓮の胸を拳で叩く。

「どうして?どうして?どうして?どうしてっ!?」

それは叫び。
幼い最上キョーコがずっと胸に抱いていた叫び。
切望していた世界から遮断され、身を引き裂かれ血を流す少女の叫び


そんなキョーコのするがままに蓮はさせた。
段々とキョーコの声も拳の力も弱くなっていって…最後は蓮の胸に拳を置いたまま俯き、嗚咽だけが部屋に聞こえる音となる。
背中に手を軽くあてるだけでキョーコはぐらりと揺れ、そのまま胸に寄りかかってきた痩躯を、蓮は優しく包むように抱きしめた。

(40へ続く)
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