2015_01
20
(Tue)11:55

1歩いっぽ(40)

終わりが見えてきました~。今日も短いけど
目指せ!1周年前の決着!
嗚咽は次第に小さくなり、部屋を静寂(しじま)が満たす



■1歩いっぽ(40)~その名が意味するもの~



「本当は分かっているんです」

蓮の胸に顔を埋めたままなので少しくぐもった声

「お母さんにも沢山事情があるんだって」

誰からも手を差し伸べられず、仕事とキョーコとの板挟みになってきっと心身をすり減らしていたのだろう。
責任感の強い人だからこそ、キョーコから逃げた自分が認められないのだろう。

「小さなあの子には何の罪もないんだって」

それでも比較せずにいられない。自分の過去とあの幼子を。

「本当は、私が全部受け止めて…お母さんに気にしないでって…あの子を可愛がってあげてって…」
「どうしてそんなことを言う必要がある?」

あっさりとキョーコの話を遮った言葉に絶句して顔をあげると、そこには優しい顔があった。

「最上さんはまだ受け入れられてもいなんだろう?なのにどうしてそんなことを言う必要がある?」
「でも…」
「19年、19年もの歳月を1晩で結論づけることなんてない。過去を受け入れ乗り越えることと、結論付ける事とは違う」

俺だってそうだよ?と蓮は言った。罪は消えない。どんなに詫びようと償いをしようと消えない。
かつてはその罪が消えないのだから大事な人は作れないと自分に枷をはめてきた。
だが、それは自己満足だったのかもしれない。殻に閉じこもって自分を守っていただけかもしれない。
蓮は認めた。自分の過去を、自分の罪を。
それと共に生きて行くことを決めたのだ。
自分が得ていくものを同じように得るはずだった大事な人を忘れずに。

「時間がかかったっていい。最上さんの中でそれが噛み砕かれて消化されてから答えを出せばいい。ましてや“良い正解”なんて出す必要はないんだ。心の傷だってすぐに治らなくて当然なんだから泣きたい時休みたい時は俺やみんながいるだろ?」
「でも…それじゃあ…また敦賀さんに甘えちゃいます…」
「答えが出なくたって俺を受け入れるようになるかもしれないよ?それにこうやって傍に居れるなら俺は待つよ。」
「また…何年もかかっても?」
「その分長生きすればいいだろ?あ、最上さんもちゃんと長生きしてね」

ぷっ、とキョーコが笑った。泣きながら笑って、何言ってるんですかと言う声は少し明るくなっている。
蓮はその頬を両手でつかむと少し角度をあげて自分とキョーコの眼を合わせた。

「それにキョーコっていう名前は足りないどころか最上さんにピッタリだと思うけど?」
「…どういう意味ですか?」
「音だけってことは、色んな字が当てはめられる。何にでもなれるってことじゃないか。それってまさに女優になるためにつけられた名前だろ?」
「それが…父に捨てられた結果でも?」
「うん。たとえそれが哀しい事でもね」

少し細められた漆黒の眼を、その眼に映る涙でグチャグチャのブサイク顔の自分を、ジッと見る。
確か2年前、社長室の鏡で同じような不細工顔の自分を見たのだった。

「前…社長に言われたことがあります。私が一流の役者を目指す以上、他人が羨むような経験じゃなくても人生には無駄になるようなものはないんだって」
「うん」

その時は母のことは知らなかったが、思ったのだ。
つながっていると。小さなころから蓮へとまっすぐに伸びた布石に乗っていたのだと。

小さなころから痛めていた胸は今ドクドクと血を流し、まだ治まる気配はない。
母の哀しい過去そこから続くキョーコの哀しみと痛み。それはまだ癒されていないけれど、答えは出ていないけれど、だからと言って今不幸なのか?

それははっきり言える。
幼い日に夢見ていた世界にはいないかもしれない。けれどその結果、沢山の幸せの中にいるのではないだろうか?
キョーコの周りの優しい人々。
演じることの楽しさ。夢。
そして、その夢を共に語れて、追いかけさせてくれて、何より大好きな人

今までとは違う涙を溢れるにまかせたまま、キョーコは心から微笑んだ。

「どんな役があるんでしょうね?私の名前って」
「恭子なら…恭しく夫に尽くす妻?響子なら…ピアニストとか。教子…先生、凶子…殺人犯。恐子…」
「ちょっと待ってください。もうちょっと明るい役はないんですか?」

ちょっと拗ねてみせながら尋ねると、んー、と蓮の手がキョーコの後ろにある座卓に伸びる。

「あ、携帯。さては漢字のストックもう無くなりました?」
「だってほら、アメリカ生まれだから…あ、鏡子もあったな。鏡/の/国のアリ/ス。その時は俺、白のナイトね」
「トウ/ィードル/ダムとト/ウィ/ードル/ディーは誰がするんでしょうね?」

杏子、匡子、今日子、香子、享子…読み上げられていく“キョーコ”の名前とその意味から蓮が考えた役柄。
それを子守唄のように聞きながらキョーコは眠りについたのだった。


(41へ続く)
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