2015_05
05
(Tue)11:55

願いと建前

小話的な

2015/5/5




「は?」

礼儀正しいと評判の最上キョーコは、付き合いたての先輩俳優にだって言葉遣いは丁寧だ。
それはもう恋人が少々寂しく思うほどに。

だが、そのキョーコだって電話越しに彼…敦賀蓮が発した言葉があまりにも理解できなかったのだ。
彼からそんなことを聞かれることなんて一生ないというか、考えた事さえなかったのだから



■願いと建前



控室で衣装を脱ぎながら、キョーコは壁にかかった時計に目をやった。
時刻は9時半過ぎ、てっぺん越え確実と言われた今日の撮影はありとあらゆることが上手く回って驚異的に早く終わった。
もう一度時計に目をやる。やっぱりまだ9時半すぎ。

(…敦賀さんに電話してみようかな?今から寄ってもいいですかって)

ここのところ擦れ違いのスケジュールが続いていて、会うと言っても局の廊下で挨拶をするとか、せいぜいが控室や事務所でお茶を飲む程度だった。蓮の部屋にも暫く足を踏み入れていない。
スケジュール上では2人がゆっくり会えるのは3日後、だが奇跡が起こった。蓮は8時過ぎには仕事を上がる予定のはずなのでそろそろ部屋にいるころだろう。

(明日は私午後からの仕事1本だけだし…敦賀さんも夜は遅いけど朝はゆっくりめって言ってたよね)

そこまで考えて、泊まる前提で予定を立てている自分に赤面する。

(いや…別に…抱いてくださいとかそんな破廉恥なことは!!!)

実は考えている。今から行ったら確実にそういう流れになるだろうから、今日は上下が揃った可愛い下着でよかったと着替えながら考えて、鏡に映る下着姿の自分をチェックしたりしているのだ。…まああまりの貧相さに凹んだが。

(その…別に、あの破廉恥行為が気持ちいいとか…いや、いいのも確かだけど…なんて言うの?やっぱり敦賀セラピー効果?人肌に包まれて眠るのって心地いいし、あの後でウトウトしながら敦賀さんとお喋りするのもなんというか…幸せを感じるって言うか!!!)

ようするに抱いて欲しいのだ。キョーコは真っ赤な顔をした鏡に映る自分を見入った。

「こう言うのって…はしたない…のかな?…」

そんな風に蓮に思って欲しくはない。だが、せっかく出来た時間に会って蓮に触れたいという欲求は膨れ上がっていた。

「…敦賀さんの身体が心配だからちゃんとした食事を作りたいっていえばいいのよね!」

そしておかずに思わずビールが飲みたくなるような1品を入れてしまえばこっちのもの…と考えて「なんて計算高いふしだらガールなの!」と控室を転がり回る。
その時だ。蓮からの着信を知らせるメロディーが流れたのは。
考えていたことが考えていただけに吃驚したが、スケジュールを知っている蓮が仕事中のキョーコにかけてくるなんて珍しい。

「は、はい」
『あ…キョーコ…ごめん、今ちょっといいかな?』
「はい、もう…」

撮影終わったんですよ。そう言おうとしたが休憩中だと思い込んでいる蓮は口早に告げた。

『筍ってどうやって茹でればいい?』
「は?」

タケノコ?ってあの竹の子?ツチノコじゃなくて?



なんでも今日の撮影で大御所俳優から頂いたのだという。「行きつけの小料理屋にでも持っていけばいいよ」と言われたらしいが、キョーコの作る食以外には興味がない蓮が行きつけの料理屋などあるはずもない。

『下茹でしなきゃいけないんだろ?皮ってむくの?この糠ってやつと一緒に茹でるんだって社さん言ってたけど、こんな怪しい色したものと一緒に茹でて大丈夫?』

仕事中は決して聞くことがない少しパニくった声

「大丈夫です。私が茹でますから」
『え?でもキョーコてっぺん超えだろう?無理はしてほしくないし、下茹では早くしなきゃダメだって…』
「ありえないスピードで撮影が進んでさっき終わったんです。お邪魔していいですよね?」

迎えにくるという蓮をタクシーの方が早いからと説得し、地下のスーパーで朝ご飯の為の買い物を頼む。確か唐辛子はまだあったはずだし、筍料理の材料は明日キョーコが買いに行けばいい。
蓮から筍の下処理について聞かれるなんて思いもよらないことだったが、お蔭ではからずとも今日は蓮の部屋に行ける。キョーコは手早く荷物をまとめるとウキウキと控室を出た。

*
*

そして今、キョーコはご立派な筍2本がでーんと鎮座していらっしゃるキッチンにいる。


エプロンをつけると、手早く土を洗い流し穂先を切り落とす。

「鍋、火にかけておこうか?」
「筍や糠とか全部入れてから火にかけるんです。1、2時間茹でてそのまま冷まさなきゃいけないので料理は明日ですね。何かリクエストありますか?」
「筍ご飯が食べたいな」
「承知しました」

これで明日の晩も敦賀セラピーをゲットだ。キョーコは心の中でガッツポーズを決めた。

「でも、筍なんて敦賀さんが戴いてくるなんて思いもしませんでした。しかも自分で茹でようだなんて」

何とはなしに尋ねると、蓮は少々バツが悪そうに眼を逸らした。その頬が少し赤い。

「…どうしたんですか?」
「いや…その…キョーコを家に呼ぶ理由になるかなって…」

大御所からのいただきものだが、一度戴いてしまえば後は社が事務所で貰い手を見つけるなり何なりしてくれただろう。それを己が持ち帰ったのは「筍があるから調理に来てほしい」とキョーコを呼び寄せる理由になるからだ。
社もそれは分かりすぎるほど分かっているので「下茹でだけはしておけよ。大丈夫か?」と聞かれたが、今どきはネットになんでもやり方が載っているはずだからと返事をした。
けれど、帰ってから包みを開けてみると不安になった。
皮は堅そうなので食べれそうにもないが、どこまで剥けばいいのだろう?そもそも茹でる前に剥くのだろうか?この糠とかいう謎の粉はなんだ?
ネットに頼ろうとしたが、もししくじったときはキョーコを呼ぶためのカードを失う上に絶対にばれる。何しろキッチンは普段蓮が全く使わないキョーコの縄張りなのだ。

「どうせ調理は頼むんだから、それならいっそキョーコに聞けばいいかなと思って…」
「そんなに色々考えなくても、そこそこの時間に上がれる日だったらお邪魔しに来ますよ?」
「いや…だって…ここ暫くキョーコが早い日は俺が遅いだろう?泊まり確実になるのに…」

ほんのり頬を染めたまま、ゴホン、と小さく咳をする。

「その…なんだか…目的が見え見えで…ガッついてるって嫌がられるんじゃないかな…と…」
「あ…」

クツクツと筍を茹でる鍋の前で2人は暫し照れあった。
なんてことはない。2人の願いは一致していて
それを付き合いたての相手に伝えることに躊躇して建前と言うオブラードに包むことまで同じで…

「…あの…」
「うん?」
「…今日は…その早く終わったから…私も…敦賀さんに会いたくて…ですね」
「うん。そう思ってくれて嬉しいよ」
「…できれば…その…お泊りしたいなあ…とか思って…お酒飲んだら泊まってって言ってもらえるかなあと思って…ビールが飲みたくなるおかず作ろう…とか考えたり」

清らガールは遥か彼方。破廉恥計算女の陰謀を吐露すると、蓮は目を丸くした後、楽しそうに笑った。

「同じこと考えてたんだね」
「…ですね」

チラチラと蓮がキッチンタイマーを見た。
まだ残り時間は随分残っている。

「ええ…っと、鍋はこのままで大丈夫?」
「筍が茹で汁から出ないようにだけ気をつければいいんです。」
「じゃ…まあ…とりあえず…抱きしめていいかな?」

こくんと頷けば、蓮の身体に包まれた。

2人の前では筍入りの大鍋がまだクツクツと音を立ている。


(おしまい)





付き合ってからもモジモジしている恋愛初心者の2人。
思いついてから書くのに1週間、書いてから熟成期間が1週間。筍の季節が終わっちゃったかな?
2人の恋がどうか筍のようにニョキニョキ育ちますよーに。
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Re: 読み返してみて

> harunatsu7711様
読み返しありがとうございます!タケノコ…懐かしい(笑)
夜の帝王だからこそ、初心者のキョーコちゃんの前ではどうしていいか分からずオドオドしてほしいと思ったりします。
泣いてるキョーコちゃんを前にするとどうしていいか挙動不審に陥る久遠君や敦賀さん大好きなので(笑)

本誌でこんな展開…いったいいつなんでしょう。とりあえず敦賀さん御帰国でツーショットが見れるだけで暫く生きていけそうな私の幸福指数は恐ろしく低いんだと思います(笑)

2017/04/08 (Sat) 06:26 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

読み返してみて

こんばんは。

読み返してみて、キャーーーとなりました。
初々しさがあって、夜の帝王の蓮さんとは思えません。キョーコさんの脱清らガールップりもナイスです。
こんなカップル、羨ましいです。…本誌でこんな雰囲気になるのはいつのことでしょうか?

2017/03/30 (Thu) 20:40 | harunatsu7711 #78TfamQ2 | URL | 編集 | 返信

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