2016_06
01
(Wed)11:55

時間差の恋(ほんのわずか番外8)

「ほんのわずか」番外。
ショータロー目線です。

冒頭、本編7話、敦賀さんアメリカ出張前辺りから始まります。



2015/6/5初稿、2016/6/1修正の上通常公開




「申し訳ありませんでした」

ショータローはエレベーターを降りてすぐに頭を下げた。
得意先には先程謝罪済みだ。今下げた頭の先には営業部長の松島、そして主任の連が立っている。

正直言って、ショータローは敦賀蓮と言う男が嫌いだ。

自分よりも背が高くモデル体型も、超絶美形と女子社員に騒がれるその顔も、己より2つ年次が上なだけなのに最年少主任の席にいる仕事の能力も、何もかもがショータローの気に障る。
だが、自分の仕事の慣れによる怠慢で起きたミスをフォローするために、松嶋と蓮に半日を使わせてしまったことは紛れもない事実だ。まもなくアメリカ出張を控えて超多忙な蓮にとってどれだけの時間のロスなのかは重々承知している。その上、そのミスも蓮が気が付いたせいで金銭的損害は免れたというおまけつき。
今、目の前にいる男のことは嫌いでも、自分の過ちに頭を下げない程愚かになるのはごめんだ。

「これからは気を付けるようにな。たかが電話1本。されど電話1本だ。なあ、敦賀君?」

松嶋が同意を求めるように水を向けると、蓮はさほど表情を変えないまま言い放つ。

「まあ、よかったんじゃないか。ミス出来て」
「なっ」

ミスしてよかったはないだろうと思わず反論の言葉が飛び出そうになったが、なんとかこらえる。蓮はそんなショータローには気にも留めず、言葉を続けた。

「得意先に損害は出なかったし、俺と部長が頭を下げる程度で済んだんだ。これで不破君はもう2度と同じミスはしないだろう?よかったじゃないか」

そう。同じミスは二度としないと肝に銘じた。

もし金が動いた後だったら…多額の損害を出すだけではなく社そのものの信頼が大きく損なわれ、取引中止という事態になったかもしれない。先方の担当者も無事ではすまなかったことだろう。
もしもを考えるとぞっとする。面倒な事務作業をなんとなく…なんてことはもう絶対にしない。
蓮はそれがわかっていると言ってくれているのだ。
ショータローが営業マンとして成長する過程なら頭位は下げるし、時間だって使うこともかまわない。そう暗に言ってくれているのだと…それが分かって、不覚にも蓮を「カッコいい」とか思った自分を全力で否定しながら頭をあげた。

その時だ。
資料室から出てきていたキョーコの姿が目に入ったのは。

ここでのやり取りは聞こえていたのだろう。
こちらを見つめるキョーコは優しい笑みを向けていた。

(あいつ…あんな眼で俺のこと見守ってくれたのか…)

なんだか胸に暖かいものが込み上げて…
その時不破松太郎は己の中にあった感情の名前を知ったのだ。



■時間差の恋(ほんのわずか番外8)
    ~ほんのわずか 5カ月~6か月後~





入社2年目の10月にキョーコに告白したのは完全なるライバル心からだった。
同期で癪にさわる礼野が狙っている女だから。ただそれだけ。正直キョーコが同期だという事も営業部に配属になって初めて知ったのだ。

キョーコに強引にうんと言わせた交際は半月程は上手くいった。
高校の時分から大人の女ばかりと付き合ってきたショータローにとっては、公園で弁当を食べるなんてことは逆に新鮮だったし、何よりその弁当は恐ろしくうまかったのだ。
超がつくほど純情で、軽く唇を合わせただけで一杯いっぱいなのは男としては色々困るが、それはまあ追々教えて行けばいいだろう。そういう関係になったら化粧や服装もショータロー好みに変えさせて…そう思っていたのだ。あの日までは。

「キョーコが下宿してるの居酒屋なんだろ?今度連れてってくれよ」

その発言に大した意味はない。ただ単にサービスしてもらえるかもという打算的考えからだった。
だるまや夫妻とキョーコは大家と店子なんていう間柄ではなく、娘同然という発想なんて浮かびもしていなかった。

夫妻は交際相手が挨拶にきたものとして出迎え、その出迎えぶりに驚いてろくに自己紹介も出来ない若造に眉をしかめた。
食事の間中いたたまれない雰囲気が重かった。ヘタに関係を深めればもう逃がしてはもらえない。そんな風にも思った。
考えてみれば多かれ少なかれ年頃の娘を持つ親という者はそんな感じなのだろうが、なんだか見えないプレッシャーを勝手に感じ始めたのだ。
キョーコが作ってくれた弁当も、きちんとした経済観念も“いいお嫁さん”アピールのようでイチイチ癪に障る。その一方でまだ若いキョーコがそこまで考えている訳でない事も分かっていて、そんな自分が後ろめたい。
クリスマスなんて一緒に過ごしたらその先は結婚だけのような気がして、適当に友達とのパーティに出席したくせに、25日が誕生日だと後から知った罪悪感から「何?俺が気付かなきゃいけないわけ?はっきり言えばいいだろ?」なんて逆切れしてみたりする。

決定的だったのは街で礼野を見かけたことだ。

礼野が連れていたのは華やかな美貌に豊満なボディを持ったショータロー好みの女で、ちらりと己の隣をみると、それはなんとも地味な女で道端の石っころのように思えた。
1カ月避け続けてから告げた別れの言葉をキョーコはもう予感していたのだろう。すんなりと頷いた。
別れても社内で騒ぎ立てるでもない、相変わらず頼んだ仕事はきちんとこないしてくれ、ショータローはのびのびと己らしい生活に戻った。

それから数カ月、色んな女に手を出した。
百瀬逸美のように断られることもあったが、ショータローの容姿と大手企業の勤め人という肩書をもってすればたいていの女は手に入る。

でも前には感じなかった違和感があった。
有名店での食事は値段の割には大したことがなかったし、本当は大好きなお笑い番組の話をすることも出来ない。唯一楽しいのは他の男どもに見せつけてやる時だけで…それはまるで高級ブランドの時計や車のよう。
女にちやほやされるのだは大好きなはずなのに、どういう訳か肩がこった。

違和感の原因が分からぬまま日々は過ぎていく。仕事が段々と面白くなって行き、それに年度末も重なって忙しくなると、段々と新しい女を渡り歩くのが煩わしくなっていく。
これはちょっと仕事モードってやつなのかとそう思っていた。

キョーコは相変わらずショータローが頼んだ仕事は完璧にフォローしてくれていた。

*
*

そして5月、大嫌いな敦賀蓮に頭を下げるなんてカッコ悪いところを、優しい笑みを浮かべて見守ってくれた姿をみて今までの違和感がすとんと納得が言った。
自分はキョーコに惚れたのだと。
一度想いに気付けば目に入る。隣の部署とはいえその仕事ぶりでショータローを支えてくれていることを。相変わらず地味だが、控えめに施された化粧をしたその顔は、とても綺麗だと。少しずつ少しずつ、でも確実に大人びて花開いていっているのだと。

己の感情に気が付いて、仕事にかまけて話す機会を積極的に増やしてもキョーコとの距離は変わらない。やはり一度別れているのだからちゃんと口説かないと、そう思っていた
その矢先だ。飲み会で営業部の女性社員たちにキョーコに深い関係の恋人がいると聞かされたのは。

*
*

「不破さーん、いい加減浮上してくださいよー。楽しいお酒にしましょうよ」
「…うっせーな。三沢。俺と飲むのが嫌なら帰れ」
「え?そうですか。じゃあ…」
「ちょ、三沢君冷たいなー」
「帰れって言ったのは不破さんですし、俺見たいドラマあるんですよ。早く見ないと姉ちゃんに録画したの消されちゃうから」
「ああ、ドラマね。俺も溜まるんだよ。そうしてるうちに新しいの始まっちゃって結局消しちゃうだよね」
「自分で消すならいいじゃないですか。俺なんて消されるんですよ」

石橋と三沢の会話を聞き流しながら焼酎を煽る。喉に流れていくそれと一緒に、記憶も流してしまいたいのに、さっき資料室で見たキョーコの項がチラついて離れない。

昨日の宴席での話が頭にずっとあって、アルコールが入ったことで勢いがついた。

資料室に1人でいるところに乗り込んでもキョーコは無防備に「お疲れ様です。何かお探しですか?」なんて笑って見せて、だから抱きしめて言ったのだ。「やり直さないか?」と
最初何が起こったのか分からない様子だったキョーコだが、「冗談はやめてください」ときっぱり言った。
「本気だ」そう言いながら、付き合っている時もほとんどなかった距離感にキョーコの甘い香りにさらに酔いが回る。もっと香りを堪能しようと首筋に顔を近づけたら…見えたのだ。
項の下あたり、よっぽど近づいて上から見ないと見えないその場所にくっきりついた鬱血痕。
そして首には、昨夜同じく酒の席で聞いたネックレスが巻いてあり、強烈に「誰かのもの」と主張する。

あまりの衝撃に腕が緩んでキョーコに突き飛ばされる羽目になった。

(ほ、んとにいたのかよ。男なんて)

しかもあんな濃い痕を残すような関係だなんて…

(まさか、騙されてるとか…貢がされているとか…)

男に渡す金を作るために夜の街で働き、襤褸切れの様になっているキョーコを妄想する。男の借金の方に複数の輩の相手をさせられたり…と、もはやどこかのAVか何かの見過ぎだと突っ込んでくれる人は、脳内には存在しない。

「不破君、さっきから百面相してるけど…どうしたんだろう?」
「ある意味こっちの方がドラマより面白いかもしれませんね。もっと飲ませてみましょうか?石橋さん」
「三沢君…」

*
*

翌日は二日酔いで最悪だった。
キョーコと話す時間を作りたいが、どういう訳か邪魔が入る。

そうこうしているうちにあっと言う間に半月が過ぎて11月になった。
悶々とした気分で過ごす日々の中で、キョーコが己に振られたショックで悪い男に騙されている。そんな妄想が膨らんでいく。それはせめて心だけでも己にあってほしいという願望なのだと薄々は分かっていても認めたくはない。

(キョーコに会いに行ってみようか?)

あの下宿している居酒屋にいくのは気が重いが、それでも今度は大事にするつもりなのだから誠意は伝わるはずだ。

ようやく気付けたのだから。
どれだけ人に自慢できるいい女か、なんで基準じゃなく、キョーコが必要だ。それをちゃんと伝えたらチャンスはまだあるはずだ。



「あれ?不破じゃないか?」

気が付けばだるまやの最寄駅にきていて、声をかけてきたのは大学で同じゼミだった新発田だ。

「よお…」
「お前この辺だったっけ?独身寮にいるんだろ?」
「ちょっと仕事でな」
「その仕事もう終わったなら飲みに行かないか?旨い店があるんだよ。だるまやって言うんだけどさ」

思わず頷いたのは、新発田の告げた店がまさに今から行こうとしていたところだからだ。
緊張しながら暖簾をくぐると、ピークの時間を過ぎたせいか店は比較的すいていた。

「あら新発田さん、いらっしゃい。」
「こんばんは。女将さん。今日はサバの味噌煮はもう出ちゃった?」
「流石に金曜ですからねえ。あちらのテーブル席にどうぞ。お連れ様もいらっしゃい」

以前来た時は私服だったためか、スーツ姿のショータローのことはわからないようで少しほっとする。
適当に注文を終え、ビールを飲みながら互いの近況を話していても、新発田はなんだかひどく落ち着きがない。

「なんだよ?キョロキョロして」
「あー、いや~。」

新発田は何か言いかけて、こちらのほうを向いた女将に気付くと声を上げた。

「女将さーん、今日はキョーコちゃん入ってないの?」

告げられた名前にギョッとするが、カウンターに座る常連と思しき客たちが返事をした。

「なーんだ。にいちゃん、最近よく来ると思ったらキョーコちゃん狙いかあ?」
「えへへ…実はそうなんですよ」
「キョーコちゃんはいないぞ。ここで働いてるわけじゃないからな。」
「ええ?そうなんですか?だって先週も先々週も金曜にいたじゃないですか。バイトしてるのかなって」
「違う。違う。ここで前下宿しててよ。その縁で時々手伝いに来てくれるんだよ。まあ大将と女将さんにとっては娘同然だよな?」

カウンターの向こうで調理をしている大将が小さく頷いた。
この下宿を出たとは知らなかった、無駄足だったかとショータローは内心臍をかむ。

「そうかあ。残念。でも時々は来るんですよね」
「ダメダメ。キョーコちゃんにはもういい男いるからな。諦めろ。な、大将」

再び小さな頷き

「ええ?本当に?俺じゃ駄目かなあ。公務員だし結構いい線言ってると思うんですけど」
「駄目だって。相手の男結構なエリートさんで、見掛けも超がつくほどのいい男だぜ。兄さんも悪くはないけど勝ち目ないって」
「そんな男、遊んでるんじゃないですかあ?」

今度はショータローが心の中で大きく頷いたが、常連たちから「ないなー」と一斉に否定される。

「あのイケメン、キョーコちゃんにゾッコンだよな」
「そうそう。ありゃあもう結婚する気満々だね。」
「付き合って3か月やそこらで挨拶に来たんだよなあ。この前キョーコちゃんが帰ってきてたのだって、自分が出張で留守している間は1人暮らしは心配だからって彼氏に頼まれたんだろ?」
「え?もう一緒に暮してんのか?」
「違う。違う。でも自分が駆けつけれるところにいないかららしいぜ。」
「もう夫だよ。オット。どんだけ過保護だよ」
「いやいや、あれは蚊だってキョーコちゃんに近づかせたくないんだね。大将と女将さんを虫除けに使ってら」

常連客は盛り上がり、新発田はええっと悲鳴をあげるが、酔っ払い達の気にしたことではない。

「でも、まあよかったよな。ほら、前に付き合ってた男?あんなチャラチャラしたのとは別れて」

ぎくり、とグラスを持つ手が汗をかく

「ああ、一度店に来たあれか?ありゃ将来を考えた付き合いとかするタイプじゃないな。なあ女将さん」
「そうだねえ。キョーコちゃんを大事にしてくれる人が何よりだね」
「キョーコちゃん小さい頃に二親亡くして、あっちこっちの親戚たらいまわしになったんだろ?苦労したもんなあ。」
「どっからそんな話仕入れてきたんだい?あきれたね」
「俺らはほら、キョーコちゃんのファンだからファン」

喉に流し込んだ液体の味が分からなかった。
両親がいないのは知っていたが、そんな過去があるとは聞いていなかった。いや、聞こうともしていなかった。
キョーコが聞いていたらしい秘書課でのショータローの発言はあまり考えてのことではなかった。だがその言葉がどれだけキョーコの傷を抉ったのか。

「俺よぉ、この前彼氏が迎えに来た時に「キョーコちゃんは散々頑張ってきたんだから泣かすなよ」って言ってやったのよ」
「ちょっと、何余計なこと言ってんだい」
「まあまあ、聞いてくれよ。そしたらさ、「頑張ってきたキョーコを誇りに思います。将来彼女が頑張ってきてよかったと思えるように俺も頑張ります」だってよ」
「おお!これは近々いい話がきけそうじゃねえか…って女将さん泣いてんのか?」
「ちょっとくしゃみを我慢しただけだよ!」
「そうかいそうかい。」

向かいに座る新発田が「俺告白する前に失恋だよ」とヤケ酒を煽りだした。

空になったグラスにビールを注いでやりながら思い出す。そういえば1年前に来た時もこのテーブルだった。カウンター席では大将に気を遣うだろうとキョーコが配慮してくれたのだ。
気まずく思いながらも食べたあの夜の料理は旨かった。そしてショータローの好みの品ばかりだった。

(気付かなかったんだよな。1年前の俺は)

キョーコの良さに、気遣いに。恋人はアクセサリーではないことに。

でも気付いたとして、あの頃のショータローがキョーコに惚れていただろうか?

多分違う。

あの5月まで、他の女とも付き合って、色んなことがあってキョーコへの想いに気付いた。
そのキョーコも皆が言う彼氏とやらに出会いそして綺麗になった。


2人の時間軸は決定的にずれていて、重なることはない。


どんなに後悔しても、例え時間を巻き戻すことが出来ても…

(ちっ…いっそ、こんな想いなんて気付かなければよかった…)

交わることのない想いなのだと理解しても、まだあきらめない。もっといい男になればなんて思っている自分がいる。



(厄介なモン、知っちまったな…)

手酌で満たしたグラスから喉に流れたビールは、苦い苦い味がした。


(おしまい)





ちなみに、キョーコちゃんが暖かい目で見ていたのはお松さんではなく、敦賀さんの背中です。(書かなくてもわかりますよね。すいません)

以下は限定記事の時の挨拶です。
去年の今頃、闇色が書きたくて書きたくてうずうずしてたんですねー。そしてトワセツすっかり闇色のとってかわられちゃって…。
闇色が終わったら、ちゃんと書きますよー。
もうこれ以上駄文の量産はやめますとか言ってるけど、結局書いてるし(笑)

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しつこく書いてた番外編もアンケートとった内容は最後です。この後にXの誕生日話がくるんですけどね。あれだけフライングしちゃったので…
こちらのリーマン敦賀さんとキョーコちゃんは私も書きやすかったのですが、流石にもうこれ以上駄文量産はやめておきましょう(笑)
拙宅的にはお色気シーンの多い話ですが、もう一回読み直して修正してから少しずつ通常記事に移行していこうかと思います。(特に番外編は修正かけたい)お話が完結しないとうまく修正できないのですよ。

通常記事を増やすんだーと1周年で叫んでおりながら、パラレルは相変わらずストレートに公開する勇気が持てないチキンぶりです。
なんだかもう1回修正できる機会があるのだと思うと安心できるのですよ。
そして今後もパラレルは続きます。
次はトワセツ、それと並行してもう1個パラレル投入しようかなと思ってます。

またお暇な時にお付き合いください。


ちょび
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