2015_06
16
(Tue)11:55

12月の鬼-1(記憶喪失の為の習作5)

とりあえず話の流れが分かるまでは書こうと思うのですが、全然進みませんねー。

2015/6/16




暗闇に“手術中”のランプがうすぼんやりとした赤い光を放つ。


「社さん、すいません」

唐突な謝罪の意味が分からず、社は傍らに座る担当俳優を見た。
ここにきてからずっと祈るように顔の前で手を合わせていた蓮は顔を上げないまま、すいませんと繰り返す。

「何謝ってるんだよ」
「社さんや社長や…沢山の人が敦賀蓮を支えてくれていることは分かっているのに俺思ってしまいました。彼女を…キョーコを助けてくれるなら…今の俺のすべてを捨てるって…」
「…なんだそんなことか」

まるで天気の話のように告げる社の言葉に蓮は顔を上げた。

「命を差し出すとはお願いしなかったんだろ?じゃあいいよ。お前の身一つと演技への情熱があって、キョーコちゃんがいてくれるなら何とでもなるさ。キョーコちゃん生活能力高いしな~。まあとりあえずだるまやに2人で転がり込むか?いっそアメリカで1からって手もあるな」

蓮がくすりと小さく笑った。事故の知らせを聞いてから初めてと言ってもいいそれに社の口角も上がる。

「そうですね。オーデション受けまくりますよ。」
「そうそう。俺も申し込み位手伝ってやるよ」
「給料出せませんよ?」
「大丈夫。不安定な俳優業と違ってサラリーマンはこういう時に強いんだよ。」
「社さんが手伝ってくれるならなんだか社長までついてきそうですね」
「くるね。そうなるとあんまり今と変わらないな」
「ですね」

暫し2人は笑う。
少し離れたベンチに座るだるまや夫妻の表情も少し和んだ。

「蓮、大丈夫だ。キョーコちゃんは必ず助かる。お前みたいな面倒くさい男を置いて逝ったりしないよ」
「…はい」

赤い光に社も祈った。
どうかこの2人を引き離さないでやってくれと。

だるまや夫妻も社長も椹も
少し離れたところに1人立つ冴菜も、皆キョーコが助かるように祈ったに違いない。

神様は願いを聞き入れた。
ただ、引き換えにしたのは蓮の芸能界での地位や名誉ではなく、キョーコの記憶だったけれど。



■12月の鬼-1(記憶喪失の為の習作5)



2人の恋が同じ方向を向いて歩き出したのは夏の終わりだった。

21歳の恋愛音痴と17歳のラブミー部員の交際は、夜を共にするのは時間がかからなかったのになぜだか初々しく、見ているこちらがこそばゆくなるような程互いを大切にしながら進んでいた。

もうまもなく交際3か月という11月半ば

「どうだ?疑似新婚生活は?」
「何ですか社さん。会うなり」
「だってキョーコちゃん今日の仕事が夕方の1本だけだからって、昨夜から2泊3日で泊りに来てくれてるんだろ?新婚気分なくせに」
「…そりゃまあ…」
「やっぱり新婚気分なんだ」
「自分で水向けといて呆れ顏するのやめてもらえませんか?」
「すまん。すまん。今日は午前中はどっか出かけたりしたのか?」

あまりからかうと闇の国の蓮さんに遭遇してしまうので話をそらすと、天気が良かったからブラブラと散歩をした後パンが美味しいと評判のベーカリーカフェでブランチをとったのだと教えてくれた。

「平日だからすいてるし、軽い変装程度でバレずにすみました」

もう満面の笑みの担当俳優に、聞いたこっちが照れてしまう。

「そうか、よかったな」
「ええ。ありがとうございます。社さん」
「ありがとう?俺に?」
「だって今日の俺の仕事本来は12時からでしたよね?2時間調整してくれたんでしょう?すいません」

気付いていたのか、と社は苦笑した。
担当俳優という枠を超えて、社はこのそつがないようで本質は不器用な男の幸せを祈っている。
過去の罪を背負いながらもようやく愛しい存在をえた今も、分刻みのスケジュールを文句ひとつ言わずこなす弟分に、たまにはご褒美くらいあげたくなるというものだ。

「明日のお前の仕事終わりが2時間延びるだけだよ。先方もその方が都合がよかったみたいだし、担当俳優のメンタルの維持も仕事の一環だ。わざわざ礼を言われることじゃない」
「でもプライベートの為に社さんに面倒かけました。お陰で初めて彼女からおねだりもらえましたよ」
「おねだり?初めての?」
「ええ。そのカフェでブランチしたいって言ったのキョーコなんです」

こちらが少々寂しくなるほどに甘え下手なキョーコが初めて言ったのだ。「敦賀さんが2時入りなら、ここにブランチ行ってみたい」と。
11月の澄んだ空気の中を2人手をつないでゆっくり歩きながら色んな話をしたのだと、沢山の種類が並んだプチパンを前にあれもこれも食べたいでもカロリーがと唸るキョーコは可愛かったのだと、嬉しそうに話す担当俳優はいつもより随分幼く見えた。

「よかったな。また1つ距離が縮まって」

はい、と笑う蓮は幸せに溢れていた

「ただ、明日の入りはずらせないからブランチは無理だぞ」
「分かってますよ。明日の朝は和食作ってくれるそうです」
「あー、羨ましい。俺にも誰か作ってくれないかなー」
「ちなみに今夜はコロッケです」
「自慢?自慢だな?さっきの感謝はどこにいったんだ?」

けれども…コロッケも朝ご飯も作られることはなかった。
キョーコが仕事帰りに乗ったタクシーが玉突き事故に巻き込まれたのだ。
大した外傷はなく、救急隊員の質問にもはきはきと答えていたキョーコは搬送中に急変。脳外の専門医が「最善をつくした」手術にはかなりの時間がかかった。。
一命はとりとめた。だがこの後無事回復するのか、何かしらの障害が残るのか、このまま目を覚まさないのか

皆祈った。

蓮は毎日毎日少ない空き時間をかき集めて病室に通い、その手をさすり語りかけた。
今まで聞いたことがないほど震えを帯びたその声は胸が締め付けられて見てはいられなかったけど。

蓮だけではない。だるまやの夫妻も、社長も、奏江も千織も時間が出来たら見舞いにきていた。
社にとって意外だったのは冴菜も実にまめまめしく病院に通ってきたことだ。
以前テレビでみた鋭利な雰囲気はまるでなく、そこにいるの娘の無事を祈る母だ。ただ、離れていた時間が長い為かかける言葉が見つからないのだろう。黙ってキョーコの手を握っているのだと、社は人づてに聞いた。

「キョーコちゃんが目を覚ましたら教えてあげなくちゃな。お母さんが毎日見舞いにきてたって。」

病室でそう話しかけると、蓮は少し疲れた様子ながらも微笑んだ。

「ええ、ずっと気にかけてましたから」

蓮への想いを自覚し、蓮からの想いを受け止めた後でもキョーコの心の奥底にあった“母から愛されなかった”傷。時々ゆらゆらと姿を現すそれを、蓮も周囲もどんなに時間がかかっても癒しておこうと思っていた。だが、キョーコの願うものでも世間一般のものとは違っても、冴菜はキョーコを大事に思っているのだと知ることはその傷と折り合いをつける1つのきっかけになるかもしれない。

「キョーコちゃんの意識が戻って、お母さんの事への気持ちも1つ区切りがついて、蓮はキョーコちゃんの大切さに気付いて…きっといい転機になる。…きっとそうなるさ」
「俺はキョーコがどんなに大切かわかってるつもりですけどね」
「再認識。再認識。さあ、悪いがそろそろ時間だ。」
「はい、…キョーコ、5日ほど海外なんだ。帰国したらお土産持ってくるよ」

ぎぃ…と椅子から蓮が腰を上げるのと同時に社はベットに背を向けた。蓮がいつも最後にキョーコにキスをするのを知っているから。
唇が重なるだけのそれをきっかけにメ、ルヘン思考のキョーコが目覚めてくれないか、そんな願いを蓮がこめていることを知っているから。

事故から半月近くがたって世間は師走に入っている。

*
*

「キョーコちゃんの意識が戻った?いつですか?」

思わず大きくなりそうな声を必死に抑えながら、電話の向こうの雇用主に確認する。社の様子に、少し離れたところで衣装を合わせている蓮が視線を向けてきた。

『昨夜だ。俺も今出張中でな。連絡を受けて椹君に走ってもらったんだ。』
「で…椹主任はなんて?」
『椹が病室に入ったときは医師とお母さんとやりとりしていたらしい』
「ほんとですか?よかった!!」
『いや…それが』

ローリィらしからぬはっきりしない物言いに不安が募る

「まさか身体に何か?」
『いや…そうじゃないんだが…』


「記憶障害…ですか?」

仕事を終えて控室で2人になるまで待って告げた報告に蓮は目を見開いた。

「事故後の一時的な混乱なのか、脳へのダメージによるものなのか分からないそうだけど、過去どころか自分の名前も分からないみたいなんだ。半月寝ていたから筋肉は落ちてるけど身体の動きは特におかしくないし、字も普通に書けたりするみたいだから一時的なものじゃないかって話なんだけど」
「…かなり混乱しているでしょうか?」
「うん。それもあるし、まだ少し朦朧としている感じもあるみたいだよ」
「そうですか…」

とん、と腰を下ろした蓮が手で顔を覆った。

「でも…目を覚ましてくれたんですよね。…キョーコが…目を開けた…」

よかった、と小さく漏れた言葉と共に肩が揺れて、蓮の手を滴が伝う。

「うん…そうだな。キョーコちゃんが目を覚ましたんだ。後はゆっくり思い出していけばいいよな。例え思い出さなくたってまた一から思い出を作って行けばいいさ」
「…はい」
「俺たちも明後日には帰れる。お前の顔を見た途端思い出すかもしれないぞ?ご飯食べたんですかーってな」
「そうなるといいんですけど…でもキョーコがまた俺を見てくれる。それだけで今は充分です」

あの大きな目が蓮を映して、あの可愛らしい唇が蓮の名を呼んで…

それからの蓮は背中に翼が生えたようだった。仕事は落ち着いて完璧にこなしているが、社には分かる。
早く早くと海の向こうの愛しい人の元に帰ろうと羽をばたつかせているのだと。

(まあ無理もないか)

そう思いながら蓮を見つめる社はまだ知らなかった。

この数日のロスをその後どんなに悔やむことになるのかを


(2に続く)

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