2015_06
23
(Tue)11:55

12月の鬼-2(記憶喪失の為の習作5)

梅雨の様にジメジメと、そして半端に長く…


2015/6/23





病院の裏口には褐色の執事が待っていた。

「最上さまのお母様が病室に先にお入りになっています」

その言葉に小さく頷いてエレベーターに向かう蓮の背中は、逢瀬への喜びで溢れていた。颯爽とした歩みに合せてその手に持つ小さな紙袋が揺れ、記憶を失ったキョーコが少しでもリラックスできればと選んだお土産の香水瓶が小さく音を立てた。



■12月の鬼-2(記憶喪失の為の習作5)



ドアが開くなりベット脇に駆け寄るだろうと思っていた蓮が足を止めた。訝しんだ社は蓮の脇から部屋の様子を窺う。

(…なんだ?)

窓際のベット脇に固い表情の冴菜が立っている。キョーコはベットに横たわったままこちらにぼんやりと視線を向けていた。

「キ「キョーコ?」」

蓮が呼びかけるのに被せるようにして冴菜がキョーコの名を呼び、その耳元で何やら囁く。キョーコが小さく首を横に振るとまた冴菜が何やら囁く。
2人だけのやりとりが続く。

「ごめんなさい。貴方達を憶えていないようです」

そう言いながら冴菜が蓮たちの視線を遮るように立ち位置を変えたので、こちらからはキョーコの顔が見えなくなった。

「…キョーコさんと少し話をさせていただきたいんですが。」
「まだキョーコはウツラウツラしている時間が長くて…先程はそちらの社長様もお見えになって疲れているようです。今日はもう休ませてあげてくださいませんか?」

せめて言葉を交わしたいが、病人を盾にされるとどうしようもない。

「分かりました。…でもこの土産だけ…」

手渡そうと蓮が足を踏み出すと、冴菜はその行く手を阻んだ。

「お預かりします」
「…じゃあ…。…キョーコ、明日また来るよ」

キョーコがその言葉にうなずいてくれたのかどうかは分からなかった。



先程とは打って変わって重い足取りで病室を出ると、看護師が「すいません」と追ってくる。

「はい?なんでしょう?」
「…あの…最上さんのお母様から先生を通じてお願いされて皆様に申し上げているんですが…」

この病院はLMEと懇意な上に相手は人気俳優だ。看護師はなんとも言いにくそうに続けた

「…まだ最上さんはあのような状態ですから…その…面会時間外にこられるのはご遠慮願いたいと…」
「…」

蓮のスケジュールは過密だし、いくら懇意の病院とはいえ出入りには気を遣う。それが面会時間外での訪問を禁じられては足を運ぶ機会は激減するだろう。奏江や千織だって似たようなものだ。
事故後から足繁く通っていた蓮を知っている看護師はワタワタと言い足した。

「申し訳ございません。未成年の患者様の保護者の方がおっしゃられると…」
「ええ…仕方ありませんよね。分かりました。善処します」

にこりと笑って見せた蓮に看護師が頬を染めたが、担当俳優の拳がギシギシと音を立てそうな位握りしめられているのを社は見ていた。


*
*

「出張先でも報告は受けていたが…予想以上に頑なだったろう?」

事務所に戻った蓮たちを迎えたローリィは社長室は深いため息をつきつつ言った。

「じゃあ…社長や椹主任も?」
「ああ、椹君も、琴南君やだるまや夫妻も最上君と直接話は出来ていないようだ。どうやら休暇をとっているようで面会時間内は病室に貼りついているらしい」
「あの仕事人間って感じの人が?なんで…」
「どうやら最初に意識が戻ったときに傍にいたのが最上君のお母さんだったようだな。」

その時に何かあったのだろうか?
キョーコが意識を取り戻すまでの冴菜はただただ無事に目を開けてくれることを祈っている。そんな風に見えた。
先程の病室での様子はキョーコを冴菜が完全にコントロールしているように見える。記憶を失い、まるで生まれたてのヒナのような状態のキョーコに何か吹き込みでもしたのではないか?そんな疑念が社の胸に生まれた。
蓮もさすがに苛立ちを隠さずに口を開く

「キョーコの為にも今の状況はよくないんじゃないですか?」
「ああ、勿論最上君の為にもよくないだろう。俺が出張中は椹を通じて担当医に伝えていたんだがな。何しろ頑ならしい。そうなると保護者の意向を優先せざるを得なかったようだな」
「今更保護者面ですか?」

蓮の心情を思いつい感情的な口調になった社にローリィが「まあ落ち着け」とお茶をすすめた。

「俺がこれから院長に話をして説得にあたってもらうさ。まだこの時間なら起きているだろう。蓮は明日の撮影は昼からだったか?」
「ええ。明日朝にキョーコを見舞おうと…」
「よし、俺も同行しよう」

社は小さく息を吐く。
記憶障害については詳しく分からないが、蓮をはじめ記憶を失う前に懇意にしていた人達と接触するは大切なはずだ。結果記憶が戻らなくても何か通じるものはあるだろうし、何より蓮とはあれだけ強い絆で結ばれていたのだ。

*
*

翌朝、面会時間が始まってすぐに病室に向かいドアをノックしたが反応が無かった。

「…お母さんはいないみたいだな」
「キョーコは…寝ているんでしょうか?」
「蓮、ちょっと開けてみろ」

そっと開けたドアからベットで眠るキョーコの横顔が見えた。
ゆっくりと上下する胸の動きに蓮の顔の強張りが少し緩んだ。

「俺たちはここで待ってるからお前キョーコちゃんについててやれよ」

昨夜はろくにキョーコの顔を見れていない蓮にそう勧めると、頷いてベットに歩み寄る。その姿に目を細めてドアを閉めようとした時、後ろから声をかけられた。

「あら、おはようございます」
「…おはようございます」
「丁度良かったですわ。今先生と話をしてきたんですけど、事務所の方にも同席して欲しいと思ってましたの。…敦賀さんも」

あと少しでベット脇にたどり着きそうだった蓮の歩みが止まる。

「先生まだ時間は大丈夫だと思いますわ。一緒に参りましょう」

穏やかな笑みを浮かべながらも否とは言わせぬ雰囲気。
鋭利な弁護士の顔だ。


小さな会議室に通され、担当医が来るのを待った。
いったい何の話だろうか?昨夜ローリィから院長に通してもらった話がもう冴菜まで伝わったのか?それにはまだ早い気がする。
何やら嫌な予感を感じた。
待たせたことを詫びながら部屋に入ってきた担当医の顔色はさえない。ますます嫌な予感がする。

皆が揃ったところでキョーコの検査結果等現在の状況が担当医から告げられ、ローリィや社もいくつか質問をしたが、蓮はじっと冴菜を見ている。きっとなにかしら感じているにちがいない。
話が大体終わると冴菜が「よろしいですか?」と切り出した。

「先程先生にもお話したんですけど…」

この部屋の空気を支配するのは最上冴菜だ。

「検査の結果も特に問題ないようですし、近々転院させようと思います。退院後は当然うちに来ることになります。そうなるとこの病院は自宅からも私の職場からも遠いですし。専門の先生がいらっしゃる病院に話も通してあります」

(やられた!)

冴菜はキョーコを完全に取り込むつもりだ。それにしてもキョーコが目を覚ましてからわずか4、5日で転院先まで確保するとは。

「それはまた急ですね。しかし最上君の記憶傷害の為にもあまり急に環境を変えるのは好ましくないのでは?」

ローリィがちらりと担当医に目をやると、小さく頷いているがその顔に諦めが見える。。散々説得したが無駄だったのだろう。

「そう…その環境なのですが。記憶を失った現状では芸能界は引退せざるを得ないでしょう。オファーに応えることは無理ですから」
「確かに現状では無理ですからオファーは断らざるをえないでしょう。ですが引退などと性急に答えを出さずとも長期休養という形でよいのでは?」
「勿論その形もあるでしょう。ですが、芸能界と言うあまりに特殊な世界に半端に足を突っ込んだままにしておくのはどうなんでしょう?キョーコはまだ17です。選択肢は無限なのですから。成功するのはほんの一握り。そんな危ない橋を記憶もないのに渡らせるわけにはいきませんわ。」

ローリィが仕方ない、という様子でため息をついた。再デビューという方法もある以上ここに固執すべきではないと判断したのだろう。

「承知しました。今後は記憶が戻るお手伝いをさせていただいて、後は最上君自身に判断してもらいましょう。」
「先生、では転院の時期についてはまた後でご相談を」

担当医は頷いて回診があるからとそそくさと席を立つ。
完全にドアが閉まるのを待ってから冴菜は口を開いた。

「その今後なんですけど」
「はい」
「もうキョーコには関わらないで頂きたいのです」

穏やかな笑みのままに告げられた言葉にギョッとした。
横を見ると担当俳優がその身を強張らせている。

「それはどういう…」
「先程も申し上げましたでしょう?芸能界なんて危ない橋を中途半端に渡らせたくはないと。芸能事務所、ましてや人気俳優や女優が頻繁に会いに来るなんて状況では自然と首を突っ込むことになりますわ」
「ちょっと待ってください」

蓮が冴菜の発言を遮った。

「芸能人として生きて行くことに不安を感じられていることは分かります。しかし皆キョーコさんの友人知人でもあるんです。俺は「キョーコとお付き合いしていらっしゃったのでしょう?事故前から存じてました」」

(事故前から?)

交際は公にしていない。病院での蓮の姿をみれば一目瞭然だっただろうが事故前から知っていたとなると…

「キョーコの事は時々人に頼んで状況を教えてもらっていました」

つまり調査員でも雇っていたという事か

「…そうですか。俺たちは真剣に交際していました。記憶が無いからといって別れるということにはならないはずです」
「でもキョーコは貴方を憶えていないわ。結婚と違って交際は一方から別れを告げられたら終わりなのよ?」
「キョーコが別れたいと言ったわけではありません。せめて向き合う時間をください」

冴菜が笑みを深くした。

「はっきり言わせていただくわ。ごく普通の暮らしをするのに貴方のような人こそ傍にいられたら困るの。あっという間にマスコミに餌食にされてメチャクチャにされるわ」
「それは…「敦賀さん、貴方、キョーコとは身体の関係もおありよね?」…え?」

思ってもいない方向からの話に蓮の動きが止まる。
冴菜はそれに気をとめずに、鞄から茶封筒を取り出すと数枚の写真を机に並べた。

「東京都には条例があるのをご存知?キョーコはまだ17歳よ?」

(都条例…)

“何人も青少年とみだらな性交又は性交類似行為を行ってはならない”  
  ※東京都青少年の健全な育成に関する条例 第18条の6 より


「待ってください!」

社は机に手をついて立ち上がった。

「あれには確か例外規定があったはずです!真摯な交際に関しては…」
「真摯?それをどう証明するおつもり?キョーコは記憶がないのに」

社は勿論キョーコの近くにいた人たちはみんな知っている。
蓮とキョーコが互いを想い、尊重し、2人で歩み続けて行こうとしていたことを
だが、そんな証言はただの事務所側の口裏合わせと一蹴されるだろう。肝心のキョーコの記憶がないのだから。

「今後キョーコには接触しない。そう誓約しそれが遵守されないのであればキョーコの保護者として、敦賀蓮及び事務所を訴えさせていただきます。2人が肉体関係があったという証拠はいくつもありますから」

とん、と冴菜が指で示した写真の中では、手を繋ぎマンションのエントランスから出てきた蓮とキョーコの幸せそうな笑顔があった。


(3に続く)





はい、いつもながら法関係は詳しく存じません。雰囲気で読み流してくださると助かります。
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