2015_06
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(Tue)11:55

12月の鬼-3(記憶喪失の為の習作5)

2015/6/30





■12月の鬼-3(記憶喪失の為の習作5)





「蓮、すまない」

社長室に入るなり頭を下げた社を蓮が振り返った。

「いったい何です?社さん」
「俺が…俺がへんな気を回さなければあんな写真を撮られることはなかった。意識が戻った連絡が来た時にお前を帰国させていたらこんな事態は避けれた。」

マンションのエントランス前での2ショット。事故当日の朝のものだ。
交際をスタートさせてから2人はマンションの出入りには気を遣っていた。キョーコが単独で入るときは簡単な変装をしていたはずだし、2人で車に乗っている時はキョーコは後部座席に座らせていた。あれほど明確なショットを撮られることなどなかったはずなのだ。
2人の距離がまた縮まったと喜んだあの束の間のデートが、2人を引き離す決定打になるなんて。

「社さん、何言ってるんですか?俺はあの2時間の調整に感謝してるって言ったでしょう?あの写真を撮られたのは俺のせいですよ。別にいつもどおり1人ずつ出てどこかで待ち合わせてもよかったんです。でもやらなかったんですから。交際を発表するのをキョーコはもう少しキャリアアップしてからって言ってましたけど、俺は正直ばれて欲しかった。キョーコは俺のものなんだって大きな声で言いたかったんです」

だから少し駄々をこねてみた「せっかくのデートなのだから一緒に出たい」と。キョーコは少し困っていたが最後は頷いてくれた。

「意識が戻ったときだって仕事をほっぽり出して帰国なんてキョーコを哀しませます。それに…きっと決定的な証拠なんてなくとも結果は同じでしたよ。そうですよね。社長?」
「そうだな…」

ソファーに深く身をゆだねて葉巻から昇る紫煙を見つめていたローリィが身を起こして言った。

「探偵を雇っていたのかどうかはしらないが、母上は実によく最上君を見ているよ。訴訟なんてこちらは受けて立てない事をよく分かっている。事務所の面目やら敦賀蓮という商品価値に傷がつくとか…そんなことより最上君を守ろうとするだろうってことをな。」

勿論訴えられたら蓮にとっては大スキャンダルだ。だが、マスコミの目にさらされるのは蓮だけではない。たとえ引退しようがしまいがつい先日までドラマで顔を売っていたキョーコだって未成年ながらも芸能人だ。当然あれやこれやと騒ぎ立てられるだろう。記憶を失い体調とてまだまだ回復していない今、高校生の自分が異性と深い関係にあってしかもそれが人気俳優だと書きたてられる…そんな事態になったときの精神的ダメージはどれほどのものだろう?

「母上…最上弁護士は確信しているんだよ。この勝負は不戦勝だってな。それだけ最上君が周りに愛されて大事にされているのだとわかっているんだ」
「…じゃあ、分かっているはずですよね。蓮の傍に居る時のキョーコちゃんがどれだけ幸せそうな顔をしてたかってことくらい。なのになぜ…」
「確信はないが…親子になりたいのかもな」
「は?今更ですか?記憶がないからって過去は変えれませんよ。捏造したとしてもキョーコちゃんの記憶が戻った時点でアウトだし、戻らなくたっていつか必ずボロが出るじゃないですか。」

そうなったら親子の亀裂は決定的なものになるだろう。なのになぜ。
ローリィは今まで見せたことのない哀しげな顔で微笑んで、執事が差し出したブランデーを受け取った。

「…手を伸ばしたんだってよ」
「は?」
「昨夜院長に聞いたんだよ。最初に最上君が目を覚まして記憶がないって分かった時に、看護師に「あなたのお母さんですよ」って教えられた最上君が「お母さん」って言いながら手を伸ばしたんだってよ」
「…」
「子供なんていないとか、愛せる自信なんてない、なんて言いながら複雑な感情があったんだろうなあ」

その感情がキョーコの生死にかかわる事故で膨らんで膨らんで…キョーコから伸ばされた手が導火線に火をつけたのか?

「蓮、最上君の心の中にはずっと母親への想いがあっただろう?」

窓辺に立ち外を見ている蓮が振り向かずに答える。

「…ありましたよ。キョーコはもう納得したって言ってましたけど、奥深くに抱え込んでました。」
「だろうなあ。一度も愛されたっていう実感がない分、ずっと満たされてない気がしてどこかで求めちまうもんかもな。」

誰でもあるだろう?とローリィは続ける。

「親の事を嫌いとまではならなくても少し鬱陶しいと思ったり、煩わしいと思ったり、ちょっと遠くから見てみたりすることが。別にそれでどうこうならなくても、そういう事は必ずある。子供は親とは違うし、親の一部分でもないからな。」

でもキョーコはスタートラインに立ててさえいないと思っている。だからこそ余計に母の呪縛から逃れられないのではないか?

「歪んだ形ではあるけれど、互いに手を伸ばしたんだ。最上君にとっても母親と向き合う事も必要かもしれない」
「…こんな形でですか?」
「正直、今は手の出しようがないしな。事務所としても、キョーコの記憶が戻ったり、親のしての責任を果たしていないと判断されればすぐに手を打てる準備をしよう。たとえ良好な親子関係が続いたとしても…20歳。それまではおとなしくしておこう。そこから先は最上君の意思次第だ。」
「公訴時効は確か3年ですよ?」
「こちらの話を聞いて、最上君がもう一度この世界に戻ってきたいというなら闘うさ。2年あれば幼少時からの親子関係を立証する証拠はそろうだろうし、蓮のことだって親に反対されてもなお一人の女性を思い続ける美談に仕上げてみせようじゃねえか。」
「2年ですか…」

社は蓮の背中に目をやりながら呟いた。母親に向かい合い呪縛から逃れるための期間として必要だとしても、男女間の2年の別離はとてつもなく大きい。接触できない間にキョーコが誰かと恋に落ちるかもしれない。蓮にだって新しい心の支えが出来るかもしれない。
あんなにあんなに大事にしていた2人の関係がこんな形で終わるなんて。

「蓮はどう思う?」
「…あの人は本気でした。きっと俺が今キョーコに近づいたらどんな手段だってとるでしょう。記憶がないままキョーコがマスコミの餌食なんて…そんなことはさせられません。もし記憶が戻ったら2人で闘おうって言えるんですけどね。」

最後の言葉はひどくか細かった。
蓮は深呼吸をするとこちらを向いた。その瞳には社が初めて蓮と対面をはたした時と同じ…絶望したような暗い暗い翳りと形容し難い強い光が揺らめいている。

「キョーコが成人するまで待ちましょう。でももしあの人がキョーコを不幸にするようなことがあったら…その時は…奪い取りに行きますよ。」


その日から5日後、キョーコは冴菜に付き添われ、ほぼ身一つで都内の病院に転院。
病院を通じて事務所に返された荷物の中には、携帯電話やあの香水瓶が入ったままの紙袋があった。


*
*



それからの蓮の働きぶりは凄まじかった。
丁度海外からのオファーが舞い込んだタイミングでもあった。あちらでの過酷なロケをこなしつつ日本でも時間の許す限り仕事する。1つ1つの精度も上がる一方だ。

「仕事をすることで京子君がいない現状を忘れたいのかもしれないな」

ある日松嶋がぽつりと言った。
そうかもしれない。だが、社は思う。

蓮は全身で叫んでいるのだ。
どうか俺を見て、俺に気付いてと
テレビやスクリーンの向こうに座っているかもしれない少女へと




冴菜に気付かれると不味いので限度があるが、ローリィはキョーコの現状を調べさせて、時折蓮達にも知らせてくれた。

転院してからは記憶はもどらないものの意識もはっきりし、体調も順調に回復して1月半ばに退院。
4月からは予備校に入り、8月の高卒認定試験(旧大検)に合格、そのまま大学受験へと進路を定め、年明けの受験にも合格都内の名門女子大に入学が決まった。
親子関係は良好らしい。


あの12月の別離から1年と3か月が過ぎていた。


大学合格の知らせを受けた社が殊更明るく蓮に声をかける。

「すんなり高認とってこの大学に受かるだなんてキョーコちゃんはやっぱり頭いいんだな。」
「…あ…ええ…そうですね」

(最近いつもこんな感じだな…)

キョーコについての報告を受けるときの連の返事が上の空であることが増えた。
そう思うようになったのはここ2カ月ほどの話だ。前は喰いつく様に話を聞いていたのに。
それだけではない。折々に感じる違和感。
視線を前に向けると、向かいに座るローリィも何か感じているのか葉巻をふかしながらじっと蓮の様子を見ていたが、社に気付くと小さく頷いた。

(とりあえず俺に任せてくれるってことか)

殺人鬼を演じた時はなす術もなく見守るしかなかった。だが、あの時蓮を支えたキョーコはいない。マネージャーである自分が蓮を守らなければ。


(4に続く)




今回でちょっと浮上しますよとお伝えした方がいたのですが、私嘘をつきましたねー。
次回、次回でひとまず一区切り!
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Re: パスワードありがとうございました

>○○こ様
メッセージ届いてよかったです。実は○○tメールとは相性が悪いのか届かないことが多いのですよ。
なんとも縁を感じるお話に嬉しくなってしまいました。
最近はパラレルオンリーになっておりますが読んでやってください!

2015/07/03 (Fri) 00:46 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

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2015/07/02 (Thu) 23:49 | # | | 編集 | 返信

Re: どっぷり

>ゆうぼうず様
書いてる本人が辛気臭さに心くじけそうになっている中有難うございました。励まされました!
キョーコちゃんはたとえ敦賀さんの記憶が無くなっても「とりあえずご飯は食べる!明日も頑張る」って邁進しそうなんですけど、敦賀さんはなんだかもう…脆くていけません。
とりあえず時間では必ず一区切りつけますので、よろしくお付き合いください。

2015/07/01 (Wed) 18:23 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

どっぷり

 蓮の葛藤や愛情、必死さがが伝わってきて惹き込まれてしまいます。どっぷり記憶喪失...の世界にはまり込んで読み終えてハッとして続き気になるぅ!!!と悶え中。
次話待ってます(*>_<*)

2015/07/01 (Wed) 10:33 | ゆうぼうず #- | URL | 編集 | 返信

Re: うううっ(泣)

>ひろりん様
ジメジメしててすいませーん(汗)本当にねえ過去話でいつまで引っ張る気でしょう
次回で一区切りしますから!
そしてパンツ姿!思い出すかも(笑)しかしさすがの敦賀さんもパンツ一丁で会いに行くわけには参りませんしね。コレクションに出ても見てくれないと駄目ですしねー。ダメ元で社さんパンツ仕事増やせばいいのに。

2015/06/30 (Tue) 17:06 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

うううっ(泣)

ちょび様

ああ!いったいどうなってしまうのですか!
プロローグの感じだと、まだ何の変化もなさそうですし・・・ちょび様の書かれるお話しならどこかで一ひねりありそうですし・・・・・蓮様が心配です。
・・・またパンツ姿見て思い出さないかな・・・

2015/06/30 (Tue) 14:27 | ひろりん #- | URL | 編集 | 返信

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