2015_07
07
(Tue)11:55

12月の鬼-4(記憶喪失の為の習作5)

さて、一区切り

2015/7/7






それから10日ほど経った。

「今日は早く終わってよかったな。まだ9時過ぎだぞ」
「まだって思うあたりが時間の感覚が麻痺しているんじゃないですか?」
「そうかもな。あ、俺のマンションまでじゃなくお前んちの駅まで送ってくれるか?」
「いいですけど…最近は早めに終わった日はいつもそうですね」
「あそこの駅前にある総菜屋旨いんだよ。遅くまでやってるしさ」
「そんな店あるんですか?」
「お前電車乗らないからなあ」

そうこうしているうちに車は蓮のマンション近くの交差点で停まり、蓮の視線が一瞬泳いだ。
不動産屋や酒屋、花屋がならぶなんてことない街角だ。

「?どうかしたのか?」
「いえ?」
「…そうか、その次の角で降ろしてくれればいいよ」

信号が青になり車はゆっくりを動き出した。



■12月の鬼-4(記憶喪失の為の習作5)




蓮と別れてから少し歩いて目的地についた社は、往来からの死角に立つと目的の人物を待った。
10分もしないうちに出てきた人物に、己の予想が当たったことを知る。常よりラフな格好、目深にかぶった帽子、でも見間違うはずがない。

「どこに行くつもりだ?蓮」

ビクンッと長身が揺れた。

「社さん…」
「こんな中途半端な時間にどこに行くつもりだ?この近くにお前行きつけの店なんてなかったはずだけど?」
「…」
「部屋に上がらせてもらうぞ」

あの事故以来蓮はことさら部屋に人を上げるのを嫌がるようになっていた。
特にキョーコの部屋となっていたゲストルームにはハウスキーパーさえ入れない。キョーコのいた気配を少しでも残していたいからなのだということを社は知っている。
蓮の後に続いて廊下をいくと、件の部屋のドアが開いていた。キョーコが使っていた時のままで白い布をかけたデスクや、キョ―コの私物をいれたままのクローゼットが持ち主の帰りを待っている。

リビングに入ると目的の場所に目を走らせる。

「やっぱり…酒が無いな」

仕事柄贈り物をもらうことが多い蓮は洋酒好きなこともあって酒だけは家に持ち帰っていた。それは以前からだが、なにせ人気俳優だ。いくら好きと言っても消費する時間がないので前はサイドボードには結構な数の高級な洋酒の瓶が並んでいた。それが全部ない。

「いつからだ?ここ2,3か月か?」
「そうです…。どうして気付きました?仕事には影響が出ないようにしてたつもりなんですけど」
「ここ2,3か月仕事してない時の様子に違和感があったんだよ。マネージャーなめるな。」
「すいません」

社はふーっと息を吐く。

「で、ここの酒を飲みつくして買いに出るようになったんだろ?仕事には影響させたくないから早く終わった日に限って」
「…どうして分かるんです?」
「タイムリミットをあの交差点の酒屋が空いてる時間にしてたんじゃないか?癖づいてるのかしれないが、あそこを通るたびにお前あの酒屋見るんだよ」
「…それを確認するために最近あそこの駅まで送らせたわけですか」

流石ですね。そう呟いて蓮はソファーに腰を下ろして頭を垂れた。

「すいません。ある程度縛りをかけないとと思ってあの酒屋に買いに行くことにしてたんです」

地下のスーパーは24時間営業だが、酒屋は10時には店じまいするし、夜の店番はいつも初老の店主なので顔を憶えられるだろうから無茶な買い物はできない。

「そんな縛りなんてすぐに効かなくなるに決まってるだろ?」
「そうですね…すいません」
「すいませんじゃない。俺が怒っているのは全然腹の内を見せてくれないからだ。お前は仕事頑張ってるよ。俺の前でくらい弱音吐いたっていいだろ?」
「…」
「キョーコちゃんに会えないことが精神的にもう限界なのか?」
「…どちらが現実だか分からなくなって…」
「?」

顔を上げた蓮は自嘲の笑みを浮かべた。

「ある日夢を見たんです。キョーコはあの事故で死んだっていう夢を。そうしているうちに段々段々…本当にそうなんじゃないかって…。社長からのキョーコの報告もキョーコの死を受け入れられない俺の為の気遣いじゃないかって…」
「お、おい…」
「なんだか夢と現実の境がはっきりしないような気がして眠れなくなったんです。…すいません。待つってあんなに偉そうに言ったのに」

社は空になったサイドボードに再び目をやった。
事故前はあんなにキョーコの近くにいて、会えない時は声を聞いていたのに、目覚めるかどうかも分からない容体が続いてただえさえ神経をすり減らしていたのだろう。
おまけに事故後意識を取り戻したキョーコの姿を見たのはチラリとだけだ。ただそれだけで言葉を交わすこともなく、触れることもなくキョーコは蓮の前から姿を消した。
少しでもキョーコに届く演技をとモチベーションに変えていた気力も、少しずつ少しずつ蓮の中から零れ出して行ってしまったのかもしれない。

「…ちょっと待ってろ」

社は手袋をつけるとスマホを手にしてリビングから出て行った。
蓮はその背中を見送ると、背もたれに己の首を預けて目を瞑る。電話の相手はきっと社長だろう。叱責されるのか、カウンセリングでも受けろと言われるのか…どちらにしろこのままではキョーコに誇れる演技者になどなれはしない。

ドアが開く音がして目を開けると、部屋に戻ってきた社が前に立って事務的に告げた。

「明日移動の途中によるとこできたから」
「え?…あ、はい。どこですか?」

思わぬ内容に戸惑いながら聞くと、社が告げたのはオフィッス街に近い都内の大きな公園だ。

「ロケの下見か何かですか?」
「…キョーコちゃんはカフェでバイトをしていて、天気のいい日はワゴンでの販売を任されている。それがその公園の入り口なんだよ。」
「…え?」
「車の中から遠目に見るだけだ。いいな?」
「いや…でも…」
「いいか?キョーコちゃんのお母さんにヘタな事されないために接触しないっていっても、リミットまでにお前が潰れちゃ意味ないんだよ?言ったろ?担当俳優のメンタル管理もマネージャーの仕事だって」
「社さん…」
「分かったら今日は風呂に入って早く寝ろ。明日ボケッとした仕事してたら時間無くなって寄れなくなるぞ?」
「はいっ」

勢いよく立ち上がった蓮の姿に社は胸をなでおろす。
その一方で遠目に見るだけ…そんなことに喜ぶ姿に胸が少し痛んだ。

*
*

「あれ、ですね」
「ん?そうだ。あれだな」

車を路肩に止めて、左手の少し離れたところにあるワゴンの様子を窺う。

(こういう時左ハンドルでよかったな)

蓮の方が路肩に近く観察しやすい。
社の位置からは見えにくいので、少し無理な姿勢だが後部座席の方に頭だけ突き出してキョーコの様子を窺った。

19歳になったキョーコは事故後は染めていないのだろう。黒髪を後ろに一つに束ねている。少し薄化粧もしているのか清楚な女子大生といった感じがピッタリだ。
中年のサラリーマンの注文に応えてコーヒーを淹れながら言葉を交わしている。常連なのだろう。屈託ない笑顔は以前と変わらない。

「とりあえず元気そうでよかった。なあ?蓮?」

外していたシートベルトを再びはめながらそう蓮に話しかけるが返事はない。
どれだけ夢中で見ているんだと苦笑しながら覗き込んで言葉を失った。

公園の入り口ギリギリに店を開いているワゴンの中にいることもあって、こちらから見えるキョーコは人差し指程度の大きさだ。

そのキョーコを蓮の指がガラス越しにゆっくりと撫でている。

無意識なのだろうが
ゆっくりと、ゆっくりと…
ありったけの思慕を籠めて


(全く…)

社は車の天井を仰いだ。
1億総カメラマンの時代だ。おまけに敵は娘に探偵までつけていた敏腕弁護士。期限まではなるべく刺激しないようにしなければならないのは重々分かっている。
だが、我ながら甘いのだ。この器用なようで不器用で、演技にも恋にも一途なこの担当俳優に。
ここまで己の身を削って仕事をしながら、愛しい人を待ち続けている男にご褒美をあげたくなるのだ。

「蓮」
「…あ、はい」
「コーヒーが飲みたい。買ってきてくれないか。」
「え?」

戸惑った様子の連にかまうことなく財布から千円札を出すとその手に握らせる。

「ブラックな。サイズは…小さいやつでいいや」
「いや…」
「どこにファンの目があるかもしれないからちゃんと客足が途切れた時にしろよ?」
「社さん…」

蓮が手の中にある千円札と社の顔を見比べて…嬉しそうにうなずいた。

「有難うございます!」
「仮にも人気俳優がパシリやらされて礼言ってんじゃないよ。ほら、今誰もいないぞ。行って来い」
「はい!」

いそいそとドアを開け車から出ようとする背中に声をかけた。

「蓮」
「はい?」
「俺言ってなかったけど、すっごい猫舌なんだ。コーヒーぬるーいやつがいいから」
「…ありがとうございます」

小さく頭を下げた蓮が再び背を向けてワゴンに向かって歩いていく。
触れることも名乗ることも許されていない。ただ1人の客として。

(さて…時間的余裕は20分。今の間に淵藤ディレクターとの電話打合せすましとくか)


20分後、蓮から手渡されたコーヒーは全くの常温だった。


(5に続く)




はいヤッシーターン終わり。ようやくプロローグに時間が追いつきました。
次は敦賀さんが、松さんか…。
そろそろ皆様ゲンナリしてそうですし、私もちょっとカビが生えそうなので、別の話に逃げましょうかね。
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Re: (´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

>ゆうぼうず様
続きを待ってくださる人がいると勇気づけられます(だって辛気臭いから笑)
ガラス越しのシーンが今回一番書きたかったんです。有難うございます。
でもなんだか上手くかけなくてまだ納得してないんですよ。後でまたコッソリ訂正してるかもです(^_^;)

2015/07/07 (Tue) 18:10 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

ガラス越しに撫でるシーン、、、泣けました(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
切ないのもイイんです。
続き楽しみです。

2015/07/07 (Tue) 12:09 | ゆうぼうず #- | URL | 編集 | 返信

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