2015_07
28
(Tue)11:55

12月の鬼-5(記憶喪失の為の習作5)

海岸に逃避行していましたが、お約束通り戻ってきました!
せっかくプロローグまで戻ったのに一旦前に戻ります。
いつになったら進むのか―。

2015/7/28




ショータローが病室を訪れたのは事故から3日経ってからだ。
全国ツアーがファイナルを迎える寸前で、スタッフやファンの為に本番は勿論リハーサルだって手を抜くわけにはいかない。取材等の仕事だってある。ツアーが終われば新曲のレコーディングで海外だ。スケジュールはギチギチの中なんとか絞り出した時間で飛行機に飛び乗った。

「ショー、帰りの飛行機のことを考えると病室にいれるのは30分が限度よ?」
「わかってるよ。ショーコさん。」

せわしないノックの後、開けた扉の向こうにはゴージャスター様とそのマネージャーがいた。

眼鏡のマネージャーはショーや祥子に挨拶をするが、蓮は入室したのも気付かない様子でベットに横たわるキョーコの手を握っていた。
つい昨日みた芸能ニュースの制作発表では、コメディに初挑戦するのだとヘラヘラ笑っていたスターの面影はどこにもない。己の魂を削ってでも生還を祈り、キョーコを失うことに怯える男の背中が見えるだけだ。

「…おい」

ようやく蓮が虚ろな目をこちらに向けた。

「なんてシケた面してんだよ。心配する必要なんてねえよ。そこに寝てんのは日本一のダミホー女だ。阿呆は身体が丈夫って昔っから決まってんだよ。」
「…」
「起きたらそいつに言っとけよ。お前がぐーすか寝てる間に俺はさらにステップアップしてるってな」

じゃあな、そう言って踵をかえした。


「ちょ、ショー?いいの?キョーコちゃんの顔も見ないで」
「いいんだよ。俺の声で目覚めちまったらゴージャスター様の立つ瀬がねえだろ?」

ちらりと見えた白く細い手をみて改めて思う。
自分にはあの手を握る資格はないのだ。小さい頃からあんなに傍に居たのにキョーコの痛みを見てみぬふりをした自分には。その心の弱みにつけこんで利用するだけ利用した自分には。
だからこんな形でしか祈れない。
キョーコが誰よりも愛しているあの男を鼓舞するくらいでしか。




12月の鬼-5(記憶喪失の為の習作5)



半月後、普段必要最低限の連絡しかしてこない母親が取り乱した様子でロンドンでレコーディング中のショータローに電話をかけてきた。
名門旅館の女将としていつも毅然としている母の声には涙が混ざり、内容も要領を得ない。

「だから冴菜さんがなんだって?」
『キョーコちゃんを…キョーコちゃんを…』
「キョーコの意識が戻ったんだろ?そんで冴菜さんが退院後は引き取るんだろ?別におかしくねえじゃないか。母親なんだから」

今までの親子関係を考えると喜ばしいほどだ。

『違う!キョーコちゃんは今までの記憶が無いんや!』
「はっ?」
『冴菜はん…あのヒト、今までのこと全部隠してキョーコちゃんと親子をやるつもりや』
「全部隠してって…無理だろ?そんなの。大体キョーコの事務所の奴らやあの男がそんなのほっとくわけねえし」
『一切接触するなってゆうたんやって。そやないと…キョーコちゃんとお付き合いしていたあの俳優さんを…まだ17やのに深い関係持ったって…条例違反で訴えるって…』

ぎりりと電話口で奥歯を噛みしめた。
条例違反で訴える?そんなことになったらマスコミでどんなに突かれ餌食にされるか…。敦賀蓮だって痛手を被るがキョーコだってそれは同じ…いや、売出し中の女優ということでキョーコの方が傷は深いだろう。売名行為と思われて一方的に悪者にされることだってある。おまけに記憶はないのだ。
女将が電話でどんなに説得して冴菜はも全く耳を貸さないのだという。年末年始で忙しい時期で旅館を空ける訳にはいかない。帰国したら一度様子を見に行ってもらえないだろうか、そう女将はショータローに切々と訴えた。

帰国後すぐに冴菜の事務所に電話をかけた。
携帯にかけなかったのは世間体を大事にする冴菜なら、事務所経由の電話の方が応対する可能性は高いと読んだからだ。

*
*

まだ正月休みが終わっていない事務所は同僚だという男の弁護士が1人いるだけだった。

「お久しぶりね。松太郎君。何の御用かしら?」

応接室に入ると、用件など分かり切っているくせにそう白々しく聞いてくる。

「キョーコの事ですよ。分かってるでしょ?」
「身体のほうはもうすっかりよくてね。ただ精神的に安定してなくて、今はうちで静養中よ。」
「…その静養はいつまで続くんですか?」

にこり、と営業用の笑みを冴菜が見せる。
その笑みにカッとした。

「どうしてだよ!どうしてこんな…キョーコの今までを否定するようなことするんだよ!?」

余裕のある営業用の笑みは消えない。

「あら?貴方には分かると思ったんだけど」
「分かる?何をだよ!?」
「…あの子、“お母さん”って私に手を伸ばしたの」
「それが…」
「その手を払える?私にはそんな風に縋ってもらう資格はありませんって言える?キョーコが何もかも忘れて、貴方のしたことも忘れて、大好きな幼馴染よって教えられて“ショーちゃん”って手を伸ばしてきたら…貴方、その手の誘惑から逃れられる?」

今まで何度となく考えた。
どうしてあの頃大事にしなかったのかと、ありったけの思慕をこめた笑顔で“ショーちゃん”と呼んでくれた手をどうして取らなかったのかと
今、キョーコが何もかも忘れて…ショータローが財布付きの家政婦として扱ったことも、ゴミの様に捨てたことも、何よりあの男の事も…何もかも忘れて、再びショータローの名を読んだなら?

そう考えたら言葉に詰まった。
それが答えのようなものだった。

「ほら…だから貴方は私に似てるのよ」

営業スマイルのまま、冴菜は立ち上がり、ショータローをドアに促した。
ちっとも笑っていない目が雄弁に物語っている。同じ穴のムジナにどうこう言われる筋合いはないと。

*
*

あれから1年以上、女将は辛抱強く説得を続けているようだが成果は出ていないらしい。
記憶を失ったままのキョーコは女子大生になり母娘は仲良く暮らしているようだ。
己が暮らしているのが嘘で塗り固められた砂の城とも気づかずに。

6月の初旬、久しぶりの半日オフに愛車を走らせた。
19歳になる寸前に免許を取ったが、事故を心配する事務所の方針もあって1人ではなかなか運転させてもらえない。
だが、今日は祥子を説得して1人ハンドルを握っている。

(ここか…)

停車したのは都内の公園の入り口前、女将からキョーコがここでバイトをしているようだから見て来いと言われたのだ。

コーヒーショップのワゴンの中でちょこまかと動き回る姿は一緒に暮らしていたあの頃によく似ているが、過ぎた時間の分大人びて綺麗になった。


この1年、ずっと考えていた。
あの白い手が自分に伸ばされたらと…
でも…

「…やっぱり似てねえよ。冴菜さん」

1人きりの空間に零れた言葉。

「俺は…知っちまってるからな…」

そう。ショータローは知っている。

あの世界にいたキョーコがどんなに輝いていたかを、演じることを心から楽しんでいたことを。
あの男の傍にいるキョーコがどんなに幸せそうに笑っていたかを。

そんなキョーコを自分が愛していたことを。

だから…どんなに欲しくともあの手はとれない。


ワゴンの中のキョーコが客に話しかけられたのか、花が綻ぶように笑った
それを見たショータローは苦い笑いを滲ませる。

「ほんとダミホーだな。なーんにも知らねえと呑気に笑いやがってよ」

そうつぶやいて、キョーコの視線の先を見て…
腹が捩れるほど笑った。
あの事故からこんなに笑ったのは初めてだ

視線の先はワゴンのカウンターに寄りかかる男性客。そうとは分からぬように少し背中を丸めているが、腹の底から嫌いなあの男の背中をショータローが見間違えるはずがない。

笑いすぎて息も絶え絶えで眼には涙がにじむ。

「もう遅えよ。冴菜さん…。」

キョーコを自分のモノにしようなどもう手遅れだ。

「あの男は鬼畜だぜ?一度喰いついた獲物を逃しやいねえよ」


どんなに逃げようと、隠れようと、必ず追ってくる。諦めるなど絶対にしない。
あの鬼はもうキョーコ以外の獲物を喰いはしないのだから。

喰えないのだから。



(6に続く)





昔むかし…人喰いヒグマの本を読んだ時に「若い女性を食べたヒグマは、ほかは襲っても絶対に食べない」って書いてあったような気がするのですが、あれって本当なんでしょうかね?
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