2015_08
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(Tue)11:55

12月の鬼-7(記憶喪失のための習作5)

気が付けばお盆も間近ですね。中には休みに入っておられる方もいらっしゃるんでしょう。
私もこの時期は普段は合わない親戚に会ったりで、「誰だったっけ?」の連続です。チキンハートにチキンヘッドなんです。更新の方はまあ…出来るだけということで。

暑いですが、どうかよい休暇をお過ごしになりますように。

2015/8/11





「今度天気のいい日に外でお弁当食べたいですね」
「ん?」

お腹も心も満たされながら、でももうすぐこの優しい時間が終わることへの一抹の寂しさを感じながら歩く帰路。
ぽつりとつぶやいたキョーコを見ると、横手にある公園を見つめている。
今はまだ日中は割と暖かいがこれから寒くなる一方だ。外でお弁当となると少し厳しいかもねと答えようとして、己のスケジュールだと次にオフが重なるころには暖かくなっているのではと苦笑する。

「ごめん」
「何がですか?」
「なかなか2人でゆっくり過ごす時間が取れなくて」
「そうですか?社さんのお陰で割と会えてると思ってますけど」
「でも会えると言っても仕事の隙間時間とか夜ばっかりで」
「働かざるもの喰うべからずですよ。それだけ敦賀蓮は世の中に求められてるってことです」

屈託なく笑うキョーコの顔には何の陰りもない。

「それに外でお弁当って言っても別にピクニックに行かなくたっていいんです。事務所の屋上でも。車の中でも。マンションのベランダだって。いつもと違うところで食べたらきっとおいしいですよ」
「キョーコの料理はいつだって美味しいよ」

少し照れたキョーコがありがとうございます。と笑う。

「お弁当いつもは和食が多いですから、そういう時はサンドイッチにしましょうか?さっき敦賀さんにしては結構パン食べてましたよね」
「ちょっと食べすぎたかも。あの小さいサイズのパンって曲者だよね。」
「それでも男の人にしたら少ない方ですよ。あっちがパン食文化だから馴染みがあるんですかね?」
「どうだろ?父さんは和食好きだったからなあ。」
「お母さんは?」
「お腹いっぱいの時に母さんの料理思い出させるのはやめてくれ…」

げんなりとした蓮を見てクスクスと言う笑い声。

「サンドイッチなら具は何がいいですか?」
「今までキョーコが作ってくれた中で?それなら…ほら、オイル塗ったパンに生ハムとベビーリーフ挟んだやつ。あれオリーブオイル?」
「ひまわり油のスパイスオイルですよ」
「ひまわり油ね。それと…フランスパンにアボガドとツナ挟んだやつも美味しかったな」
「了解しました!」

空いた手でピシリとなされた敬礼をみて、蓮も笑う。


会えない時間を埋めるためにキョーコとの思い出を辿る時、もっと愛情を伝えておけばよかった。抱きしめたらよかったと後悔する。

ブランチのパンを食べ過ぎたのは、キョーコと一緒だと何倍も食事が美味しいからだ。
お洒落なカフェなどではなくても、コンビニのおにぎりだってキョーコとならご馳走だった。
現場からの移動の折りに姿を見かけただけでなんだか元気になれた。
キョーコが傍にいる、それだけで未来は輝いて見えた。


あの幸せな優しい時間の記憶を失っても、それはキョーコの中の何処かにあるのだろうか?




■12月の鬼-7(記憶喪失のための習作5)




「蓮、この間企画書見せたCMの内容変わったから」

キョーコが“敦賀蓮”を認識したあの日から4日ほどの車の中で、社が話のついでに言った。

「CM…ってあの黒崎監督の?」
「そ、野菜ジュース」
「事務所と社さんが納得したのなら構いませんけど、撮影来週ですよね?何かあったんですか?」
「納得もなにも俺が変更をお願いしたんだ。」
「は?」
「信号変わったぞ」
「あ…はい。」

とりあえず車を走らせて交通量が減ったところで声をかけた。

「社さんから変更を申し出るなんて…どうしてですか?」
「ん?ああ、CMのことか。少し攻めに出てみようと思ってさ」
「攻め?なんにですか?」
「キョーコちゃん」

その途端、車は大きく蛇行して後ろから盛大にクラクションの洗礼を受けた。

「あっぶないなあ。人気俳優が事故なんてやめてくれよ」
「社さんが変な事言うからじゃないですか!キョーコの事で攻めに出るなんて…」

そもそもバイト先に姿を現していること自体がリスキーなのだ。それなのにキョーコに会うことを止められない蓮が言うのもなんだが攻めに転じるなど…もし悪い方向に転がりでもしたら…

次の仕事の前に渡す資料があるのだと、黒崎の事務所が入っているビルに車は向かう。

「ちゃんと社長とも相談済みだよ。家にテレビも置かないなんて、あちらさんは記憶を封じ込めるのに必死だってことだ。でも、大学やらバイトやらでキョーコちゃんの世界が広がった今、お前の姿を全く見ないなんて正直不可能だね。自分のバイト先に来る客と分かって関心持ったら尚更だ。」
「…まさかCMに何か細工を」
「そ、お前たち2人だけの思い出をねじ込んでみたらどうかなって」
「そんな…仕事に私情を挟むなんて」
「若い男性向けって言うCMのコンセプトは変わらないよ。黒崎監督はキョーコちゃんを可愛がってくれてお前たちの交際も引退の経緯も知っている。「面白そうだから是非やらせろ。前の企画よりいいものに仕上げてやるよ」って悪い笑い浮かべてた」
「ですが…」
「お前、キョーコちゃんの事となると本当に弱気だな?社長の判断ではもし万が一キョーコちゃんへの働きかけがばれたところで訴訟とかそういう形は躊躇するんじゃないかって」

親子関係は良好…つまり冴菜はキョーコに対して明確に愛情を持って接しているということだ。この1年半の生活でさらにそれは増しているはずで、そのキョーコを傷つける結果となり己の嘘が全部ばれる訴訟には二の足を踏む筈だと言うのがローリィと社の読みだった。

「…」
「大丈夫。そのことを知ってる…たとえば琴南さんが見たって「あれ?」って思う程度の作りにすることになってるから。」

そうこうしているうちに黒崎の事務所が入っているビルの前についた。

「じゃ、資料見せてくるから、ちょっと待っててくれるか?」
「あ…はい。」
「じゃ、資料貸して」
「へ?俺、資料なんてあずかっていませんけど?」
「うん。資料はお前のスマホの中にある。」
「俺のスマホ?」
「そう。大丈夫。流用したりしないから。ほら、早く転送してくれ」

さあ早く、といつの間にか手袋をした手が伸ばされた。


*
*


「いただきます」

~ 正直、夏バテで食べたくないけれど…朝ご飯は一日の基本だって君はいつも言っている ~

単身赴任なのか一人暮らしの男の部屋。これから出勤らしい男がパンとコーヒーの並んだ食卓に向かっている。その前に置かれたスマホはどうやら自分の食事風景の動画を撮影しているようだ。

「おはよう…朝ご飯はちゃんと食べました。証拠動画です…っと」

メールを送信した男は出かける準備にバタバタと取り掛かる。
ドアを施錠したタイミングでメールの着信を知らせるバイブ音。

“おはよう。今日も暑いみたいなので熱中症に気を付けて。 野菜もちゃんと食べてね”

メールを見て、肩をすくめ、でも優しく甘く笑う男


~ 愛する人の為に元気でいたいから… ~

コンビニの陳列棚から野菜ジュースを抜き取る男


~ いつもにプラス カインドー ベジタルプラス ~ 


*
*

「このCMの蓮、可愛いよね」
「私も好き。なんかモソモソとパンを食べる姿が超可愛い」
「今朝飲んだよ。ベジタルプラス。あんまり甘すぎなくて身体によさそうな味だった。あれなら続けていいかも」
「ええ?もう?チェック早すぎでしょ」
「だって~コンビニ入ったらポスターの蓮が私を呼ぶんだもーん」
「何それー?」

演劇部の部室に置かれた小さなテレビの前で笑う先輩達の後ろで、副部長と話をしていたキョーコはジッと画面を見つめていた。



(8に続く)





本当は野菜ジュースの名前、タルを抜いた商品名で行きたかったんですよ。でも検索かけたら同じ名前の会社や美容系のドリンクで同じ名前があったので変えました。
残念。
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