2015_08
18
(Tue)11:55

12月の鬼-8(記憶喪失の為の習作5)

さて、またここで一段落ですかね?
来週はリクエスト系で一息つきたいと思います。


2015/8/18






■12月の鬼-8(記憶喪失の為の習作5)





まもなく8月、夏本番であることを蝉が高らかに歌い上げる。

蓮は見る見る内に汗をかくアイスコーヒーを手に、大学が夏休みに入ったことや演劇部で何の稽古をしているか、そんな事をキョーコから聞き出していた。
なんでも部の部長と副部長が蓮の演技をベタ褒めらしく、キョーコも出演作を是非見るべきだと勧められたのだという。

「そんな風に言われるとなんだか恥かしいね。」
「そんなことないですよ。これは必見だっていうコメディを部室のDVDで見ましたけど、本当にもう…間の取り方とか最高でした。お腹抱えて笑っちゃいましたよ。最後はホロリとさせられましたし」
「…そう言ってもらえると本当に嬉しいよ」

キョーコが見たドラマは1年半前…つまりキョーコが事故に遭い蓮の前から姿を消した時期に撮影したものだ。
精神的にボロボロだったあの時、キョーコにどんなに辛いことがあっても…とかつて教えた自分が挫けてどうすると何度己を叱咤したことだろう。初めてのコメディ作品が評価される声を聞くたびに、どうかキョーコの耳にも届くようにと願ったものだ。

「もうすぐスペシャルで続編やるんだ。リアルタイムじゃなくていいからよかったらそれも見て欲しいな」
「本当ですか?楽しみです」

蓮はワゴンの壁の掛け時計を確認した。今日は少しスケジュールに余裕があるが、後30分もすればお昼時、客が増える時間だ。そうなると蓮はここにはいられない。
あのCMを見たのか確認したいがどうやって切り出すべきか迷っていると、持ち帰り用のカップを用意しながらキョーコがふと思いついたように言った。

「そうだ、ベジタルプラスのCM見ましたよ。」
「あ……うん。見てくれたんだ」
「部のみんなに好評でしたよ。早速ベジタルプラス買ってる人もいましたし」
「有り難い話だね」

くすくすと笑って見せながら蓮はひどく緊張していた。なにせ記憶を喪ってからのキョーコに対する働きかけはここに客として訪れたただそれだけ。積極的にこちらからサインを出すなど初めてなのだ。

かつてグアムでの別れ際に蓮の食事を心配するキョーコに動画を撮ったことをきっかけに、東京を離れるたびに動画を撮った。想い人に会う口実が欲しかったからに他ならないが、2人の関係が恋人と名を変えてからもそれは続いていたのだ。
時に頬を染めながら、時に栄養バランスが悪いとぷんぷん怒りながら見たあの時間は、キョーコの何処かにまだあるのだろうか?

さりげなく、でも注意深く様子を見守る。
キョーコは少し視線を彷徨わせた後切り出した。

「あの…あのCM見てて思ったんですけど…」
「うん…何かな?」
「敦賀さんって…」
「うん」

躊躇いがちな言い出し方に緊張が更に高まった。アイスコーヒーのカップよりもそれを握る手の方が汗をかいている気がする。
キョーコは視線を一度足元に落とした後顔を上げた。

「ここにお見えになるときお昼どうしてるんですか?」
「……へ?」
「いや…よくお昼の前後にお見えになるけど、お昼を食べてるのかなって。いつも移動の合間って感じじゃないですか。あのCMの食欲なさそうな様子見てたら、もしかしたら食べてないんじゃないかと…」
「いや…その…」

日中しかやっていないこのワゴンに来店するための時間を捻出するためには昼食時間を削るのが一番簡単だ。キョーコが店に立っていなかったり混んでいて無理な時はそれなりの食事をとるが、ワゴンでコーヒーを飲める日は車内で簡単に食べれるもので済ませていた。

「もしかして本当に食べてないんですか?」
「…その…割と中途半端な時間になるから…」
「…食べていないですね。もしかしてこのコーヒーが食事の代わりとか?」
「いや…そんなことは…他にちゃんと…」
「ちゃんと?」
「…ワイダーinゼリーとか…」
「…」

キョーコはダメ息をつ居た後、しゃがんで何やらゴソゴソしている。
再び立ち上がったキョーコの手には小さな手提げ袋。

「老婆心から来る差し入れです!いきつけのコーヒーショップの店員のよしみで受け取ってください」
「老婆心って…いや、これ、最上さんのお昼じゃ」
「今日はバイト終わったら部の練習で大学行くんです。学食開いてますから大丈夫です。あ、変な物は入っていませんから」
「そんな事疑ったりしないけど」
「保冷バックも100均のものですし、食べれなかったら捨ててくださってかまいません」
「いや…ちゃんと食べるけど」
「じゃあ、受け取ってください。CMでも言ってたじゃないですか食事は基本だって。おろそかにしちゃいけません。」

はいっとグイグイと差し出された保冷バックを思わず受け取ると、測ったようなタイミングでスマホが震える。キョーコは素早く持ち帰り用のアイスコーヒーに氷を入れた。

「これじゃなくてもちゃんとお昼食べてください!いいですね」
「う…うん」

*
*

「…いい加減笑うのやめてもらえませんか?社さん」

予定より随分早く着いた次の仕事の控室で、蓮はぶすりとした顔を隠さないまま告げた。

「え?ごめん。顔に出てた?」
「顏どころか声まで出てましたよ」
「だってさあ。あのCMの食事動画撮影風景みて「あれ?こういうのどこかで…」とか思うんじゃなくて、お前の飯の心配に繋がるんだぞ?お前の食に関する不信感はもはやキョーコちゃんのDNAに組み込まれているね」
「あんまりおもしろがらないで下さいよ」
「馬鹿だなあ。面白がってるんじゃないよ。安心したんだよ」
「安心?」
「そう。だってDNAに組み込まれているんだぞ」

そう言う社の顔には先程までのぐふふ笑いは消えている。

「記憶無くす前、キョーコちゃん時々言ってたよな。“最上キョーコを創るんだ”って。演じる楽しさを憶えて、色んな人と関わって…創り上げていっていた最上キョーコの傍にお前はいつもいたじゃないか」

恋人という関係になってからは勿論、その前だって事務所の先輩として、演技者としての目標として、連は何かとキョーコに関わってきた。実際には傍に居る時間は少なかったとしてもキョーコの心の中には存在していた。

「記憶がなかったとして、例え思い出すことがなかったとして、それでもその創りだした最上キョーコの上に今のキョーコちゃんがいることは間違いないよ」

流石敏腕マネージャーだ。と蓮は思う。
キョーコの中から自分との時間が欠片でも残っていないのかと不安に思う背中を叩いてくれる。

記憶という形では無くなろうとも、蓮との時間はキョーコを構成する一部に必ずあるのだと。


「さて、じゃ、時間はあることだし俺は局の食堂ででも飯喰って来るよ」
「え?テレジャパ出てすぐにコンビニでオニギリ買いましたよね」
「たまには出来立ての温かい飯が食べたいんだよ。お握りは夜食にするから大丈夫。お前と行くと色々囲まれちゃいから、1人寂しくここで昼飯喰ってなさい」

はいお水、そう言ってペットボトルを差し出すと社は部屋を出て行った。

「…妙な気を使うんだから」

独り言ちながらノロノロと保冷バックを空ける。保冷剤と一緒に入っていたのはアルミホイルとラップにくるまれたサンドイッチ。
久しぶりのキョーコの手料理に妙に緊張して恐る恐る口に運ぶそれは…


 ― サンドイッチなら具は何がいいですか?―
 ― それなら…ほら、オイル塗ったパンに生ハムとベビーリーフ挟んだやつ ―


ゆっくりと、ゆっくりと咀嚼しながら理解する。
自分がこの1年半食事をしていたのではなく、栄養を摂取していただけなのだと。

食事とは、口の中でばらけ、喉を通って胃や腸で吸収されるだけではなく、少しずつでも確実に蓮の身体と心に温もりと力を与えてくれるのだと。

女の子の昼食にふさわしく大した量ではないそれを大事に大事に食べ進めながら、鏡を見て苦笑した。

(やっぱり社さんは敏腕だよ)

涙ぐみながら食事をする敦賀蓮なんてたとえマネージャーにだって見せられない。
当たり前のように席を外したマネージャーに感謝した。

*
*


「あれー?キョーコちゃん。今日は冷麺?」

学食で声をかけてきた部の先輩にキョーコは箸をとめた。

「ブームは終わりました」
「終わったんだ。ここんとこいつもサンドイッチだったもんね。」
「外のワゴンで売り子とかしてると暑くてサンドイッチなら食べれたんですよね」
「あるよねー。そういうの。で、次は冷麺ブームがくるの?」
「どうでしょう?」

キョーコは少し照れ臭そうに笑った。


(9に続く)






○イダーって人の名前なんですね。知らなかった。




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