12月の鬼-9(記憶喪失のための習作5)
2015, 09. 15 (Tue) 11:55
短いですし、推敲できていませんがとりあえず!
2015/9/15
「キョーコちゃん、お待たせ。交代するよ」
「マスターありがとうございます!」
笑顔で答えながらもキョーコの心はドドメ色だ
■12月の鬼-9(記憶喪失のための習作5)
(今日も来なかったな。敦賀さん…)
そう、サンドイッチを強引に押し付けてから2週間、蓮は一度も来店していないのだ。
勿論売れっ子俳優が顔を見せるのは週に一度あれば多い方だ。10日やそこら開くことなんて今までだってあった。それなのに気になって仕方ないのは…
(やっぱり…ただのコーヒーショップの店員から差し入れなんて気持ち悪いわよね。)
しかも既製品ならともかく、手製のサンドイッチなんて何を仕込まれているか分かったものではない。身体が資本の商売なのだからキョーコが蓮の立場だったら絶対に口にしないだろう。あの時は蓮の食事事情が気になって気になって周りが見えなくなっていたが、後で冷静になって見ればみるほど自分がどんなにイタいことをしたかに気付き焦った。言い訳しようにも連絡先さえしらない只の店員と客の間柄だ。つまりそんな関係なのに手作りサンドイッチを渡した訳で…と後悔の無限ループが止まらない
(もう来てくれないのかな…)
蓮が来店している時間を、人気俳優と知る前からキョーコは気に入っていた。客足が途絶えている時間帯と言うこともあるのだろうが、ポツポツと交わす話の内容はその日の天気とか他愛もない事ばかりなのにあの少し低い優しい声を聞くとなんだかリラックスできる。そして演技を生業としていてキョーコが演劇の世界に足を突っ込んでいることを明かした後は、部活の話やら映画の話で話が弾むようになり時間があっという間に過ぎるようになった。
そんな貴重な時間を馬鹿な出来心でふいにしてしまったのだ。後悔してもしきれない。
(だけど…あのCMみたらほっとけなかったと言うか…我慢出来なかったと言うか…)
食卓のスマホに向かいモソモソとパンをかじる姿をみたら、いつもこんな風に一人で食事をしているのかとなんだか胸が締め付けられて…たまらなくなったのだ。
(CMなのにね。)
そう、あれは演技なのだ。本当にあんな食事をしているわけではないだろう。似合いの素敵な恋人がいて彼女の作る栄養満点の朝食を仲良く食べているのかもしれない。
お昼のことだって、プライベートを明かしたくないから食べていないようなことを言っただけで、本当は彼女お手製のお弁当があるのかもしれない。存在を忘れられたキョーコのサンドイッチが車の中でカピカピになった姿を想像して、ぎゅっと唇を噛みしめる。
(…自分の馬鹿さ加減に泣きたくなるわね…。)
妄想と後悔のループはそれから5日ほども続いた。
妄想がほぼ確信に変わり、蓮が表紙を飾る雑誌やポスターを見るたびに胸が痛い。
(あーあ。私の胸の内と同じ空の色ね)
朝イチから入ったバイトのワゴンの中で、重い色をした空を見てまた盛大なため息をつく。
もし雨が降りだしたらワゴンでの販売は今日は打ちきり、皆空模様を気にしてか足早に歩いて目的地に向かっているので客足もまばらだ。これは観念していつでも店じまいできるように準備をしておこうと通りに背を向けた。
「あ、もう閉めちゃった?」
かかった声に心臓が跳ねる。
「いらっしゃいませ。敦賀さん。ちょっと片付けしてただけです。大丈夫ですよ」
「そう、よかった。じゃあ本日のおすすめをアイスで2つ。」
「1つは持ち帰りでいいですか?」
「うん。お願いするよ」
はね続ける心臓を悟られないように平静を装ってコーヒーを用意しながら、次の言葉を必死に探す。この間のサンドイッチの件を謝るべきか、スルーすべきか…
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「はい。敦賀さんは…」
「元気にしてたよ。映画の撮影で10日間ほどスイスに行ってたんだ」
「スイスですか。素敵ですね」
話を合わせながらホッとする。10日もスイスに行っていたのならその前後は相当忙しかったに違いない。あのサンドイッチが原因で店に来なかったわけではないのだ。
「バタバタしててなかなか来れなくて…お礼がすっかり遅くなってしまった」
「お礼…?」
「うん。サンドイッチ本当に美味しかった。ありがとう」
礼を言いながらこちらに向ける優しく甘い顔に、手にしていたカップを落としそうになった。
「いえ!よく考えたら私のお昼を敦賀さんに押し付けるなんてなんて失礼な…」
「いや…本当に嬉しかったよ。あんなに美味しいサンドイッチを食べたのは久しぶりだった。ありがとう」
この神々しいまでの笑顔は、実際に目にするのとテレビの液晶を通じてみるのとは破壊力が全く違う。ワタワタしているキョーコの前に見覚えのある小ぶりなバックが差し出された。
「お礼…と言ってはなんだけどお土産」
「ええ?いや…そんなの受け取れません。」
「中身はただのチョコだよ。この時期だと溶けちゃうかなと思って最上さんの保冷バックと保冷剤使わせてもらった」
「…それはかまいませんけど」
思わず受け取ってしまったバックを手に困惑する。
「開けてみて?」
「あ…はい」
中は本当にチョコレートだった。丸くてキャンディーのように個別包装されたチョコは輸入食材店で目にしたことがある。だが…
「このチョコが入っている巾着。すっごく可愛いです!」
「その巾着はホテルのオリジナルらしいよ。オーナー夫人が趣味で作ってるんだって」
「趣味なんてレベルじゃない出来ですね」
生地と言い、配色の具合と言い、繊細な刺繍と言いキョーコ好みの品に口元が緩む。
「変に気を使わせちゃったみたいで申し訳ないんですけど…嬉しいです。有難うございます」
「こちらこそ美味しいサンドイッチをありがとう。もっと早く来れればよかったんだけど中々上手くいかなくてね」
もしかして、お土産を持ち歩いてくれたのだろうか?ますます口元が緩みそうになって誤魔化すのに苦労する羽目になった。
その日のバイト終わりに、チョコを1つ食べてみた。
とろん、と滑らかに口の中でとろけだしたチョコは甘く優しい味がして、立ちっぱなしのバイトで溜まった疲れが吹っ飛んだ。
マスターのいれたブラックのコーヒーとも相性抜群だ。
もう1つ食べたい欲望を封じ込めてそっと巾着の紐を閉める。
(カロリーダイナマイトだもん。1回1個にしないと…)
気をつけないと
虜になってしまう
(10に続く)
2015/9/15
「キョーコちゃん、お待たせ。交代するよ」
「マスターありがとうございます!」
笑顔で答えながらもキョーコの心はドドメ色だ
■12月の鬼-9(記憶喪失のための習作5)
(今日も来なかったな。敦賀さん…)
そう、サンドイッチを強引に押し付けてから2週間、蓮は一度も来店していないのだ。
勿論売れっ子俳優が顔を見せるのは週に一度あれば多い方だ。10日やそこら開くことなんて今までだってあった。それなのに気になって仕方ないのは…
(やっぱり…ただのコーヒーショップの店員から差し入れなんて気持ち悪いわよね。)
しかも既製品ならともかく、手製のサンドイッチなんて何を仕込まれているか分かったものではない。身体が資本の商売なのだからキョーコが蓮の立場だったら絶対に口にしないだろう。あの時は蓮の食事事情が気になって気になって周りが見えなくなっていたが、後で冷静になって見ればみるほど自分がどんなにイタいことをしたかに気付き焦った。言い訳しようにも連絡先さえしらない只の店員と客の間柄だ。つまりそんな関係なのに手作りサンドイッチを渡した訳で…と後悔の無限ループが止まらない
(もう来てくれないのかな…)
蓮が来店している時間を、人気俳優と知る前からキョーコは気に入っていた。客足が途絶えている時間帯と言うこともあるのだろうが、ポツポツと交わす話の内容はその日の天気とか他愛もない事ばかりなのにあの少し低い優しい声を聞くとなんだかリラックスできる。そして演技を生業としていてキョーコが演劇の世界に足を突っ込んでいることを明かした後は、部活の話やら映画の話で話が弾むようになり時間があっという間に過ぎるようになった。
そんな貴重な時間を馬鹿な出来心でふいにしてしまったのだ。後悔してもしきれない。
(だけど…あのCMみたらほっとけなかったと言うか…我慢出来なかったと言うか…)
食卓のスマホに向かいモソモソとパンをかじる姿をみたら、いつもこんな風に一人で食事をしているのかとなんだか胸が締め付けられて…たまらなくなったのだ。
(CMなのにね。)
そう、あれは演技なのだ。本当にあんな食事をしているわけではないだろう。似合いの素敵な恋人がいて彼女の作る栄養満点の朝食を仲良く食べているのかもしれない。
お昼のことだって、プライベートを明かしたくないから食べていないようなことを言っただけで、本当は彼女お手製のお弁当があるのかもしれない。存在を忘れられたキョーコのサンドイッチが車の中でカピカピになった姿を想像して、ぎゅっと唇を噛みしめる。
(…自分の馬鹿さ加減に泣きたくなるわね…。)
妄想と後悔のループはそれから5日ほども続いた。
妄想がほぼ確信に変わり、蓮が表紙を飾る雑誌やポスターを見るたびに胸が痛い。
(あーあ。私の胸の内と同じ空の色ね)
朝イチから入ったバイトのワゴンの中で、重い色をした空を見てまた盛大なため息をつく。
もし雨が降りだしたらワゴンでの販売は今日は打ちきり、皆空模様を気にしてか足早に歩いて目的地に向かっているので客足もまばらだ。これは観念していつでも店じまいできるように準備をしておこうと通りに背を向けた。
「あ、もう閉めちゃった?」
かかった声に心臓が跳ねる。
「いらっしゃいませ。敦賀さん。ちょっと片付けしてただけです。大丈夫ですよ」
「そう、よかった。じゃあ本日のおすすめをアイスで2つ。」
「1つは持ち帰りでいいですか?」
「うん。お願いするよ」
はね続ける心臓を悟られないように平静を装ってコーヒーを用意しながら、次の言葉を必死に探す。この間のサンドイッチの件を謝るべきか、スルーすべきか…
「久しぶりだね。元気にしてた?」
「はい。敦賀さんは…」
「元気にしてたよ。映画の撮影で10日間ほどスイスに行ってたんだ」
「スイスですか。素敵ですね」
話を合わせながらホッとする。10日もスイスに行っていたのならその前後は相当忙しかったに違いない。あのサンドイッチが原因で店に来なかったわけではないのだ。
「バタバタしててなかなか来れなくて…お礼がすっかり遅くなってしまった」
「お礼…?」
「うん。サンドイッチ本当に美味しかった。ありがとう」
礼を言いながらこちらに向ける優しく甘い顔に、手にしていたカップを落としそうになった。
「いえ!よく考えたら私のお昼を敦賀さんに押し付けるなんてなんて失礼な…」
「いや…本当に嬉しかったよ。あんなに美味しいサンドイッチを食べたのは久しぶりだった。ありがとう」
この神々しいまでの笑顔は、実際に目にするのとテレビの液晶を通じてみるのとは破壊力が全く違う。ワタワタしているキョーコの前に見覚えのある小ぶりなバックが差し出された。
「お礼…と言ってはなんだけどお土産」
「ええ?いや…そんなの受け取れません。」
「中身はただのチョコだよ。この時期だと溶けちゃうかなと思って最上さんの保冷バックと保冷剤使わせてもらった」
「…それはかまいませんけど」
思わず受け取ってしまったバックを手に困惑する。
「開けてみて?」
「あ…はい」
中は本当にチョコレートだった。丸くてキャンディーのように個別包装されたチョコは輸入食材店で目にしたことがある。だが…
「このチョコが入っている巾着。すっごく可愛いです!」
「その巾着はホテルのオリジナルらしいよ。オーナー夫人が趣味で作ってるんだって」
「趣味なんてレベルじゃない出来ですね」
生地と言い、配色の具合と言い、繊細な刺繍と言いキョーコ好みの品に口元が緩む。
「変に気を使わせちゃったみたいで申し訳ないんですけど…嬉しいです。有難うございます」
「こちらこそ美味しいサンドイッチをありがとう。もっと早く来れればよかったんだけど中々上手くいかなくてね」
もしかして、お土産を持ち歩いてくれたのだろうか?ますます口元が緩みそうになって誤魔化すのに苦労する羽目になった。
その日のバイト終わりに、チョコを1つ食べてみた。
とろん、と滑らかに口の中でとろけだしたチョコは甘く優しい味がして、立ちっぱなしのバイトで溜まった疲れが吹っ飛んだ。
マスターのいれたブラックのコーヒーとも相性抜群だ。
もう1つ食べたい欲望を封じ込めてそっと巾着の紐を閉める。
(カロリーダイナマイトだもん。1回1個にしないと…)
気をつけないと
虜になってしまう
(10に続く)
- 関連記事
-
- 12月の鬼ー10(記憶喪失の為の習作5) (2015/09/22)
- 12月の鬼-9(記憶喪失のための習作5) (2015/09/15)
- 12月の鬼-8(記憶喪失の為の習作5) (2015/08/18)
スポンサーサイト
コメント
ちょび
Re: やっぱりハマる
>po○○○○○○○○○様
申し訳ないなんてとんでもない!いつも読んでくださってありがとうございます。
敦賀さんもキョーコちゃんもすごく意思が強いのであきらめるってのは想像つかないんですよ。
特に敦賀さんはあきらめたふりをしても心の奥底では虎視眈々と機会を狙いそう(笑)
次回位からキョコママに動きが見えるかもしれないです(まだ書いてないのですが)
これからもお時間ある時に読んでくださると嬉しいです。