2015_11
17
(Tue)11:55

12月の鬼-17(記憶喪失の為の習作5)

もう少し先まで書く予定が…でも少しずつでも前にってことで。

2015/11/17




『…はい』
「ごめんな。早くに」
『いえ、社さん。どうしました?今日の予定に変更でも?』
「あ、いや…ちょっと用があって出たついでにもうお前んちの近くまで来てるんだよ。下のスーパーで何か買って上がるから朝飯一緒にどうかなって思って」

くすり、と電話の向こうで担当俳優が笑う気配がする。

『すいません。ご心配をおかけして』
「あ…いや…余計なことかもって思ったんだけどな。」
『いえ、前のこともありますし社さんが心配するのも無理ないです。』

あの交差点での衝撃の目撃から数日、昨日キョーコのバイト先で得られた情報はある意味最悪の結果だったといえるだろう。車に戻った蓮は、キョーコが母親の紹介で弁護士事務所の学生アルバイトと付き合い始めたことを社に言葉少なに説明した後すっかり塞込んだ様子だったので心配になったのだ。

『じゃあ、すいませんがスペアの鍵で上がってきてもらえますか?』
「あ、うん。ほんとにごめんな?」
『何謝ってるんですか?社さんのお陰で朝食べ損なわずにすみましたよ。コーヒー位なら出せますから』



■12月の鬼-17(記憶喪失の為の習作5)



「ちょっと多くないですか?」
「これくらい喰えよ。そんなデカい図体してるんだから」
「パンって後で膨らむじゃないですか」
「他に喰い物何も入ってないんだから少々膨らむくらいでちょうどいいんだよ」

ダイニングテーブルに下の高級スーパーで買ってきたサンドイッチをパックの蓋を外して並べていく。
真ん中に置いておいたらこの男は食べないに決まっているのでノルマ分はグイグイと押し付けると、その様子にちょっと眉をよせながらも蓮はコーヒーを並べると腰を下ろした。

しばらくはテレビのニュースを見ながら黙って朝食をとる。

「なあ…」
「なんですか?」
「…どう考えたって向こうにもリスキーだよな」
「…そうですね」

冴菜がキョーコに対して記憶を喪う前の17年をどう説明しているのか?それはこちらには分からない。
だが正直に説明するわけにはいかないことは明確だ。そうなると多くの嘘を重ねていることになる。

「事故前のキョーコちゃんの話からしても、社長が集めた情報から行っても、キョーコちゃんのお母さんて社交的なタイプじゃないよな。事務所のアルバイトとそんな親しく話をしているなんて考えられない」

そんな相手に込み入った事情を説明するだろうか?社だったら絶対にしない。誰かに話すかもしれないし、酷い場合は脅迫の材料にだってされるだろう。弁護士と言う信用第一の仕事なら尚更だ。

「そうなるとそのアルバイト君はあまり事情を知らないってことになる。もしかしたら記憶を喪っているってことさえも言ってないかもな。」

記憶喪失なんて興味をひく話題を提供したらキョーコに根掘り葉掘り尋ねられるかもしれない。それが切っ掛けでキョーコが冴菜からされている説明に疑問を抱くことになるかもしれない。
それにその男は同じ弁護士事務所でバイトをしているのだ。冴菜がキョーコの耳には入れたくない情報を悪気なく話すことだって十分ありうる。

「考えれば考えるほどキョーコちゃんとその男を付き合わせるなんてリスキーだ。」
「キョーコにバレないとは思ってはないのかもしれませんね。そもそも記憶が戻ったらどんなに繕ったって無駄なわけですし」
「今の暮らしを少しでも長くってことか?それなら事務所の男なんて紹介するのか?」
「…俺かもしれません」
「え?」
「キョーコから一番遠ざけたいのは俺なのかもしれません。」
「お前を?なんでそこまでして?まあ確かに胡散臭いかもしれないけどさ」
「胡散臭いって…」
「だって素性明らかにしてないし。芸能人だしいい男すぎて胡散臭いって気持ちは親なら持つかもしれないな」
「何気に酷いですね。社さん」
「胡散臭いかもしれないけど、一途にキョーコちゃん想ってるのは調べたらすぐ分かりそうなのになあ」

(でも…確かにそうかもしれない)

軽口をたたきながらも社の頭の中でそう考える。

そもそも親子関係をやり直したいならここまでする必要はないだろう。事故前だって母親の言動に傷ついていたとはいえキョーコは決して冴菜を嫌ってはいなかった。事故を機に和解することだって可能だっただろうし、それに自信がないのなら「過去に色々あったが事故前に和解していた」位の嘘だったら、蓮だって事務所だって協力とまではいかなくても黙認位はしたはずだ。
だが冴菜がキョーコとの暮らしを守るために何より遠ざけたいのが芸能界でも親友たちでもなく蓮だとしたら…この一連の行動が少し理解できる気もするのだ。

演技や友情、それは多少のブランクはあってもある程度挽回は可能だろう。
だが、ことが男女の話となると話は別だ。

もし…その男とこのまま交際を続けたとしてキョーコがその男を本当に愛したら?
お試しのお付き合いのつもりでも深い関係になったら?
何より、そんな状況でキョーコが蓮との過去を思い出したり知ったりしたら…。蓮の深い愛情や嫉妬深さを誰よりも知っていて、本人も貞操観念の強かったキョーコはかえって蓮から遠ざかるのではないか?

後々蓮との交際が復活しても、それは2人の関係にきっとなんらかの影を落とす。

勿論、それを乗り越え2人がさらに絆を深めることだってあるだろうし、社だってそれを信じたい。
だが、男女の間に打つ楔としてはかなり有効なことは確かだ。

社の背中を嫌な汗が伝う。

蓮がこのことを考えないはずがない。
大学生の男女交際だ。付き合ってすぐに深い関係になったってなんら不思議ではない。そんな状態で2週間も日本を空けるのは正直不安だろう。事故の時だって記憶が戻った時に傍に居れたらと社だって何度も悔やんだ。
蓮の心中はいか程のものだろう?


それから先は互いに言葉少なになって食事を終えた。
出かける準備を整えるのをまって、玄関に向かおうとすると蓮が何かを思い出したようだ。

「すいません。ちょっと待ってもらえますか?」
「いいけど?どうした?」
「窓を開けっ放しでした」

蓮が向かったのはキョーコの部屋だった。

「…掃除したのか?」
「いくら布かけていたって限度はありますからね。少し空気も入れ替えたかったですし」
「…外したんだな。」

キョーコの机や椅子に掛けられていた白い生地がすべて取り払われている。露わになった机の上にはキョーコの携帯や勉強道具が持ち主がいた時のままに置かれていた。

窓を閉める背中に問いかける。

「…このまま引き下がるつもりじゃないよな?」
「まさか。俺が執念深いの知ってるじゃないですか。ちょっとした自分への決意表明ですよ。」

絶対にあきらめない。
またこの部屋にキョーコを迎え入れるのだと。

「そう…か…」

ならば社の取る道もただ一つ。ひたすらバックアップをするだけだ。
この男のマネージャーとして、1人の友人として

「この2週間の事は社長に頼んである。俺たちはいい仕事をしてこよう。」
「社長ですか…。それって別な意味で不安ですけどね。」



(18に続く)
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コメント

Re: これからですね?

>ひろりん様
話声が聞こえる!すごい嬉しい言葉を有難うございます。
いよいよお話の中でも12月を迎えますからクライマックスに向けてひた走りたいと思います。
ここで社長にも少し活躍してもらわないといけませんし、若松君も活躍しますよー(どんな意味でかは言えませんが(笑)

2015/11/18 (Wed) 00:03 | ちょび | 編集 | 返信

これからですね?

ちょび様
こんにちは。
キョーコちゃんはお母さんに疑問を持ち始め、蓮さまは決意を新たにし、お話しも佳境に入ってきたのでしょうか。
いつもながら、流れるような社さんとの会話。話し声が本当に聞こえてくるようです。
ちょび様お得意の“もどかしさ”をこちらも思いっきり発揮してますよね。
これからの執念深い蓮さまの行動に期待してます。
キョーコちゃんの記憶が早く・・早く戻ってと祈るのみです‼

2015/11/17 (Tue) 14:49 | ひろりん | 編集 | 返信

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