2015_11
24
(Tue)11:55

12月の鬼-18(記憶喪失の為の習作5)

転?


2015/11/24






そして12月…


舞台の幕が上がる




■12月の鬼-18(記憶喪失の為の習作5)




「すいません…せっかく誘ってくださっているのに…。」
『いいよ。いいよ。俺も事務所の方が忙しくていつもギリギリに誘うのが悪いんだし。』
「いえ…それにしたって…すいません。」

夜道を歩きながらぺこぺこと頭を下げる。
若松とは初デートの映画以来一度ランチに行ったきりだ。
いつもいつも断ってばかりで申し訳ないが、そのことにホッとしている自分がいる。

『でも本当にキョーコちゃん忙しいんだってね。最上先生も言ってた』
「ちょっと部の方で役をいただいたのと、バイトの方が忙しくなって…。」
『バイトってコーヒーショップの?』
「そうなんですよ。近くのビルで大規模リニューアル工事をしてるとかでその関係のお客さんがドッと増えまして。そんなに長い工事期間じゃないみたいなんでバイトを増やすのもどうかって話で。」
『ああ、人を増やした後に客足が前に戻っちゃったら困るもんな』

キョーコの働いているコーヒーショップはカフェというより喫茶店に近く、ランチタイムには結構ボリュームのあるランチを出す。そのランチのお持ち帰りは完全予約制の一日20食限定なのだが、それが毎日入るようになったのだ。今までもランチの客は多かったが持ち帰り用はせいぜい一日5食入るか入らないかだったから当然オーナーはその準備に追われることになった。そうなると店とワゴンの接客を奥様とパートさんとキョーコの3人で回さなくてはならない。また3時前にはコーヒーの持ち帰りを大量に頼まれることも多くて本当にてんてこ舞いなのだ。
12月に入って土日はワゴンでの出店はしていないが、主婦であるパートさんは出て来れないので忙しさは変わらない。おまけに3月公演の「春来る鬼」で準主役ともいえる役をもらったので演劇部にもマメに顔を出さないといけない。
学業と部活とバイトでキョーコはもう一杯いっぱいなのは事実だ。。

『でも工事現場とかそういうガテン系の人ってお弁当持参なんだと思ってた。ほら、ご飯が保温できる弁当とかで』
「私もそう思ってました。なんかその工事の会社お昼付きなんだそうですよ」
『え?賄付きの仕事なの?おもしろいね』
「ですよねえ…」

ふと弁当をワゴン車に詰め込むのを手伝った時の事を思い出す。助手席に座っているのが多分社長だったと思うが、なんとその人の作業服が目が痛くなるほどのショッピングピンクだったのだ。

(ああいう服を着ている社長が経営している会社って…工事を発注する人は大丈夫かって思わないのかしら…。私だったらまっとうな会社かどうか危ぶむわ確実に。)

そもそもあんなツナギを売っているのか?売っていないのなら特注?まさかあの会社の正式なユニフォームがあれとか?だったら賄付きでも嫌かもしれない。

『キョーコちゃん?』
「あ、はい。すいません。なんでしょうか?」
『随分先の予定で悪いんだけどさ、24日の夜は明けてもらえるかな?』
「え…と、バイトが7時までですから…その後ならだい…じょうぶですけど」

12月24日、クリスマスイヴ、その日が恋人にとっての一大イベントであることは流石のキョーコにだって知っている。演劇部の練習も部員達の熱烈な希望により24日25日は休みとなっていた。

『知り合いがやっているピザの美味しいイタリアンがあるんだ。せっかく付き合い出しての初めてのクリスマスなんだし2人で祝おう』
「う…れしいですけど…7時までバイトだったら遅くなっちゃいますよ?」
『イヴだから店の方も遅い方が客が2回転出来て儲かるって喜ぶと思うよ?俺も18日で大学が休みになるから余裕あるし。少々遅くても大丈夫』

お付き合いしている相手にそこまで言われて断るのもどうかしている。了承すると若松は楽しみにしていると笑った。

『じゃあ、24日に。それを楽しみに俺も頑張るよ』

通話を終えたキョーコの胸にあるのはただただ罪悪感だ。付き合うと決めたのは自分なのに会うのが煩わしいなんて、そんないかにも恋人の行事に参加したくないだなんて…

「ちゃんとお詫びしてお断りするのが誠意ってもんよね…」

こんな付き合い方は若松に対して失礼だ。でも断って母を失望させるのが何より怖い。

スマホをカバンにしまおうとして、蓮から渡された保冷バックが目に入った。自分の気持ちと共に隠して持ち歩く保冷バックと巾着。いつかこれを過去の思い出としてクローゼットにしまったり捨てたりすることが出来るのだろうか?

(きっと無理…)

自分は地獄の底までこの気持ちを持っていきそうな気がする。

すい、と見上げた夜空に想う。
蓮は今アメリカだろう。元気だろうか?きちんとご飯を食べているだろうか?

たった今まで自分は恋人と電話をしていたはずなのに、遠い海の向こうにいる人気俳優の事を想うと心は甘く締め付けられた。


*
*

その夜は殊更冷えた。

「寒いね。キョーコちゃんからのプレゼントが手袋で助かったよ。すっごいあったかい。」
「それはよかったです。」

イタリアンレストランを出て、お茶でもしようと手を繋ぐ街角でキョーコは曖昧に笑った。
手袋を贈ったのは素手で手を繋ぐのが嫌だったそんな最低な理由で、若松から贈られたブレスレットをつけてみたらあまりに違和感を感じて、袖の長いニットであることをいいことにトイレでこっそり外したそんな最低な行為をこの優しく笑う人は知らない。
分かっているのだ。若松は何も悪くない。それどころか魅力ある人だ。

ただただ、蓮じゃない。ただそれだけ。

コーヒーを飲みながらの会話も友人としてならとても楽しい時間だったろう。恋人と言う立場が苦痛なだけだ。

(やっぱりお断りするべきよね。お母さんだって試しにって言ってたんだし)

大丈夫。大丈夫。ダメな子なんて思われない。捨てられない。

一体何を自分は臆病になっているんだろう?


11時をすぎて客が減り始めた。夜遅くまで開いているカフェとはいえまもなく閉店だし、みな終電時間を気にしているのだろう。

「そろそろ出ましょうか?」
「そうだね。」

ほっとして席を立ち足元の籠に入れてあったコートを羽織り、コートの下にあった鞄をとろうとしたタイミングだった。

「この後俺の部屋こない?」
「へ?」

告げられた言葉に伸ばしていた手が止まる。

「最上先生から今日聞いたよ。キョーコちゃん25日が誕生日なんだろう?遠慮せず言ってくれればよかったのに。せっかくの20歳の記念に誕生日のカウントダウンしようよ。」

この時間から恋人の部屋に行くことの意味は明白だ。
流石に今の気持ちではそれは無理だ。

「…いえ…誕生日は母と先約があって。」

去年も母と2人で祝った。キョーコお手製の料理と母の唯一の得意料理の鶏の照り焼き、そしてケーキ。とても幸せな時間だった。今年もそのためにバイトも休んである。正直付き合っているとはいえ若松にも邪魔されたくはない。

「うん。だから夕方までには家に帰す様に厳命されたよ」
「え?…」
「20歳になるってことは成人だし合意があるなら2人の問題だってさ」
「そんなの…」


付き離された。
 - そう感じた。


「なんかさあ、忘年会の2次会でキョーコちゃんの誕生日の事聞いたんだけど、先生感慨深そうだったよ。キョーコも20歳か、大人なのねって。これからは自立した生き方を出来る女性にならないととか言って、留学やら一人暮しやらすることとか色いろ考えているみたいだったよ。」

(留学?独り暮らし?)

またキョーコを1人にするのか?
置いていくのか?

「イヴに約束していること言ったら、もう何度も「どういうつもりだ」「真剣なのか?」って確認されてさ。なんだか誓約書とかその場で書かされそうな勢いだったよ。よっぽどキョーコちゃんの事が…キョーコちゃん?」

若松が何か言っているがさっぱり頭に入ってこない。耳元で、いや頭の中で誰かが囁く

   
   “ほら、見限られちゃった”

   ”きっと飽きたんだよ。親子ごっこに”


尚も若松が何か言いながらこちらに手を伸ばすが、1歩また1歩と後ずさる。


    マタ  ステラレタ


「キョーコちゃん!?」

身を翻しそのままカフェを飛び出した。


クリスマスイヴの夜、まだ街は人で溢れている。
その人ごみをくぐりキョーコは走る。


どこからか聞こえてくるおなじみの歌


♪ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る


 ― 夢の時間の終焉を知らせる鐘が鳴る ―


(19話に続く)
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コメント

Re: タイトルなし

>み○○様
コメントありがとうござます!
実はセバスさんは後半以降あえてキョーコちゃんの周囲には出してないのですよ。漆黒の美形って目立ちそうですから冴菜さんの耳にウロウロすることばばれない為には駄目かなあと思いまして…
そしていよいよ誕生日。意表をついても仕方ないのでここは正々堂々行きたいと思います(笑)

2015/11/25 (Wed) 00:15 | ちょび | 編集 | 返信

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2015/11/24 (Tue) 14:54 | | 編集 | 返信

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