2015_12
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(Tue)11:55

12月の鬼-22(記憶喪失の為の習作5)

2015/12/22





「お母さん」

あの時伸ばされた手は、禁断の果実だったのだ。




■12月の鬼-22(記憶喪失の為の習作5)




自分に子供はいない、そうテレビで公言したことがある。
いや、正確には自分は母親ではないといった方が正しい。

だってそうではないか。
過去の自分の愚かな所業のせいで産まれた娘だとしても、それはキョーコには何の罪もない話なのに、赤ん坊の上げる鳴き声が己の罪を糾弾しているように思えた。挙句の果てにその汚名を挽回するための障害として遠ざけた。

なのに自分を求めて追いすがるキョーコの姿に心の奥底でホッとしていた。
まだ大丈夫。まだ必要とされている。まだ修復可能だと。

キョーコが追いかける存在が自分からショータローに変わろうともそれは揺るがなかった。
娘の絶対的価値である母親、その延長上に幼馴染への恋心があることが分かっていたから。
ショータローがキョーコに都合のいい幼馴染以上の存在意義を感じていないことを分かっていたから。

大丈夫。いつの日が自分が手を差し伸べればキョーコは帰って来る。
付き離したのは己なのに、キョーコが己のテリトリー内にいることに安堵した。

だからこそ衝撃を受けた。


*
*

「娘さん、随分大物捕まえましたね。私が記者だったら大スクープだ。」

素行調査を頼んだ探偵は冴菜の怒気に慌てて手を振った。

「いえ!勿論このネタを売ったりしませんよ!依頼内容は秘密厳守が鉄則ですし、弁護士の先生を敵に回すほど馬鹿じゃありません。」

冴菜の前のテーブルには数枚の写真がある。
テレビでの「子供はおりません」発言の後会いに来たキョーコの吹っ切れた様子が気になって、暫く我慢した後秋に入ってから興信所に依頼をかけた。

キョーコには男がいるという。
写真にはその男とそのマネージャと一緒に行動するキョーコの姿があった。

「いえね。流石に用心深くて2人きりの写真はとれなかったんですよ。でも交際は間違いありません。」

外で2人きりになることはほとんどなく、控室やレストランの個室、車、もしくは男のマンションで会っているのだという。それも出入りする時はマネージャーが同行したり助手席には乗らなかったりという念の入りようだ。

「敦賀蓮といえばスキャンダルが一切ないので有名ですが、どうやらお譲さんにはぞっこんの様子ですね。1日が24時間じゃ足りないような仕事量なのに少しでも早く上がったら会いに来ている、そんな感じですよ。」

写真の敦賀蓮はキョーコの方を向いているので表情はうかがえない。だが、男を見上げるキョーコは幸せに溢れた笑顔をしていた。
向けられる愛情を信じ安心している笑顔。冴菜が今まで一度も目にしたことのない笑顔。

砕けるのではないかと思う位奥歯を噛みしめながらも、冴菜はその衝撃を耐えた。
念のためもう少し、と調査を続行してもらって暫くの事だ。その事故が起きたのは。

命にかかわる手術を乗り越えたキョーコは眠り続けた。死と言う別れがくるかもしれない。そのことに冴菜は怯え、そして悔やんだ。

可愛いと感じたことだってあった。それなのになぜ否定したのか?その感情を育てる努力をしなかったのか?
キョーコに触れるとゲンが悪い、それを乗り超える強さを持とうとしなかったのか?
今更なんて言わずに関係を修復する努力をどうしてしなかったのか?

回復をただただ祈り、病室に向かう。だが言葉をかけれる程キョーコを知らない。

「キョーコ一押しのほくほく亭の高菜オニギリ、この前差し入れで食べたよ。美味しかったな。」
「今日バラエティの撮影で行った雑貨屋さん、キョーコが好きそうなキラキラ小物が沢山あった。退院したら一緒に行こう。」

敦賀蓮とも何度か遭遇した。ほんの30分、短い時は10分ほどの見舞い時間にキョーコの手を握り、話しかける内容はから見えてくるのは冴菜の全く知らない娘の姿だった。
産まれた瞬間から17年以上経つのに、キョーコに関する情報では知り合って2年にも満たないほどのこの男の足元にも及ばないのだと思い知らされる。

事故から10日ほどたったある日、例の探偵が訪ねてきた。

「娘さんがあんな事故に遭われている時になんですが、一応区切りと思いまして。」

そういってあの事故の日までの報告書を差し出された。
中には初めて撮れたという2人の関係を明確に示す写真が入っていた。

事故当日朝に撮られたそれには、マンションのエントランスから手を繋ぎ出てくる2人の姿が写っていた。
前見た写真と同じように、いや、それ以上に幸せに溢れた笑顔を見せるキョーコ。
そして初めて見る、キョーコを見つめる敦賀蓮の顔。
キョーコへの愛おしさも、共に過ごせる幸福への喜びも全く隠していない顔がそこにはあった。

確信する。
この男は絶対にキョーコを手放さないだろう。
キョーコはもう2度とこちらを向かない。追いかけない。
甘く暖かい愛に包まれて、好きな仕事に打ち込んで…どんどん遠ざかって行くのだと。

キョーコは冴菜の手の届かぬ場所で己の生きる道と幸せを手に入れた。
だが、それに異を唱える権利は自分にはない。
置いて行かれる孤独感を胸に抱いて、それを遠くから見守るしか自分には許されないのだ。

そう分かっていた。それなのに。


あの手をとってしまった。


あの日、訪れた病室はバタバタと騒がしかった。
看護師が検温の為にキョーコに触れるとうっすら瞼を開けたというのだ。

「最上さん、最上キョーコさん。分かりますか?」

再び開いた眼に次々と声がかかり、キョーコが怯えたように首を振る。

「最上キョーコさん?ここは病院ですよ?分かりますか?」

よろよろと身を起こしたキョーコがますます怯えた様子を見せた。

「大丈夫です。落ち着いてください。もうすぐ先生が来られますからね。それにほら、お母さんも来られてますよ。」

水を向けられて焦る。なんと声をかけたらいいのか分からない。
だが、そんな冴菜の混乱とは別にキョーコが救いを求めるように手を伸ばした。「お母さん」と呼びながら。

分かっていた。
とりあえず手を取って落ち着かせ、所属事務所に連絡を取るように看護師にお願いすべきだと、あの男を読んでもらうのが正しいのだと。

だが縋るように握られた手に我を失い、抱きしめていた。



そこからはもう坂道を転がり落ちるようだった。
あの写真をネタに事務所と敦賀蓮を遠ざけ、キョーコに嘘の17年を吹き込んだ。その舞台も整えた。
こちらの読み通りキョーコの身を案じたLMEは対抗処置をとらなかったし、育ての親ともいえる不破の女将はあれこれと説得をしてきたが勤め先に訴え出ると言う手段には出なかった。実母である冴菜の職を失うようなことになってはと考える辺りが、どこか人のいい女将らしい。
ただ、キョーコの見舞いの為に仕事の調節に協力してもらった藤道には事情を説明せざるを得なかった。昔から勘の良すぎる同僚は小さくため息をつくと告げた。

「最上、そんな手を使って形通りの親子になったところで何もいい事ないぞ。1つ綻びがでたらすべておじゃんな上にお先は真っ暗だ。」
「私はちゃんと母親になりたいのよ。それがほんの僅かな時間でも」
「別に世間一般で言う親子関係でなくてもいいじゃないか。母親としてはうまく付き合えなかったかもしれないけど、最上の経験や知識が助けになることはこの先絶対ある。」
「あの子の傍にいたいのよ。17年できなかったことをしてやりたいの。」
「それが今のキョーコちゃんには不要なものでもか?」

やっぱりこの男は鋭すぎて怖い。
黙り込んだ冴菜に藤道はまたため息をつく。

「やっぱり最上の心の水源は一度溢れると激流必至だな。言っただろう?クールな方がいいと。」
「…それはビジネス上の話じゃなかったかしら?」

藤道は苦く笑うと、何かあるときは必ず連絡をしろと言って冴菜の肩を叩いて立ち上がった。



そして12月半ば、キョーコは転院の日を迎えた。
ようやくLMEと懇意な病院から出られることに安堵しながら、キョーコを迎える為に車を走らせ病院の駐車場に停めた。重苦しい色の雲が一面を覆い、底冷えがする。今日は雪が舞うかもしれない。キョーコの為にコートだけではなくストールを持って来ればよかったと思いながら車をおりエントランスに向かおうとして気が付いた。

あの男が立っている。
殺風景な駐車場の風景さえも絵にしてしまうほどの美しい男。

「…接触するなと言ったわよね?」
「…娘さんには会いませんよ。貴方と少し話がしたかった。終わればすぐにここを出ます。」
「何の用かしら?」

す、と蓮が頭を下げた。
その仕草にさえ隙がなく美しい。

「キョーコは心の奥でずっと貴方を想っていました。どうか…大切にしてあげてください。」

下げた頭のせいで表情がうかがえない。
最愛の恋人を奪った女にどうしてこうも簡単に頭が下げられるのか。

いや

それほどまでにそれほどまでに愛おしいのだ。大事なのだ。
嘘で塗り固めてキョーコを騙す自分となんとかけ離れたところにこの男はいるのだろう。

「貴方に言われるまでもないわ。」

言い置いて、頭を下げたままの蓮の横をすり抜け、エントランスで振り向くと、先程の位置のまま蓮はこちらを見ていた。
見られていることに恐怖心が湧いて足を早めて自動ドアをくぐる。

“どうか大切に”

そう。
大切にしなければきっとあの男は奪い取りに来るだろう。


(23に続く)
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Re: わかるような気がします。。。

>aomaho様
10日以上遅れてのお返事となりまして誠に申し訳ございません。年が明けちゃいましたね。
お子さんがいらっしゃる方に分かるような気がするっておっしゃっていただけるのは嬉しいです。冴菜さんの離れているが故に子離れてきていないと言うか、子供との距離感がつかめないもどかしさみたいなものを表現したくて、「ああ、なんか上手く表現できないー!」と年末に頭を抱えていたので(笑)
娘を傍に置きたくても、一方で娘の幸せも祈っている訳ですから、2年間何かあるたびに後ろめたさは感じていたと思います。
一朝一夕では解決しないだろうけど、時間をかけて認め合えたらとか思うんですよ。

2016/01/04 (Mon) 00:15 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

わかるような気がします。。。

母親としては、なんだか冴菜さんの気持ち少しだけわかるような気もしてます。でもっ、だめですよ~冴菜さん~!!それはやっちゃだめです。。。と止められても、禁断の果実の誘惑には勝てなかったんですね、冴菜さん。
なんだか、きょーこさんが記憶を失くしてからの二年間、冴菜さんは幸せを感じる一方、ずっと本当の意味で心休まるときなんてなかったんじゃないかと思ったり。。蓮もかわいそうだったけど、冴菜さんも切ないです。

2015/12/23 (Wed) 22:06 | aomaho #- | URL | 編集 | 返信

Re: ううう

>くろ様
雄叫びありがとうございます(笑)
頭の中には冴菜さんの複雑か感情が入り乱れているんですけど、なかなか上手く文章に出来ず…受け止めていただけて嬉しいです。
もう1話冴菜さんにお付き合いくださいねー。

2015/12/23 (Wed) 12:23 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

ううう

なんと言えばいいのか!冴菜さん・・・
いつもながら感情が盛り込まれた文章に持っていかれそうな気持ちがあああ
せっかく幸せいっぱいだったのに・・・事故が、冴菜さんがあああ〜わかるけど〜気持ちわかるけどー!
でもやっぱりーー冴菜さんのバカーーー!

2015/12/22 (Tue) 23:43 | くろ #- | URL | 編集 | 返信

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