2015_12
29
(Tue)11:55

12月の鬼-23(記憶喪失の為の習作-5)

2015/12/29





キョーコの入院中に新しいマンションに引越し、その折にテレビを捨てた。
テレビで見ない日がない人気俳優をキョーコに見せて記憶が戻ることも怖かったが、何より自分が恐ろしかったのだ。あの男の眼が。画面を通して自分が監視されているように感じて。


■12月の鬼-23(記憶喪失の為の習作-5)



退院後、キョーコの回復は順調だった。

そして知る。キョーコは優秀だった。
高卒認定試験の為に始めた勉強はすぐに合格レベルにまで達し、料理をはじめとする家事スキルも恐ろしく高かった。ご近所付き合いも何時の間にと思うほどに周囲に溶け込み奥様方に可愛がられていた。
確かに常に満点をとる訳ではない。だが対人スキルや生活能力を加味すれば人としての能力は自分をはるかに上回っているだろう。
幼い日のキョーコにダメ出しを続けた自分がいかに余裕がなくて狭い視野だったかと思い知らされる。

出来たことを褒めると照れる表情がなんとも可愛らしい。
してくれたことを感謝すると、はにかんで頬を染める。

時折あの男が病室で眠るキョーコに囁いていたことを思い出す。
イルミネーション、キラキラした雑貨、美味しい和食…
それを求めて2人で出かけ、キョーコの笑顔に自分も幸せになる。
それと同時に胸の小さな痛み。
そんな時、周囲を見渡すと壁に張ったポスターやコンビニに並んだ雑誌の表紙からあの男の視線を感じた。

怖くなる位に穏やかに幸せな時間は過ぎた。
入った部活に、友達との会話の話題に時折感じるキョーコの中に眠る記憶を感じ、幸せの終わりを感じて焦燥感に駆られる。
だが、なかば無理矢理引きあわせた若松と付き合いだしたことにホッとした。
演技も、男女交際も、冴菜とのレールの延長上にあるのならかまわない。一緒に生きて行ける。

その油断とアルコールがきっとポロリと言わせたのだと思う。

「え?キョーコちゃん、25日が誕生日なんですか?」
「そうよ。聞いてなかったの?」
「聞いてませんよー。それなら約束25日にすればよかった!」
「25日の夜はダメよ。私と祝うんだから。」
「どうせ最上先生仕事で遅いでしょう?」
「12月25日はノー残業デーと決めてるの。」
「ええっ!?先生の辞書にノー残業デーとかあるんですか?」

しまったなーせっかく付き合いだしたのにと暫く頭を抱えた後、若松はおずおずと頭をあげて尋ねてきた。

「じゃあ…誕生日のカウントダウン…はいいですかね?」
「は?」
「いや!だって!キョーコちゃん古風だからちゃんとそういうことはお母さんの了解をとか言いそうだし!」
「…まさか遊びじゃ」
「真剣!真剣ですよ俺!そりゃ今すぐ結婚とか言えませんけど、真剣です!」

こんな時に世間一般の親はなんというのだろう?想定外の事に、大人だし2人の合意があるのならとゴニョゴニョと答える。
よほど冴菜が怖いのか必死に真剣交際を主張する若松に少し笑って酔い覚ましの水を飲んだ。

そう、キョーコは成人するのだ。初めて抱いた時あんなに小さな赤ん坊だったのに。

「あの子も大人なのね…」
「そう!そうですよ。ですから大人としてですね。」

新聞や雑誌で読んだ記事が頭をよぎる

「これからの時代…女性も自立しないとね。英語は得意なようだけど…留学もしとく方がいいのかしら?家事は出来るから独り暮らしも問題ないし。あ、年が明けたらすぐ成人式ね。美容院に着付けの予約入れとかないと」
「あの…先生?俺の話聞いてます?」

そう、このまま時間が過ぎて行けば、留学しようとも、卒業して社会人になろうとも結婚しようとも、何かあれば己の所にキョーコは戻ってくる。置いて行かれたりはしない。

アルコールで浮かれた心のままに零した少し先の未来。それがまさか引き金になるんなんて。

*
*

その電話を受けたのは、事務所で差し入れのおでんを藤道と食べている時だった。

「若松君?」
『先生!キョーコちゃんから何か連絡ないですか?さっきまで一緒だったんですけど、急に鞄も持たずに店を飛び出しちゃって、電話にも出てくれないんです!』
「なっ…どうして!?」

時計を見るともう11時半。何が起こったのか分からない。すると横から藤道にスマホを奪われた。

「若松君。藤道だ。今事務所なんだ。…落ち着いて。キョーコちゃんの鞄に財布入ってるか確認して。……そう財布も定期も入ってるんだな。最上先生の自宅は知ってるか?…そうそう。じゃあそこで落ち合おう。キョーコちゃんも帰ってきてるかもしれないし、そこで事情も説明してくれ。」
「ちょ、何を勝手に!」
「定期も持ってないなら、キョーコちゃんがタクシーで帰ってくる可能性あるだろ?とりあえず急いで最上の家に行こう。」

引き摺られるように事務所を出て自宅マンションに帰ると、エントランス前に青い顔をした若松が立っていた。
事情を聞いても原因がよく分からない冴菜に藤道が少し考えた後言った。

「若松君。キョーコちゃんは2年前事故を起こして過去の記憶が一切ないんだ。」
「え?」
「今は落ち着いていたけど、留学やら自立やらの話を聞いてちょっと不安定になったのかもしれない。慣れないデートで緊張もしていただろうし」
「私は世間一般的な話で…」
「そうかもしれないけど、17年間の記憶が一つもないキョーコちゃんにとっては違う意味に捉えるかもしれないだろ?飛び出した原因が若松君にあるんだったら最上に連絡するなり、この家に帰って来るはずだ。」
「それは…」
「すいません!俺が不用意に最上先生の話なんてするから」
「若松君には非はないよ。娘を紹介するんならそういう大事なことは説明すべきだ。」
「でも…」
「今日はもう帰りなさい。俺が最上先生にはついてるから。もしキョーコちゃんから連絡があったら知らせてくれ。」

タクシーを呼ぼうとしたがまだ終電があると固辞して若松が去ると藤道はこちらを向いた。

「お茶でも」
「嫌よ!」
「…飲んで落ち着くべきだと思うけどな。キョーコちゃんが行きそうな所や仲のいい友達に心当たりあるか?」
「…連絡先を知らないわ。」
「今どきみんな携帯でやりとりするからな。」

鞄の中の財布やパスケースにもスケジュール帳にも連絡先が分かるようなものは何もなかった。他に入っているのは化粧ポーチにハンカチ・ティッシュ、なぜか保冷バックと刺繍が施された巾着。

「キョーコちゃんサークルとか入ってるのか?」
「…演劇部に」
「…そうか。望みは薄いけど部の名簿とかあるかもしれない。部屋を見てみよう。」

個人情報に煩い世の中だ。予想通り部屋にそういったものはなかった。レポート作成用に使っているノートパソコンも同様だ。

「…私、相変わらずキョーコの事を何も知らないのね。」
「今どきの親はみんなそうなんじゃないのか?」

スマホが着信を告げた。若松からだ。

「若松君!キョーコから連絡が?」
『今電話があったんですけど…別れたいって』
「え?」
『なんか好きな人がいるって。あきらめなくちゃって思ってたけどやっぱりその人がいいって…。』

若松がなおも何か言っているが理解できなかった。そうしているうちに藤道にスマホを取り上げられる。
頭の中が疑問符で一杯だ。

好きな人?
あきらめなければいけないと思っていた人?

一体誰だ?


「キョーコちゃんスマホ電源切ってるな。…おい、最上、大丈夫か?。」

藤道の支えは間に合わず、ぐらりと傾いだ身体がデスクにぶつかって、フランス語の辞書や学科のテキストが散らばった。

「しっかりしろ。ああ、いいよ.。俺がやる。」

床にへたり込んだまま藤道が片付けてくれる様をぼんやり見ていると、ホチキス止めされた冊子が目に入る。冴菜の視線に気付いた藤道はその冊子を手渡してくれた。

「多分演劇部の台本じゃないか?」

“春来る鬼”

「…そうね。多分春にやる舞台の台本だと思うわ。」
「内容知らないのか?」
「結構いい役もらえたみたいで、当日まで秘密よって…」

タイトルを見てなんだか嫌な予感に台本を捲り、最終章までくると自分の手が震えているのが分かった。その様子に台本を奪い取った藤道も目を通して眉をひそめる。

「なんだこれ…まるで…」

親に捨てられた娘
娘を守り愛しんだ鬼

理不尽に連れ戻された娘をさらいに鬼が来る


まるで…これから起きる物語だと言わんばかりの…


*
*


眠れる筈などなく時間が過ぎて、空が白み始めたころチャイムがなった。エントランスではなく玄関のものだ。

「キョーコだわ!」
「ちょ、ちょっと待て最上。キョーコちゃんは鍵持っ…」

リビングを走り出てドアを開ける。

「キョ…!」

ドアの向こうには立っていたのは鬼。
同じ人とは思えないほど美しい…鬼。

「つ…るが…れん?」

追いついた藤道が呟くのが聞こえる。

「ど…して。下はオートロック…。」
「ウォーキング帰りのご婦人に一緒に入れていただきました。敦賀蓮にそっくりねって言われましたよ。」

薄く笑い、すい、と歩を進められて思わず後ずさる。蓮の後ろで玄関扉が重苦しい音を立てて閉まった。

「何を…。」
「一言ご報告を。キ…娘さんは今俺の部屋に居ます。」


“あきらめなければいけないと思っていた好きな人”

まるで何かを暗示するかのような台本


ああ、来たのだ。
この舞台の終焉が


冴菜は目を閉じた。

分かっていた。
この男はずっと見ているのだと。
少しでもキョーコを哀しませるようなことをしたら奪い返しに来るのだと。

そしてあの子も求めたのだ。この男を。

たとえ記憶がなかろうと。



「…キョーコの物を取ってきます。待っていて下さい。」
「おい、最上…」

蓮が小さく頷くのを確認して足早にキョーコの部屋に戻る。
財布やパスケースが入った鞄、大学関係の書籍やノート、少し考えてから成人式の為にと用意した振袖一式も加える。着てもらえないだろうが折角2人で選んだものだ。ここにあったって仕方ない。そして見せたことのなかったパスポート。

藤道が気遣わしげにこちらを見ているのは分かったが黙々と荷物を詰める。

服や雑貨はいれなくても結構な荷物になった。書籍もあるのでかなりの重量だがあれだけの大男だしどうせ車だ。大丈夫だろう。
大体荷物をつめ、仕上げにノートパソコンを入れようとして手を止めた。

大学のレポートはこれで仕上げていたはずだ。これを入れなかったらキョーコは取りにくるだろうか?また部屋でキョーコと会えるだろうか?

小さく首を振る。
そんなことをしたらキョーコは困る。この部屋にはもう戻りたくないのにデータがなくてきっと困る。もしかしたらデータを諦め一からやり直すかもしれない。そんなことはさせられない。

パソコンを入れて、段ボールを抱えて立ち上がろうとすると藤道の手が伸びた。

「最上…いいのか?」
「行きましょう。鬼が待ってるわ。」

小さくため息をついた後藤道は薄く笑った。

「鬼、ね。最上も十分鬼だよ。鬼子母神ってやつだな。君はやっぱりクールな位でちょうどいい。」

荷物をもってくれた藤道と共に玄関に戻る。
蓮は玄関に飾られたキョーコの写真を見ていたがこちらを向いた。

「重くなってしまったけど…」
「かまいません。」

藤道から荷物を受け取る蓮に、冴菜は深々と頭を下げた。

「あの子を…よろしくお願いします。」

ずっと分かっていたのだ。
2年前、あの病室でこうするべきだったのは。

キョーコが立つ舞台から自分はとっくに降ろされているのだ。
自分に出来ることは観客として、キョーコの幸せを祈り見守るだけだと言うことも。

分かっている。分かってはいたけれど…


蓮もまた頭を下げた。

暫し後、蓮は頭を上げると出て行った。ゆっくりと閉まったドアが無機質な音を立てる。


分かってた。分かっていたけれど、手を伸ばさずにはいられなかった禁断の果実。

いつかキョーコに伝えることが出来るだろうか?

罪だと思っても手を伸ばさずにはいられなかったのだと。
罪だと分かって過ごした日々を愛おしく胸に抱いていることを。

置いて行かれたくない。と身勝手に引き裂いた癖に、それでもやはり…


幸せになって欲しいのだと。





(エピローグへ続く)
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コメント

Re: 切ない・・・

>aomaho様
年末の挨拶をするどころか年もすっかり明けましたね。あけましておめでとうございます。
1歩いっぽとも共通するのですが、冴菜さんって物凄く完璧主義なんじゃないかと思っているんですよ。自分が思い描く母親通りじゃなきゃいけないというか、だからこそそうあれなかった自分を認めれなかったというか…。
でも根本はまっすぐとした方なので自分の中できちんとけじめをつけるのかなあと思ったり…色々頭の中では思うんですが上手く表現しきれなかった感じがありますね(笑)
自分の駄文が人様の妄想に一役買ってるってのは嬉しいです。どうか今年もよろしくお願いいたします。

2016/01/04 (Mon) 07:01 | ちょび | 編集 | 返信

切ない・・・

ちょび様こんにちは。
切ないです、冴菜さん~・・・。なんって不器用な方なんでしょうか。で、潔いですね。それがまた泣きたい位切なかったです。いつか心からきょーこさんと笑い合える日がくるといいです。
今年一年間、私の妄想欲を満たして下さってありがとうございました。来年も更新楽しみにしてます。
どうぞ、良いお年を。

2015/12/29 (Tue) 12:41 | aomaho | 編集 | 返信

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