2016_01
19
(Tue)11:55

もうすこし-2(ほんのわずか番外5)

あまり最初から飛ばし過ぎてはいけないと、第1話を分割したんです。なんかやっぱり短いなあ…。
でもやっぱり無理はなあ…と葛藤しつつ。


2016/1/19




2週間前の土曜日

夕食後のリビングにはテレビのバラエティの賑々しい音と、キョーコが丁寧に淹れてくれたお茶と、アイロン糊の香りがしていた。
器用にワイシャツの皺が伸ばされる横で、蓮は2人分の洗濯物と畳む。
他愛もない会話を交わしたり、画面に見入ったり…生活感あふれる日常の一場面、それが当たり前にキョーコと共有できていることがひどく幸福だった。
幸福だったからスルリと滑り出たのかもしれない。

「キョーコ」
「はい?」

画面を見ながらコロコロと笑っていたキョーコがこちらを向く。

「このまま一緒に暮らさないか?」

キョーコが眼を見開いたが、言った本人が一番驚いていた。
ずっと一緒に居ることは大前提で、当然結婚も視野に入っていた。プロポーズの時期も考えていたのに、まさかこんなタイミングで告げるとは。続く言葉を混乱した脳内で整理しているうちにキョーコが少し首を傾げ尋ねた。

「このまま…ですか?」

いや、違うのだ。こんな日にこんな風にプロポーズするなんて思ってもいなかったけど、思わずポロリと零れ出たのだ。そう素直に白状すればよかったのに。
なのに、ヘタレた。

「あ…いや…ここに一緒に暮らした方が家賃も浮くだろ?会社にも近いし、セキュリティ―もしっかりしてるし。」
「ああ、なるほど。」

駄目だ。これではルームシェアの申し出のようではないか。益々焦っているうちに、「なるほど。そういうことですか。」とキョーコは暫し考えたのち答えた。

「もう少しこのままがいいです。アパートの契約もまだ残ってますし。」
「…そう。」

穏やかに微笑んで見せたけれど、痛かった。つい滑り出た言葉なのに…いやつい滑り出た言葉だからこそ、自分の偽らざる本心だからこそ痛かった。ヘタレて誤魔化したのは自分なのに。

古風なところのあるキョーコの事だ。同棲なんて形じゃなくて結婚してから一緒に住むのを希望しているじゃないかとも思う。あんな中途半端な提案じゃなくちゃんとしたプロポーズなら頷いてくれるのかもしれない。

でも怖くなった。

3か月前のあの夜、「ずっと一緒にいたい。」と言った蓮に頷いてくれた。
でも、あの言葉の捉え方は蓮とキョーコでは違うのではないか?そんな考えが頭をよぎる。

だから、たかだかコンパで同席した男を見るだけでこんなにも動揺するのだ。
キョーコが決して好きにならないような男だったらよかったのに。そんなことを思うのだ。


■もうすこし-2(ほんのわずか番外5)





「座っててください。お茶入れますから。」
「気を使わなくていいよ。適当にしとくから。」

川遊びを兼ねたドライブの後に「マンションに置く秋物を取りに帰りたい」と言われてアパートに寄っていた。

出されたコーヒーに礼を言って受け取り、こちょこちょと動き回るキョーコを見守る。

「そういえば、会うのって基本俺の部屋だよね。」
「うち狭いですから。」
「1人暮らしには広い方だと思うけどな。バスとトイレだって別だし」

キョーコの住んでいるのは4畳半と6畳それに小ぶりなキッチンの2Kに風呂・トイレがついている部屋だ。吃驚するほど古い木造アパートだが、広さと立地の割にこれまた吃驚するほど家賃が安い。

「このアパート建つ前提として身長190センチを超える男の人が住むなんて想定されていませんから。それに…壁だって薄いですし。」

最後の方は顔を赤らめゴニョゴニョ告げたキョーコに、蓮はニヤリと笑う。

「成程。そっちが理由?ここでは必死に声堪えてるもんね。それはそれでそそるけど。」
「な…っ」
「大丈夫だよ。ここの人たちみんな夜早いから。。」
「つ、敦賀さんは格安木造アパートの恐ろしさを知らないんです!深町のおじいちゃんおばあちゃんの喧嘩なんて筒抜けなんですから!夜なんて皆さん寝静まっている分音が響くんですよ!」
「じゃあ昼間は生活音に紛れて分かんないじゃない?なんなら今から試してみる?」

色を含ませて言ってみると、返事の代わりにクッションが飛んできた。当たってもちっとも痛くなさそうなそれを受け止めて、クスクス笑いながらゴロリと転がる。
こうしていると揺らいでいた自分がなんとも馬鹿馬鹿しく思えてくる。

こんな風に肩肘張らないやりとりが出来て
次の“秋物”の服を蓮の部屋に当たり前のように持ち込んで

何をそんなに心配することがある?

「もうすぐ終わりますからねー。」
「急がなくていいよ。」

居心地の良さにこのまま転がっていたら眠気が襲ってきそになって、身を起こそうとして気が付いた。窓にかかったレースのカーテンが裂けたように一部が破け、裾もほつれてしまっている。
中途半端な姿勢で止まった蓮が着になったのか、近づいてきたキョーコが悲鳴をあげた。

「敦賀さん、どうし…あ――――っ!」
「破けちゃってるね。」
「えええっ!!!半額の半額だったとはいえ元はいいお値段だったし、気に入ってたのに何時の間に?。何かに引っかかったんでしょうか?。」
「どうだろ?ここ日当たりいいから劣化が早いのかも。」
「う~まだ5年目なのに。」

しょぼしょぼとカーテンを掴んで肩を落とす姿に声をかけるより先に、キョーコは思考の森の彷徨いこんだらしい。

「うう…予定外の出費。…でもあんまり安物買いすると後悔するかも。生地を買って縫おうかな。…あの百貨店の手芸コーナー結構掘り出し物出るし月曜に覗いてみようかなあ…。」

肩に伸ばそうとしていた手をとめたまま、蓮は固まっていた。

(…新調する…のか?)

だとしたらいったいキョーコはそれをいつまで使うつもりなのだろう?
中途半端な提案だったとはいえ「一緒に住もう」と言ったのに、キョーコにはちっとも届いていなかったのか?

何か気配を感じたのか、キョーコがこちらを見たので、蓮は葛藤を隠して微笑んだ。

「あ、すいません。とりあえず荷物はまとまりましたし、行きましょうか?夕飯が遅くなっちゃいます。」
「…そうだね。先に車に荷物載せとくよ。」

大きめの紙袋にまとまったそれを受け取って玄関を出るとき部屋を振り返った。
キョーコはやはり気になるのだろう。レース地のそれをもう一度確認した後に遮光カーテンを閉めている。


もう少し、とキョーコは言った。

もう少しとはどのくらいなのだろう?

蓮の愛の重さと、キョーコのそれ
あとどのくらいキョーコの愛が増えたなら釣り合うようになるのだろう?



(3に続く)




キョーコちゃんのおうちはですね、関西で言う文化住宅をイメージしてるんですよ。でも東京ではそんな言い方しないのね…驚きました。
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