2016_03
08
(Tue)11:45

不器用エール(後編)

もう言い訳はしません…。

2016/3/8



「お母さん。ごめんなさい。結局付き合わせてしまって。仕事まだあったんでしょう?。」

ゲストルームで寝支度を整えていると既に隣のベットに入っているキョーコから声をかけられた。

「…別にかまわないわ。明日は土曜だし」
「敦賀さんはすごく紳士で後輩思いなの。体調悪い後輩を放ってはおけないのよね」

(そういう認識?)

具合の悪い後輩の女の子を家まで送るのは“親切”かもしれないが、自宅に連れ込んで泊まらせるなら、それはどちらかと言うと“お持ち帰り”なのではないだろうか?

付き合っている…訳ではなさそうだが、一体どういう関係なのだろう?

そうこうしているうちに隣からは規則正しい寝息が聞こえてきて、そのことにホッとするのと同時に居心地が悪くなった。

かつての自分もキョーコの寝息を聞いてホッとしていた。
だが、それはこれでやっと仕事に集中できるという理由からくるもので、娘の健やかなる眠りに対してなどではなかったのに何を今更…何を今更、娘の交友関係になどヤキモキしているのか?
そんな権利ないくせに。



■不器用エール(後編)


なかなか寝付けなかったせいか、目が覚めるといつもより随分と遅い時間で、隣のベットは既にもぬけの殻だった。
自分の失態に顔をしかめて慌ててベットを出る。
寝室を出るとキッチンの方角から楽しげな話し声がする。洗面所を借りるにしたって一声かけてからと声のする方に足を向けた。

「へえ、そんなに素敵なお店だったんだ。あそこたまに通るのにログハウスなんて気付かなかったな。」
「木に囲まれてますから車からだと分からないかもしれませんね。キャンドルの灯りが揺らめいてすっごく大人な雰囲気でしたよ!ハンバーグも美味しそうでしたし」

昨日反応があまりなかったのは体調不良のせいで、あの店をキョーコは気に入ってくれたらしい。頑張って探した甲斐があったと心の中でガッツポーズを決めていると、蓮がクスリと笑う気配がした。

「目玉焼きのってた?」
「のってました!それはもう神々しいまでの黄金色の輝きを放ってました!でも昨夜は正直味わう余裕なんて全然なくて…おまけに結局戻しちゃいましたし、勿体ない事しました。」

声だけでも心底残念そうなキョーコの様子に、近いうちにもう一回誘ってみようかと冴菜は自分のスケジュールを脳内で確認し始めた。が、その結果が出るより先に「じゃあ」と告げる声が聞こえる。

「リベンジに今度一緒に行こうか?。」
「え?敦賀さんがあんな女性客の多い店に行くなんて、騒ぎになっちゃいますよ」
「キャンドルの灯りがメインで薄暗いんだろ?軽く変装したら大丈夫。」
「でも…」
「神々しいまでの輝き、俺も見てみたいな。…俺とじゃ嫌?」
「嫌なんてとんでもない!。」
「じゃあ。約束。社さんにスケジュール確認して日にち決めよう。」
「はい。楽しみにしてます。」
「うん。俺も。」

(その店を探したのは私よ!)

慣れないグルメサイトで投稿写真やら口コミなどを必死に確認したあの時間を返せ、敦賀蓮!
人の家じゃなければ壁に爪を立てているところだ。音の出ぬよう小さく地団駄を踏んでいると、「そろそろお母さん起こした方がいいかもしれません。」と声がしたので、慌ててキッチンにすました顔をのぞかせる。

「おはよう。」
「おはようございます!」
「おはようございます。眠れましたか?」
「…お陰様で。」

出し巻き卵を作りながらこちらを振り向くキョーコは、顔色もよくいつもの調子のようだ。そして横には使い終わった調理器具を洗いながら同じように振り向く蓮の姿。「なんだもう起きたのか」とその顔には書いてある。

「体調はどう?」
「もうすっかり!ご迷惑をおかけしてすいません。」
「ならいいわ。…敦賀さん、洗面所お借りします。」
「どうぞ、あ、タオルを」
「敦賀さん、私が出します。ついでに洗濯機回してきますね。」
「シーツの洗濯なんていいのに。」
「やらせてください!。」
「じゃあ、俺はお皿並べとくよ。汁椀ってもう一客あったっけ?」
「ありますよ。ほらそこの…あ、もう1つ上です。」
「あ、ほんとだ。ご飯茶碗とかもあるんだね。」

(どっちの家だか…)

付き合ってはいない…が、キョーコがこの家によく足を運んでいることは確実だ。
キッチンだけではないサニタリーでも慣れた様子で冴菜にタオルを差し出すと、ゲストルームからシーツやらタオルやらを持ってきて手早く洗濯機をまわし始めた。

よく足を運んでいるだけではない。泊まったことが一度ならずあるのだろうか?

(付き合ってもいないのに?自宅パーティ…だとしてもそんなに気軽に人を泊めるもの?い、いったいどういう関係なのよ?)

鏡に映る滴を垂らしたままの己の顔が青褪めているのが分かる。

冴菜に対して隠すでもなく後ろめたげでもないキョーコの様子からして、いかがわしい関係ではないことを祈りたい。だがキョーコは高校生だ。自分とは思いもつかぬ常識と言うのがあるのかもしれない。

(た、たとえばヴァージンなのか恥ずかしいとか。一流の男と関係したら自分のステータスになるとか、スポーツの一種とか?)

理解できない。
20代もギリギリまで未経験だった自分では到底理解できない。

朝食の準備ができたというキョーコの声がして、精神的にヨロヨロとしながらもダイニングに向かう。
テーブルに並べられているのはどこの老舗旅館だと聞きたくなるような純和風の朝食

「凄いわね。」
「口に合うといいんですけど。」
「最上さんの料理はどれも美味しいよ。」

また2人の世界を構築されそうで話を逸らすことにした。

「…よくこんな食材この家にあったわね。敦賀さん自炊されてるのかしら?」
「いえ俺は全然。」
「早く目が覚めちゃったから敦賀さんと地下のスーパーで買い物してきたんです。」

24時間営業で便利なのだが超セレブスーパーで心臓に悪いのだとか教えてくれるが、冴菜にとってはそんな情報はどうでもいい。問題は…

(早朝に2人でお買い物?)

そこである。

自宅マンションの地下のスーパーだ。住んでいる以上何度か利用したことがあるはずで、店員が“敦賀蓮”を認識している可能性は著しく高いはずだ。その“敦賀蓮”が早朝に若い女性と買い物をしていた。しかも籠の中身はどう見たって自宅で調理する食材。方程式の結果は明らかだ。

キョーコに甘い視線を向ける男をチラリと観察する。

芸能界に疎い自分でも名前と顔が一致するほどの人気者がスキャンダル知らずで来たということは、この男は相当気を付けているはずで、そうなるとこのお買い物は意図的なものを感じる。
2人の関係はいまだ不明だが敦賀蓮がキョーコに下心を持っていることはほぼ確定と言っていいだろう。

食事を終えさっと後片付けを終えたキョーコは、蓮と冴菜にコーヒーを淹れてくれた。

「あ、あの。私買い忘れたものがあるので、ちょっと下に行ってきます。」
「買い忘れ?何?付き合うよ?」
「いえ、1人で大丈夫です。」
「でも「ナ、ナプキンなんです!。」

あ、と蓮は小さく声を漏らした後、少し赤くなって「気が付かなくてごめん。」と告げた。
キョーコが出て行くのを玄関まで見送った蓮は、ダイニングに戻ってきた。
酷くつまらなそうに冴菜の向かいの席に座ると、もう冷めているだろうコーヒーに口をつける。

「俺の顔に何かついてます?」

にこりと尋ねる笑顔がなんとも嘘くさい。

「…どういうつもり?」
「何がです?」
「キョーコの事よ!体調を理由に部屋に泊まらせて、店員が誤解するように仕向けるなんて!…何よ?。」

ジッとこちらを観察する人間離れした美貌の男

「それは母親としての質問ですか?それとも顧問弁護士として?。」
「!」

言葉に詰まり、同時に理解する。
この男は顧問弁護士云々の話をキョーコから聞かされる位親しく、心底あの子のことを案じているのだと。

母親などと名乗る資格はない。だが引き下がる気はなかった。

「保護者としてよ!」

そう来ましたか、と苦い笑いが浮かんだのは一瞬で、またあの嘘くさい笑顔に戻る。

「本気ですよ。言っておきますが彼女以外の女性を家に入れたのは貴女が初めてです。」
「そんなの全然信用ならないわ。」
「いやだな。本当ですよ。今すぐ結婚しろと言われても喜んでイエスと言えるくらいに。」
「結婚だ。愛だって、口では何とでも言えるわよ。ストーカーだって妄想するわよね。」

小さく肩をすくめた蓮は、頬杖をつくと先程までキョーコが座っていた席に視線を移す。

「本気ですよ。片思いしてから結構経ちますが、この部屋で2人きりでもウッカリ手なんて出せないくらいにね。」
「……。」
「彼女が欲しいです。ただそれは身体だけじゃ嫌なんですよ。心も…一緒に歩く未来も欲しいと思っています。」

そう言って空席を見つめる眼は酷く優しく暖かいものだった。
その顔に何も言えなくなって、結局キョーコが戻ってくるまでコーヒーを啜って待つしかなかった。

*
*

確かに敦賀蓮はキョーコに本気なのかもしれない。
2人でいるときのあの楽しげな様子を見る限りキョーコだってまんざらではないのかもしれない。

けれど、あんな男がその気になったら、男慣れしていないキョーコなど身体も心も人生もすぐに絡め取られてしまうだろう。平成生まれとは思えないほど古風なキョーコは多少強引に身体の関係に持っていかれたらそのままズルズルと…なんてことだってありそうだ。男女の関係でさえなかった幼馴染にさえ高校進学さえ諦めて尽くして尽くして尽くしまくった前科があるのだ。
俺様坊ちゃん体質の幼馴染は、一緒に育ってきた分向こうもそうそう手は出しにくかったろうが、あの男は胡散臭い上に恐ろしく性質が悪そうな予感がする。
良いように言いくるめられ弄ばれたり、はては望まぬ妊娠とかDⅤとか…

悪い想像がどんどん膨らんで、もうそんな未来しか浮かばない。

(今からでも遅くないわ。色々常識を教えてやらないと…)

でも、どの面下げて?

自分だって未婚でキョーコを産んで、おまけに母ともいえる存在にさえなれなかった。
仕事を理由に不破の家にあずけたまま、多感な時期のキョーコに何一つしてやらなかった。

なのに今更何を教えてやるつもりだ?


「最上川氾濫寸前だな。それとももう氾濫後?」

かけられた声にハッとする。
事務所に置かれた雑誌の表紙を飾る男を睨みつけたまま考えに耽っていたらしい。

「終業後だからいいけどさ。今日一番の深さになってたぞ。」

藤道がトンと示す眉間を隠し、自分の席にそそくさと戻る

「今度の公判について考えていたもので。」
「あー、あれね。ややこしそうだもんなあ。でも、てっきり金曜日の依頼人のことかと思ったよ。」
「金曜日の…依頼人?」
「そ、相談日だったんだろ?あの子ってしっかりしてそうだけど騙されやすそうだし、色々誘惑も多い年齢だし何かあっても…最上?」
「そうよ…」
「最上?」
「そうよ!私はやっぱり顧問弁護士よ!。」
「おい?」
「顧問弁護士として未成年者である依頼人を守る義務があるのよ!」

そうと決まれば対策を考えねば。
再びブツブツと何か呟きだした冴菜を眺めながら、藤道は「やっぱり最上は見てて飽きないな」と楽しげにコーヒーを啜った。


*
*

そして1週間後

「ただいま。」
「おかえりなさいませ!」

キョーコからの出迎えに笑みを深めた蓮は、社からだというデザートを渡した。

「ごめんね。せっかく夕飯作ってくれるっていうのに遅くなって。」
「いえ、私が言い出したことですから。鍵までお借りしちゃいましたし。」
「本当は買い出しとか付き合いたかったんだけど。」
「この間泊めていただいたお礼なのに、そんなことしていただけませんよ。」
「御礼なんて気を使わなくてよかったのに。でも最上さんのご飯が食べれてラッキーだな。」

着替えてリビングに入ると、キッチンから聞こえるキョーコの鼻歌と美味しそうな匂いにまた顔が緩む。

「何か手伝うことない?。」
「もうできますから座ってください。」
「そう?でも…。」

言いかけてダイニングの椅子に鞄と一緒に置かれた大きな茶封筒が目に入った。
お浸しを運んできたキョーコが蓮の視線に気付いて答える。

「あ、それ、家を出ようとしたときに宅急便が届いて。部屋まで置きに行く時間がなくてそのまま持ち歩いているんです。」
「結構大きいね。」
「そうなんですよ。母からなんです。」
「最上さんのお母さん?。」
「はい。中身がちょっと怖いのもあって開けないままなんです。」
「まさかそんな怖いものじゃないだろう?。」
「だといいんですけど…」

ちろり、とキョーコの上目遣い。

「一緒に見ていただけますか?」
「…勿論。」

なぜか腕組みをしたままニコリと蓮が答えると、よっぽど覚悟がいるのか、キョーコは爆弾の処理でもするような緊張した面持ちで封を開けた。

「書類…ともう一つ茶封筒が…。」

ひょいと引っ張り出されたのは結構な数のパンフレット

“ドメスティック・バイオレンス パートナーからの暴力に悩んでいませんか?”
“セクシャル・ハラスメントとは?”
“さまざまなハラスメントについて考えよう”
“こんなに怖い薬物”
“性にまつわる病気 Q&A”
“恋人や夫婦だって性の強要はレイプです!”
“冷え対策は若いうちから”
以下略

「……」
「……どう…したんでしょうね。母は…」
「…まあ…芸能界にいる娘が心配なんじゃないかな…。」
「そう…なんですか…ね。」

それにしたってやたらとセクハラやらDⅤ関係の資料が多いのはどういうことなのだろうか?頭の中に疑問符が踊っているキョーコは、向かいに座る先輩俳優の目がウロウロと泳いでいることに気がついてはいなかった。

「もう一つの包みは何が入っているんだろうね。」
「そ、そうですよね!開けてみます。」

何やら微妙なものになったこの場の雰囲気を何とかしたくて、キョーコは勢いよく包みを開けた。

ガサ、ドサッ!

中から転げ落ちたのは



毛糸のパンツと

made inJapan の避妊具


「これは…。」
「…………えええええええ?」


かくして、届いたエールをうけて、某高級タワーマンションの一室にキョーコの悲鳴が響いたのである。


(おしまい!)

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コメント

Re: いやもうw

>まじーん様
コメントありがとうございます!ご無沙汰してましてすいません。
某先輩俳優の部屋に非常識な時間に押し入っている娘の現状を、冴菜ママが知ったらどうなるんだろうってのがこのお話の始まりなんです。これからもきっと敦賀さんに戦いを挑むんでしょうけど、どれも方向性が間違っていそうです(笑)

2016/04/21 (Thu) 00:20 | ちょび | 編集 | 返信

いやもうw

今の冴菜さんなら、本意でこう言う行動をとりそう!と感動(?)しました!!

一緒に育った幼馴染が多少バカだろうが、親公認のあの家にいたままなら責任は取ってもらえたわけで・・・

芸能人の蓮さん相手とは、警戒度が違いますよねー。

そして、男なんて信用してない冴菜さん。

定期的な食事会の回数がもっと増えていきそうです。

何かのきっかけでキョコさんが下宿を出ないといけなくなったら、しまいには自分の家を提供しそう。(笑)

素敵なお話をありがとうございました!

2016/04/20 (Wed) 21:55 | まじーん | 編集 | 返信

Re: ツンデレな冴菜さん

>くりくり様
お返事遅くなって本当にすいません。
今年はいつまでも続くインフル流行にうんざりしました。
こちらの冴菜さんを気に入っていただけて本当に嬉しいです。
冴菜さんのお若い頃を見るとやっぱりキョーコちゃんによく似ているので、真面目すぎたり挙動不審だったりするところも似たりしてるのかなあと思うんですよ^m^

2016/03/26 (Sat) 11:28 | ちょび | 編集 | 返信

Re: 面白かった!

>ひろりん様
お返事遅くなりまして申し訳ありません。
私が親なら娘がこんな状態だったら心配要素ありすぎて寿命縮まりそうです
ちなみに毛糸のパンツはお腹が冷えないようにという親心です(笑)

また時間が出来た時に、これの続きの小ネタを書こうと思います。

2016/03/23 (Wed) 00:15 | ちょび | 編集 | 返信

ツンデレな冴菜さん

いつも、ちょび様の作品を楽しく拝読しております。
今回の《不器用エール》のツンデレな冴菜さんに萌えました。
過去の事もあり、素直に自分の気持ちをキョーコ打ち明けられない冴菜さんが愛おしく感じました。
自分の娘に毒牙(?)をかけようとしてる蓮に、必死になって牽制している姿に、ついつい応援したくなりました。
蓮と冴菜の応酬に、ついつい画面の前でニヤニヤしてしまいました。

寒暖の差が激しく、風邪やインフルエンザが流行っているようですが、体調には気を付けてお過ごしくださいね。

2016/03/10 (Thu) 12:47 | くりくり | 編集 | 返信

面白かった!

ちょび様
3話UPされるまでひたすらお待ち申しておりました!
そして一気読みです‼
冴菜さんいい意味で壊れてますね(笑)。
確かに、一般的に見れば蓮さまとキョーコちゃんの関係って冴菜さんの見た目ですよね。二次読者も完全にキョーコちゃん脳に侵されていたみたいです(笑)
冴菜さんVS蓮さまの攻防この先も見たいです。
ちなみに毛糸のパンツは、その気を削ぐためのアイテムですか?(笑)
冴菜・藤堂コンビ対蓮キョ―ココンビまた新しいドラマの始まりだ・・・・‼なんて。
楽しい作品ありがとうございました。
闇色もいい感じで、先が楽しみです。
行け行けキョーコちゃん‼

2016/03/08 (Tue) 15:51 | ひろりん | 編集 | 返信

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