2016_05
23
(Mon)11:55

戀文

久々ですね。短編書くの。

2016/5/23




転がるように入ったラブミー部部室でキョーコは時計を確認した。
時刻は17時58分

「…間に合った。」

安堵の息をついて、電源をつけてすぐにテレビをBSにあわせる。
汗をぬぐって、お茶を鞄から出しているうちに始まった番組では30代も半ばと見える司会の女性が会場に集まった人々に挨拶と今日のイベントの趣旨を説明すると『早速ですが』とその人の名を呼んだ。

『では、朗読をしてくださる敦賀蓮さんです!』

観客の様子が映し出された。メインは若い女性だが、結構老若男女問わずぴっちりと小さなホールを埋め尽くしている。

今日は5月23日。ラブレターの日なのだという。
それにちなんで大手文具メーカーが“大切な人にラブレターを書こう”と募集した。その中から選ばれた10通を今を時めく人気俳優敦賀蓮が読みあげる朗読会があるという特典付き。
対象の文具を買うと当たるチケットは大変な競争率だったらしい。

朗読会そのものは今日の昼過ぎに終わっている。
その録画を有料BSチャンネルで放送するというので、キョーコは仕事が終わると同時にTBMのスタジオを飛び出して自転車で爆走したのだ。だるまやはそのチャンネルに加入していないが、流石芸能事務所、LMEは視聴が可能だった。

『ではそろそろお願いします。』

メールではなく自分の手がしたためた手紙の魅力について語っていた蓮が、司会者に促されてステージ中央の少し高めの椅子に腰かけた。
その脇の小さなテーブルの上には選ばれた手紙が並んでいる。封筒の形は同じなのに色が全部違う所をみると主催者側が文面のイメージから色を決めたのかもしれない。その中から蓮は鴇羽色のものを選ぶと、取り出した便箋を優雅な手つきで開いた。




■戀文




『…君がいなくなって、僕は自由になりました。古書店巡りをしていても、帰り時間を気にする必要は無くなりました。お土産のケーキなんて買わなくていいから両手に持てるだけの本を買うことだってできます。僕は週末のたびに出かけて遅くまでウロウロとするようになりました。

そんなある晩、もうすっかり日の暮れた家路を歩いている時に気付きました。今日僕は家に帰りたくなくて足が棒になるまで歩いていたのだと。

だって帰ったって君はいない。ケーキの箱をウキウキと開いてくれることも、掘り出し物の本を見つけた喜びを聞いてもくれない。

帰らなくちゃいけないと思えるってこんなにも幸せな事だったのだと。ようやく気付きました。
君が待っていてくれるから、月に一度の古書店巡りがあんなにも楽しかったのです。

それでも僕は古書店巡りはやめないと思います。旅行にだっていくし、美味しいものだって食べに行きます。
だって、いつか僕が天に召されて君に又会えた時沢山の話をしたいから、そんな楽しい事美味しいことが沢山あったのならあんなに早く逝くんじゃなかったと悔しがらせてみたいから。
お土産にケーキを持っていくことは無理かもしれないけれど


だから…どうか待っててください。』


小さな啜り泣きの声が聞こえる。


『…54歳。 男性。』


蓮は手紙を丁寧にたたむと覗色の封筒に仕舞いテーブルに戻した。


流石だ。とキョーコはテレビの前で唸る。
蓮は声色を変えるでもなく、ゆっくり淡々と読み進めて行くだけだ。だが、それでも僅かの声の大小や高低、そして絶妙な間の取り方で手紙に綴られた物語が頭に浮かんでくる。
年齢、性別でさえ最後に明かされると言うのに、この9通目の朗読でも、古書店巡りが趣味な寡黙な夫が、明るくお喋り好きな妻をいかに愛していたかがヒシヒシと伝わってきた。両手に古書が一杯に入った袋を下げた男性が、夜空を見上げて亡き妻を想う。そんな情景が浮かぶのだ。
それは会場の皆も同じようで、きっと9割は生敦賀蓮目当ての人たちだろうに、中学生の青く、でも純粋な恋に、幼稚園児の母親と結婚するのだと宣言をする可愛らしさに、涙したり笑ったりと忙しい。

手紙の内容について司会者との話を進めながら、蓮がテーブルに置かれたミネラルウォーターに口をつけた。
いくら手紙とはいえ、中には随分と長いものもあった。おまけに間には短いながらも手紙の内容について司会者とのトークもあるのだからずっと話っ放しということになる。相当喉に負担だろう。

ちらり、とキョーコは携帯が入れてある鞄に視線を送った。
現在別の仕事中の蓮からは今夜の夕食を頼まれている。刺激物は避けて、喉にいい食材を取り入れなければ、蜂蜜に檸檬、大根…確か蓮根や黒豆も喉にいいと聞いたことがある。
メニューを組み立てているうちに、蓮が裏葉柳の封筒に手を伸ばした。いよいよこれで最後だ。

しん、と静まりかえった観客の一員になった気持ちで、キョーコも蓮が口を開くのを待った。


『愛は破滅と絶望の序曲だ。 と君はいいました。』

(ん?)

なんだか自分が幾度となく口にした言葉に似ているが、そんなに一般的な言葉なのだろうか?


『だけど俺はそうは思いません。だって君の存在が、君への想いが俺を支えてくれているから。』

どきん、と心臓が跳ねる。いやいやいや…これはあくまで蓮が朗読しているだけで赤の他人の手紙なのだ。ちょっと自分と主張が一緒な女の子がその恋のお相手だからといって錯覚してはいけない。

『俺が自分を見失いそうになっている時、君は誰より傍にいてくれました。それは仕事だったからだろうし、俺自身も君が仕事を簡単に投げ出すような人じゃないことを知っているから、それにかまけて随分と甘えました。あの時は本当にありがとう。

君の仕事への真摯な姿勢が俺に目を覚まさせてくれました。君といい仕事がしたい負けたくはない。そう心から思えました。

君が見てくれる限り、君を失望させるようなことはしない。その誓いは生涯忘れるつもりはありません。

勿論、ずっと好きだった相手に随分と酷い扱いを受けた傷がまだ癒えてないことは知っているし、歩く純情さんそのものと言った君に無理に迫る様なことをして、怯え泣かせたくはありません。
だから今日までいい先輩の仮面を被って、君の近くで見守ってきました。

だけど、俺はもうそれでは満足できそうにありません。

ありのままの自分を君にさらけ出したい。堂々と君を心配し、守り、泣いている時は抱きしめたい。もう取ってつけたような言い訳を作って逢いにいくんじゃなくて、ただ君に逢いたいのだとそう伝えたいんです。

君に触れたい。
その時にそれが互いにとって幸せなものでありたいと心から思っています。

この気持ちを諦める気なんてないことを宣言したくてこの手紙を書きました。

君を愛しています。
どうか今日から覚悟しておいてください。

追伸、久しぶりに君が作った大根おろしの蜂蜜がけが食べたいです。』


蓮が手紙から顔を上げた。

『21歳。男性。』

割れんばかりの拍手

『敦賀さん、ありがとうございましたー。本当にお疲れ様でした。』

司会者の声で我に返る。

気のせいだ。気の所為だったら気のせいだ。
ちょっとヒール兄妹の時のやりとりと思い出したのも、聞き覚えのあるフレーズが多々出てきたのも気のせいだ。

確か最初の説明で、文具会社が依頼した審査員3人が手紙を選んだのだと言っていたではないか。
例え…可能性は0どころかマイナスなのは知ってはいるが、例え先輩俳優があの手紙を書いたのだとして選ばれる可能性はとてつもなく低いのだ。そんな馬鹿な事をするはずがない。

『実は最後のお手紙は敦賀さんがお選びになったんですよね?』
『ええ、せっかくですから。僕と同じ年齢の男性が書いたものの中から選ばせていただきました。」

いや…だから…そんなはずは…

『同じ職場の後輩女性にあてたお手紙でしたね。このお手紙を選んだ決めては?』
『頑張って欲しいな。上手くいったらいいな…そう思いまして。』
『確かにまっすぐで情熱的な愛を告げていらっしゃいましたよね。でも愛は破滅と絶望の序曲、だなんて面白いことおっしゃる女性ですよね。』
『そうですよね。でもそういう女性好きになるともう他は眼が行かなくなったりするのかもしれませんね。』
『確かに。でも最後の大根おろし、きっと風邪でも引いた時に看病でもしてもらったんでしょうか?苦しい時に傍にいてくれたりと随分と距離が近い感じですのに、まだアプローチ出来てないなんて随分奥手な男性ですよね。是非これをきっかけに頑張っていただきたいですよね。ねー、皆さん?』

水を向けられた観客席から同意を示す拍手が起こる。それに頷く蓮の笑顔がなんだかキラキラして見えるのも…きっと気のせいだ。

まとめの会話にはいった司会者と蓮を見ながらも、頭の中は先程の手紙の内容がグルグルと回る。

ない、ない、ない。
蓮が自分を好きなど絶対にない。
浮かぶ妄想を打ち消すために頭を机に打ち付けていると、鞄の中の携帯がその振動で着信を告げた。

随分とグルグルしていたらしい。とっくに番組は別のモノに変わっている。

「はい!最上です!」
『最上さん、お疲れ様。仕事はもう終わったの?』
「はい!バッチリです!終了時刻ピッタリに終わりましたので、敦賀さんの朗読会も事務所で見ることが出来ました。」
『そう、それはよかった。』

電話越しに聞く蓮の声はいつもと変わりない。
ほら、やっぱり気のせいだった。

「あれだけ話続けて随分とお疲れになりましたよね?買い物まだなんでリクエストありましたらおっしゃって下さい!」
『そう?じゃあ、喉にいいものが食べたいな。』

あるはずなどない。
蓮がキョーコにラブレターを書くなんて。キョーコを好きになってくれるなんて。

『前作ってくれた大根おろしの蜂蜜かけが食べたいな。』


そんなことあるはずが…




(FIN)




いや、こういうイベントありそうだな…ってそれだけです。
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蓮くんからのラブレター

キョコさんはこの夜ちゃんと受け取ることができるんですかね。

でも、ちゃんとリクエストの「大根おろしの蜂蜜かけ」は用意してそうです。

( ̄∀ ̄*)

というか、今日から覚悟しておいてください。てな宣言されちゃってますから、もう受け取り拒否などできそうにないかもですね。

キョコさんも蓮くんも頑張って自分の想いを口に出せますように。

古書店巡りが趣味の男性の手紙も素敵でした。

2016/06/01 (Wed) 00:07 | まじーん #NkOZRVVI | URL | 編集 | 返信

キュンキュンしました。

久しぶりの短編うれしいです。21歳男性の手紙にキュンキュンしました。あれ聞いてもそんなはずないと思い込もうとするところがやっぱりキョーコさんなんでしょうね。覚悟決めてストレートに行こうと開き直った蓮さん素敵です。ちょび様のところの蓮さんは、私の纏まらない妄想にストンとはまってくれて、いつもすっきりさせてくれます。ありがとうございます。

2016/05/26 (Thu) 09:20 | aomaho #- | URL | 編集 | 返信

好きです!

このお話凄く好きです。
素敵なお話ありがとうございます。
続きが気になります〜。
蓮さんが自分の手紙を読むに至った経緯とかも。

2016/05/24 (Tue) 03:14 | makmaki #- | URL | 編集 | 返信

単文もいいですね。

更新ありがとうございます!
連載ものの続きを待っている状態でしたが、単文もいいですね!
さすがは蓮様。朗読もお上手なのですね。むふふです。
最後の1通が蓮➡キョーコの恋文だなんて!!!大根おろし蜂蜜で、代マネの時のふたりを思い出しました。
また漫画よみなおそうかな、などと考えてしまいましたよ。
これからのふたりが気になってしまいます。こちらの続きの連載が読みたくなってしまいました!

2016/05/23 (Mon) 21:03 | harunatsu7711 #- | URL | 編集 | 返信

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