2016_10
15
(Sat)11:55

愛おしき日常の一コマ

むー最近さらに思うように書けない気が…


2016/10/15





「敦賀さん!」

ノックと同時に開いたドアに社は思わず腰を浮かした。
だが、訪問者は担当俳優の恋人だ。安堵すると腰を再び椅子に落ち着けた。電話に邪魔されて夕飯の弁当を食べ終わっていないのだ。
楽屋のソファーで珍しく寛ぎ足を延ばして雑誌を読んでいた蓮は、突然乱入した恋人に少々驚いたようだがすぐに満面の笑みに変わる。

「いらっしゃい。キョーコ。今弁当食べ終わったところだよ。美味しかった。」
「それはよかった…じゃありません!!!」

クワッと般若の形相で弁当への賛辞をはねのけたキョーコは、そのままの勢いでソファーに近づくと恋人の胸ぐらをつかんだ。普段のキョーコならありえない行動だが、蓮は動揺することもなく「今日は随分積極的だね。」なんて嬉し気に笑う。



■愛おしき日常の一コマ


「さ、さっきお仕事終わりに…」
「ああ…キョーコ、今日はドラマの撮りだったよね。お疲れさま。」
「ありがとうござ…じゃない!お仕事終わりに聞いたんです!敦賀さんが私のこと…と、と、とこ…。」
「とっとこ?。」
「床上手って言ってったって!!!。」

なんなんですか?!それ!と胸ぐらを揺さぶるキョーコはすでに涙目である。「そんな顔もかわいいね。」なんておバカなことをつぶやきながら蓮は暫し考えた後「ああ…。」と何か思い当たった様子だ。

「あのことかな?」
「やっぱり思い当たることがあるんですか?」

同じく思い出した社も声を上げる。

「ああ、この前の赤城さん主催の飲み会か。」
「多分それですね。」
「随分絡まれてたもんなー。大変だったんだよ。キョーコちゃん。大女優主催じゃすぐに退席するわけないはいかないし。」
「全くでです。」

事の次第はこうである。


大女優赤城夏帆は業界でも指折りの酒豪として知られる。彼女が主催の会は当然のことながら酒は湯水のように振舞われるのが常で、その結果我を失うほど酔っ払う者が続出する。その中に赤城子飼いの女優2人がいた。

「もう性質の悪い酒でさあ。最近キョーコちゃんとの交際宣言したのがよっぽどショックだったんだろうなあ。もう絡むからむ。「京子のどこがいいんだ?」とか酒が入ってるからって失礼極まりないよね!」
「いえ、それは想定の範囲内ですから。」
「え?そうなのキョーコちゃん。そこはショック受けようよ。怒ろうよ。」
「あまりの格差恋愛に、怒り狂った方々に夜道で刺される位を想定していたので、祝福とかされるとむしろ怖いです。」
「……・」

交際発表での舞台裏まるで切腹を覚悟したようなキョーコの表情と、その後暗くなるとやたらと挙動不審になる理由がわかって社はちょっと頭が痛くなった。普段はあれほど理知的なのにどうして恋愛ごとが絡むと訳の分からぬ妄想に突っ走るのだろう。報道では実に好意的に取り上げられていたし、そんな輩がいたとして、恋人が刺される事態などこの人間離れした能力を持った男が許すわけがないではないか。

「…まあ、それは置いといて。とにかくそのうちの1人が聞いてきたんだよ。」

゛京子さんってそんなに床上手なんですか?”

ようはそちらがよほど巧みでもない限り蓮が京子を選ぶわけはないという猛烈な嫌味だ。

隣のテーブルで聞き耳を立てていた社は覚悟した。
これはもう闇の国の蓮さん御出馬間違いなしだと。
頭の中で崩壊するであろう敦賀蓮のイメージをいかに回復するかシュミレーションまでしたほどだ。たとえ闇の国の住民になるのが防げたとして、あのきらっきら笑顔で嫌味を10倍くらいにして返すに違いない。

だが、蓮は考えるそぶりをみせたのだ。

「なんだかちょっとだけ顔緩めたりしちゃってさ、妙な間の後に「あー。成程。」だけポツリだよ?肯定ととらえてもおかしくないよな。」
「な、なんで!?なんでですか?。」

キョーコが悲鳴じみた声を上げるのも無理はない。付き合って1年弱、キョーコがいまだにその手のことに弱いのは聞かずともバレバレだし、何より相手は抱かれたい男№1なのだ。遊んでいたころに培ったテクは相当のものだろうと社は読んでいる。きっとキョーコは流れに身を任せて翻弄されているが精一杯だろうし、蓮は自分が主導権を握りたいタイプに見えるので、テクニック云々など彼女に望んだこともないだろう。
それなのに゛床上手”認定。そりゃあ抗議したくもなるだろう。

ここにいる誰より床上手であろう男は、えー、だってさ、と胸ぐらをつかまれたまま呑気に告げた。

「夢中にさせるって意味ではそうなのかなーと思って。」
「ふへ?。」
「俺ってそういう方面は淡泊っていうか欲が薄いって思ってたのに。まさか自分をセーブしなきゃとか考えるとは思いもよらかった。」
「セ?あれで?」
「耽溺って言葉を身をもって理解できた気がするよ。」
「はひ?」
「閨に籠って政をないがしろにした亡国の王の気持ちもわかるというか。」

あー成程と社は頷く。

「お前今そういう仕事きたら役作り簡単だろうな。」
「自信あります。ねえ、キョーコ。キョーコの何気ない仕草にいちいち煽られるんだ。」
「れーん、まだ夜も早い時間に色気を垂れ流すんじゃない。その背中を這いまわる手もだ。」
「……そんなに私いいですか?」

ぶほっ
囁くようなキョーコの声は社の耳にも届いて、飲んでいたお茶を吹き出した。
いやいや、まだお子様がアニメを見てるような時間だ。そんな質問はもっと夜も更けた時間2人きりでしてくれと突っ込もうとして社は気付いた。少し俯いているキョーコの表情は肯定の言葉を期待しているものではないことを。それどころか少し不安げでさえあることを。

「うん。キョーコ以外考えられない程にね」
「…そうですか。」

また表情が曇る。蓮からは角度的に見えていないようだ。

女性として魅力がない、それはキョーコの中からなかなか消え去ることのないコンプレックスだ。
蓮との交際を受け入れるのも、公表するのもためらったのもそれが大きいと社は思っている。
だから、そこで蓮を夢中にできているということは喜ばしいはずなのに、それなのにこの表情

社にはその理由がわかる気がした。

(ベットの上だけ…は嫌だよな)

恋人に身も心も愛されたい、そう思うのは当然の要求だ。だから片方だけが強調されると不安になる。無論、ここで一言「私の身体だけ?」とか聞いてみたらもう耳を塞ぎたくなるほどの甘い言葉を羅列して問題は一発解決だが、キョーコは元ラブミー部、愛の欠落者としては自分自身の心の葛藤がよく理解できないのかもしれないし、それを蓮に伝えるとなると余計ハードルが上がるのかもしれない。
蓮も妙に女性慣れしているくせに、いや、何もしなくてもモテていたせいか女心の機微には少々疎い。その上、互いの仕事の関係でなかなか会えない時間も多いゆえにどうしても会えるとスキンシップが多くなるのは、まあ許してやってほしい。だが、それがかえってキョーコの誤解を生んでは困る。
ここは一つ年長者である自分が骨を折るべきか、と考えた時蓮が朗らかに告げた。

「キョーコといると時間と身体が足りなくて困るね。」
「それ…どういう…?」
「キョーコと2人っきりで触れ合っていたいけど、天気がいい日はお出かけして散歩もしたいし、美味しいもの食べて喜ぶキョーコの顔も見たい。芝居の話も一杯したいし、何か一緒に作ったりするのもいいかも。」

スポーツで汗を流すのもいいし、ぶらぶらとショッピングして回るのも捨てがたい。

「日本では見れないような景色を見に行くのもいいね。キョーコ、目をキラキラさせるんだろうなあ。」

想像したのか蓮はくすくすと笑う。
その様子を見ていたキョーコの顔から陰りが次第に消えてテレテレと笑った。

(杞憂ってやつかな…)

女性の心の機微には疎いが、重量級の愛をもったこの男が夜だけのキョーコで満足するわけなどないのだ。愛しい人のすべてを欲する貪欲さはキョーコの不安を払拭してくれるのかもしれない。

「私も敦賀さんと色んなことしてみたいです。」

なんて言っちゃいながら蓮の胸にバラ色に染まった頬を寄せる。

どうやら最上キョーコさんはここが楽屋でもう1人いることをすっかり忘れたようだ。まあこんなことはバカップルの日常なので社にとっては朝刊の4コマ漫画を読んでいるようなもの。あーめでたし。めでたし。と思いながら食後の缶コーヒーを開けようとして気付いた。蓮の目が獰猛な光を帯びるのを。


「…ねえ、キョーコ。」
「はい?」
「その゛床上手”。誰にどういう状況で聞いたの?」

再び顔色を悪くしたキョーコが慌てて身を離そうとするのを許す男ではない、その動きを利用してキョーコをソファーに縫いとめた。

「ね、どんな状況?」
「い、いや、その…普通に…。」
「普通に?普通ってどんな風?。」
「ですから…その…。」
「なんで?言えないこと?それとも誰かかばってる?」

(あー、ほんとこいつって嫉妬深くてねちこいよな)

どこからどうみてもキョーコが押し倒されている状況にあきれ果てながらプルタブを開ける。ちょっと彼女が口説かれたと思うだけでこの有様だ。

ぐいぐいぐい、とコーヒーを飲み干すと、ことさら音が鳴るように缶を置いた。

「はいはい、そこまで。れーん、キョーコちゃんをいじめるな。誰が言ったかなんて見当ついてるくせに。」

赤城子主催の飲み会で同じテーブルを囲んでいたのは女優の外は俳優が2人。そのうちの一人はキョーコが先ほどまで撮影していたドラマで共演していたはずだ。

「キョーコちゃんもいくら共演者だからってかばわなくていいから。あの男仕事はまあそこそこだけど基本下半身でしか物事考えないタイプだからね。気をつけなきゃだめだよ。」

どうせ帰りがけのキョーコに絡んで「俺もキョーコちゃんのテクニック堪能してみたいな」とかなんとか言ってきたに違いない。若手№1と呼ばれる男が熱愛宣言した相手に、そんな発言をするような足りない脳みそで芸能界を渡ってこれたことにある意味感心するほどだ。

「時間的にもそろそろだからな。」
「分かりました。」

蓮が頷くのを確認して、テーブルの上を片付けにかかる。

「じゃあ、キョーコ、後でちゃんと説明して。」
「え、敦賀さんが心配するようなことは何も…。」
「でもちゃんと聞いておきたいんだ。今日はこの後事務所いって終わりだろ?マンションで待ってて、11時過ぎには終わるから。」

(全く…遠回しなやつだよ)

キョーコが口説かれたのが気になるなら素直にそう言って部屋に呼べばいいものを。あんな尋問まがいなことをして怯えさせて付き合いだす前と進歩がないじゃないかと苦笑い。

(さて、そろそろだ。)

取り出したスマホを弄りながら2人に背を向ける。

「じゃあ、そろそろ行ってくるよ。」
「はい、行ってらっしゃいませ。」

2人が寄り添う気配。何をしてるかなんて見なくてもわかる。

(バカップルめ)

そう思いながらも社は微笑む。


そう、これも日常の一コマ



社にとっても大事な大事な恋人たちの

愛おしき日常



(FIN)
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