2016_08
25
(Thu)11:55

世界一贅沢な-1(逃避行の為の習作-3)

誰も待っちゃいないのに帰ってきた逃避行


2016/8/25




「今日のイチオシスポットは世界一贅沢な朝ごはんを食べられるホテル、オテル・ド…」

番宣で出た情報番組で紹介された内容に殊更はしゃいだ歓声をあげたのは訳がある。

世界一贅沢な朝ごはん
それが並んだテーブルの向かいに座る恋人の笑顔を想像したからだ。


■世界一贅沢な-1(逃避行の為の習作3)



「あら、かわいい」

この業界に足を踏み入れて3年、キョーコとて「かわいい」が誉め言葉とは限らないことは重々承知だ。

「ありがとうございます。岩菅さんこそ凄く素敵です。そのドレス。」

今のは後者だ。
華やいだ笑顔の瞳の奥がキョーコを見下している。
岩菅杏子の隣に立つ蓮の笑顔に少し苦い色が差した。

極東テレビの創立記念日に合わせて毎年開催されるパーティは、番組改編の時期と重なることもあって新しいドラマやバラエティのキャストが揃いカメラも入って実にきらびやかなものになる。
蓮と岩菅は今期の目玉と言うべきドラマで共演しているのだ。

「敦賀さん、お久しぶりです。今回は富士見がお世話になります。」

そう蓮に挨拶したのはキョーコの隣に立つ野沢太陽だ。
人気アイドルグループの一員で、学園物のドラマでキョーコの相手役を務めている。

「ほんと久しぶりだね。野沢君、CM以来だっけ?そうか、富士見君とは同じグループだよね。」
「あいつ褒めるとすぐ調子に乗るんで、バンバン駄目出ししてやってください。」
「あははは、野沢君は相変わらずだなあ。」

蓮の視線がキョーコに向いた。

「最上さん、撮影順調?野沢君いると現場賑やかだろ?」
「敦賀さん、それじゃあ俺が煩いみたいじゃないですか」
「すごく活気あって楽しいです」
「だよね?。だよね~」
「敦賀さん」

岩菅杏子の言葉が和気藹々とした雰囲気をやんわりと断ち切った。

「あちらにプロデューサーが」
「あ、ほんとだ。」
「御挨拶に行かないと」
「そうだね。杏子ちゃん。じゃあ野沢君最上さん、失礼するね」

優雅に歩いていく2人の背中を見送っていると野沢が小声で告げた。

「杏子さんの本気モードってちょっと怖いね。」
「え?」
「富士見が言ってた。杏子さん、この撮影中に敦賀さん落とそうって必死みたいだよ。アピール凄くて「杏子ちゃん」呼びもほぼ強制らしいし、食事行っても必ず隣の席ゲットするんだってさ。女の子が敦賀さんに近付くとスゲーピリピリするらしいよ。」

知ってる。
蓮にもやんわりと教えられたし、社も杏子のアプローチが現場にも影響しているのだと困った様子で、キョーコに妙な誤解をして欲しくないのだと共演女優を立てなくてはならない蓮の立場を教えてくれた。


「京子ちゃん、同じ事務所で敦賀さんに可愛がられてるから当たりがキツくなっちゃって災難だね。」
「キツい…なんてことありませんけど…」
「えー?もうトゲトゲだったのに、京子ちゃん優しいなあ」

視線の先にはプロデューサーと談笑する2人の姿、何やら話しかけている杏子の手は蓮の腕にそえられている。
大輪の華のような笑顔に蓮は穏やかな笑みで応えている。

「まあ、杏子さんの気持ちも分かるよな。敦賀さん格好いいし、2人並んだら絵になるし」

確かに誰が見てもお似合いの2人だろう。だが、互いの華を競うこの業界で自分より美しく魅力的な人が沢山いることは百も承知だし、共演者である杏子を蓮がエスコートしなければならないのはあくまで仕事だ。プライベードの蓮はあんな顔で笑わない。

だがそれなのにこの胸がざわつくのは…

“杏子ちゃん”

そう蓮が優しく呼ぶからに他ならない。


*
*


“きょーこちゃん”

蓮がかつて夢現に名前を呼び、幸せにはなれないのだとあんなに苦しげに言いながらも想っていた4つ年下の女の子

想いを告げられた時に思い出さなかったと言えば嘘になる。

だが、キョーコは差し出された手をとった。
蓮の心に燻り続けているであろう想いを見て見ぬふりをして、甘美な夢を見ることを選んだのだ。


蓮はキョーコを想ってくれていることは確かだろう。
交際に是と頷いた時に見せた心底ほっとしたようなそして少年のような笑顔も、初めて手をつないだ時の少し震えた手も、2人きりでいるときに見せる寛いだ表情も、演技とは思えない。

だが、あれほどに、苦しいまでに想う人を忘れられるものだろうか?
もし…もし…あの゛きょーこちゃん”が蓮の前に再び現れたら?


(…考えたって仕方ないのに)

また思考のループにはまっていた自分に気付いてキョーコは首を振った。
考え事をしながらアイロンをかけていたので、かえって変な皺が寄ってしまったことに顔をしかめてやっつけにかかる。
そもそも、いくら蓮の共演女優の名前を呼んだからと言って過剰に反応しすぎだ。

(岩菅さんはあの゛きょーこちゃん”じゃないのに。)

岩菅杏子の年齢は蓮より2つ下だったはずだ。


『お陰様で極東テレビは先日開局43周年を迎えることができました。昨夜のパーティは局の番組関係者や著名人を招いて華々しく…』

付けっ放しだったテレビから流れてきた声に顔を上げると、昨夜自分も参加していたパーティの様子が映し出されていた。お昼の番組には格好のネタらしくコメンテーターが着飾った芸能人たちのコーディネートについてあれこれと言及している。

『あ、こちらは「烈火の宴」にご出演の敦賀蓮さんと岩菅杏子さんですね。』
『もう2人並んでいるだけで華やかやなー。』
『もう敦賀さんのコーディネートに口を挟む余地はないですよね。かっこよすぎ!』
『気を付けてもらわなくちゃいけないところは、普通この着こなしはできないってことよ?その辺の兄ちゃんがしちゃったら服に負けちゃうわ』
『岩菅さんも上品なのに色っぽい!ええなー美人でスタイル抜群って。神様はずるいわ』

全くだ。
キョーコは自分の身体を見下ろしてため息をついた。

交際して3か月、蓮とはまだ身体の関係はない。
それが早いのか遅いのか、実はこっそりティーン系の雑誌で調べたこともあるのだがよくわからないままだ。
この春高校を卒業したとはいえ、まだ10代のキョーコを大事にしてくれているのだと思うが、もしかしたらその気になれずこの未成熟な身体の成長を待たれているのではと思うとなんとも不安になる。


「来てたんだ。起こしてくれればよかったのに。」

部屋の主が姿を見せた。

「昨夜パーティの後撮影があったんでしょう?お疲れなんだから眠れるときに寝ないと。」
「キョーコの顔を見れば疲れなんて吹っ飛ぶよ。」

すました顔をしてそういうと、キョーコの横に腰を下ろながら額にキスを贈る。

「おはよう」
「おはようございます。」
「何時ごろきた?」
「7時ごろです。寝室に顔出しててご挨拶しましたよ。」
「ほんと?なんで起きなかったんだろ。」
「熟睡してましたもん。」
「キョーコセンサーには自信あるんだけどなあ。」
「なんですかそれ。コーヒーいれましょうか?」
「んー。まだいいよ。」

まだ眠いのか少し気だるげにそういうと、蓮はアイロンが終わっていることを確認してキョーコの膝にポスンと頭を乗せ、そのままぼんやりとテレビを見ている。

「…俺ってそんなに老けてる?」
「は?なんです?いきなり。」

映っているのは昨夜のキョーコと野沢の姿。番組のゲストから『かわいい』『初々しいわね』なんて声が上がっている。

「野沢君って俺より1つ年下なだけだよ?なのにキョーコの同級生の役してる。」
「高校生やりたいんですか?」

それはちょっと無理があるような…こんな存在感ありまくりの高校生嫌かもしれない。

「そういうわけじゃないけど…この番組でもパーティ会場でもお似合いって言われてるじゃないか。」
「そりゃあ共演してますから。今回は服装もイメージ合わせましたし…お似合いって言われたいんですか?」
「そりゃ出来る事なら言われたいだろ。」

当然のように言われた言葉に少し照れながらうつむくと、こちらを見上げる蓮と目がばっちり合った。それと同時に2人の間にある2つの小山のあまりの貧弱さも再確認できる。

「…敦賀さんが老けてるとか老けてないとかそういうことじゃなく、私が子供っぽいんですよ。」
「キョーコが?キョーコは年相応だよ。俺なんか二十歳そこそこから20代後半の役だったし…昨日も社さんに愚痴ったら「確かに2人が並ぶと犯罪の匂いが少しするな。犯罪者はお前だけど。」って言われたよ。」

思わず吹き出すと拗ねた顔がテレビのほうをぷいっと向いた。その様は敦賀蓮らしさの欠片もなく、可愛らしくて頭を撫ぜ撫ぜしてしまう。相変わらずのサラ艶髪だ。
いつの間にかテレビの話題は変わっていて、『今日のイチオシスポット!』とコールがかかった。

「…来月のオフ。」
「え?」
「来月、オフ重なってるよね。覚えてる?」
「それは勿論。」

付き合って初めての2人そろっての一日オフ、とても楽しみにしていた。

「…世界一の朝ごはん食べに行こうか?」
「朝ごはん?」

話が読めず首をかしげているうちに蓮がむくりと起き上がった。その顔はひどく緊張している様子だ。

「この前、番宣でこのコーナーに出てただろ?」
「あ、ああ~。見てくださったんですか。」
「うん。VTRみて凄く歓声挙げてたよね。」
「あれは…。」

蓮とこんな素敵な朝食を囲む…そんな絵面を想像したからだなんて恥ずかしくて言えない。

「…だから行こうか?」

ひどく緊張してキョーコの表情をうかがう目
そこでようやく意味に気付いた。
世界一の朝ごはんを食べるためにはそのホテルに宿泊するわけで…

「あ…。」

自分の肌が朱に染まっていくのがわかる。

固まったキョーコをみて蓮が慌てたように言った。

「キョーコがまだって思うなら一緒に眠るだけでもいいよ。ちゃんと待てるから。無理はしないで。その朝ごはん食べたキョーコの笑顔を最初に見たいって思っただけで…。」

そっと蓮のシャツの袖口を掴んで首を振った。

「行きたいです。無理とかじゃなくて……敦賀さんと…。」

やっとそういうと意味は伝わったようだ。そのまま蓮の胸に引き寄せられる。

「よかった。キョーコは歩く純情さんだったから…厭らしいとか引かれたらどうしようかと思ってた。」

また小さく首を振って気持ちを伝ると拘束が強まった。

「すごく、凄く嬉しい。楽しみにしてる。」
「私も…あ、朝ごはんバイキングだったんじゃ。」
「大丈夫。ルームサービスもあるらしいよ。」
「そうなんですか。よかった。」
「まあ、バイキングでも大丈夫だと思うけどね。みんな食べるのに夢中そうだし。」
「敦賀蓮人気を甘くみちゃいけませんよ。」

くすくすくす…と笑っていると蓮が耳元で内緒話のよう尋ねてきた。

「今日は…少し触れていい?」

キョーコは再び頷くと、蓮のキスが降ってくるのを待つために目を閉じた。


(続く)


こんな2人は午後から仕事。
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Re: まってましたー。

>SAILEE様
携帯には残っていたものの再コメ嬉しいです。ありがとうございます!!!

逃避行、前編はどこでどう逃げるんだ?って感じですよね。ちゃんと逃げます(笑)。1人か2人かは公開までのお楽しみってことで。結構べたな展開ですよ( ̄▽+ ̄*)?

闇色では基本受け身の王子ですがそろそろ動き出してもらわねば困りますね。
キョーコちゃんは待ちきれなくなったら自分から飛び込んできそうです(笑)

2016/09/02 (Fri) 04:58 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

まってましたー。

おかえりなさい。
コメントを消してしまったとのことなのでもう一度
同じ内容になりますが書いておきます。

いつも楽しくお話拝見しています。
今回の逃避行は二人で逃げるんでしょうか?
続きがたのしみです。

闇色も続きがきになります。
とっても不安をあおるようなところで終わっているので
→続き読ませていただきました。
 キョーコさんはいつまでも待っててくれると思いますが
早く現状を打破してほしいです。

2016/09/01 (Thu) 10:50 | SAILEE #- | URL | 編集 | 返信

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