2016_09
05
(Mon)11:55

世界一贅沢な-2(逃避行の為の習作3)

結構べたな展開で…

2016/9/5



「あ、キョーコちゃん、ええ香り。ラベンダー?」

同室の女芸人リンコからの指摘にキョーコの心臓はどきりと跳ねた。
キョーコは「やっぱきまぐれロック」スペシャル番組のロケの為に昨日から大阪に来ている。昨日一日と今朝も早くから坊の姿で走り回り、なんとか撮影を終えてシャワーを浴びたところだ。

「最近使ってるボディクリームの香りなんですけど…匂いキツくないですか?」
「ううん。全然。間近じゃないとわからへんし、ごっつい癒されるわ。それくらいの香りがちょうどええよ。保湿のため?」
「ええ…まあ。」
「うちらの仕事は冷房ガンガンだったり、カンカン照りの下だったりって肌酷使してまうもんね。でも暑いからどうしてもベタベタする感じがしてついつい怠ってしまうんよ。偉いなあ。流石女優さん。」
「女優…なんて立派なもんじゃないですけど。」

蓮とのお泊まりの夜に備えて肌を磨くため…などどいう不純な動機で奮発したボディクリームなだけにキョーコは少々苦笑してしまう。

「立派な女優さんやん。太陽君と共演やで?彼女の役やで?視聴率も好調やし、うちも毎週見てトキメキもろてるよ。」
「ありがとうございます。」
「こんな売れっ子女優さんがいつまでも着ぐるみ着てるってのが驚きやけどね。」
「あははは。」

最近は演技の仕事がほとんどだが坊の仕事は続けさせてもらっているが、演技の仕事が増えるにしたがって拘束時間が長いバラエティーはスケジュール的にキツイ上に、名前も一切出ないとあって最近では椹に卒業を打診されている。

(…その前に敦賀さんに言わなきゃいけないんだけどな。私が鶏でしたって。)

交際を始めてからは、きまぐれの仕事の時はタイミングよく蓮がロケだったり海外だったりしてなんとか誤魔化せてきた。だが、今や堂々とキョーコのスケジュールを把握できるようになった社からは疑問を持たれているらしく、椹も「スケジュール見せるたびにこのバラエティって何ですか?って突っ込まれるんだよ。」と泣きつかれているのだ。
だが、どんな顔をして蓮の相談に乗っていた鶏が自分でしたと言えるだろう?

そして何より…怖いのだ。
坊の正体を蓮に話せば当然あの頃の話をすることになる。
蓮がこの世のどこにいようと幸せにはなれないと苦しみながらも想い続けていた゛きょーこちゃん”を思い出すのが。胸の残り火が大きくなってしまうのが。




■世界一贅沢な-2(逃避行の為の習作3)



「プロデューサーもさ、京子ちゃんがすっかり売れちゃったもんだから、使える今のうちにガンガン使っちゃえって感じだやんね。坊が京子でしたって公表されたらきまぐれの視聴率が上がるって目論んでるの丸わかりやん。こんな暑い中大阪ロケにまで引っ張り出して外を走り回らせてさ。事務所通じて抗議してやったええねん」
「あはは…仕事いただけるなんてありがたいことですから。」
「もう、ほんまにお人よしなんやから。」

苦笑しながらもリンコは持参していたスポーツドリンクを差し出してくれた。

「まあ明るくなる前からのスタートだった分昼になる前に終わってよかったわ。熱中症で京子ちゃん倒れるんじゃないかとかとヒヤヒヤしたんやで。しっかり水分とらないかんよ」
「ありがとうございます。」
「うちはこのまま難波の劇場で仕事入ってるんやけど、京子ちゃんは東京帰るん?」
「はい。」

キョーコは自分の荷物を片付けながら元気にうなずく。これから明日明後日とオフをもらっている。ドラマの撮影で長野に行っている蓮と明日の夜合流して例のホテルに2泊する予定だ。

(明々後日はホテルからお仕事向かうなんて…すごく破廉恥だけど…)

だが後ろめたさよりもトキメキやドキドキの方が勝っている。すでに2人の交際を報告しているだるまや夫妻にもオフを蓮と過ごすことは伝えてあるし、今日は東京に戻ったら蓮のマンションでお泊まりの準備をしようと思っている。

(貧相な身体は身体なりに出来るだけ…)

「京子ちゃん、顔赤いで?やっぱり熱中症…・」
「大丈夫!大丈夫です。」

リンコが言葉を続ける前にドアがノックされた。顔を出したのは彼女のマネージャーだ。話が中断されたことにホッとしながら荷物をまとめていると、携帯には蓮からの着信。それも何度か。社からも一度着信がある。何かあったのだろうか?と少し不安になるがリンコ達の前では電話はできない。

「あ、買ってきてくれた?」
「どこも売り切れでコンビニ3軒回ったわ。」

そう言いながらリンコのマネージャーが差し出すビニール袋に入ってるのはどうやら雑誌のようだ。

「暑い中おおきに。おつりで好きなもん買うて」
「好きなもんって…小銭やんけ!」

芸人ばりの突っ込みをいれるマネージャーを放置してリンコはいそいそと袋から雑誌を出し、部屋のテレビの電源を入れ手早くチャンネルを変える。

「朝の芸能ニュース見てから気になってたんよ。」
「芸能ニュースですか?」
「京子ちゃん、うちより入りが早かったから見てないんやんな。これよこれ。」

広げられた雑誌の一面を飾るのは…


どこぞの店先で岩菅杏子の肩を抱く蓮の姿


そして計ったようなタイミングで聞こえるテレビからの声

『では杏子さんの事務所は?』
『あの事務所は放任ですからね。今回も「大人ですからプライベートは本人に任せています」とコメントしています。』
『否定しなかったってことですか?』
『否定しなかったというより本当に把握してないんだと思いますよ。』
『ええ?はっきりしないなあ。』
『敦賀さんと杏子さん、お似合いの2人ですよね。もし本当ならビックカップルの誕生ですよ。』
『行方さんから見てどうなんですか?』
『杏子さんが敦賀さんに熱心にアピールしてるのは結構有名な話でしてね。…』


「あーあ、杏子に持っていかれたか。美人やもんなあ。」
「敦賀蓮がリンコを選ぶことはないから安心しとき。」
「うるさいなあ。分かってるわ。京子ちゃん、敦賀さんと同じ事務所やんね。何か噂聞いてたりすんの?」

キョーコは精一杯の微笑みを作って首を横に振った。

*
*

挨拶を済ませてホテルを出ると、一番近い地下鉄御堂筋線の改札をくぐる。大阪の地下鉄のことはよくわからないが、梅田でJRに乗り換えたらいいだろう。

お昼時とはいえそれなりに混雑した車両の中でもその名前は耳に入る。

「杏子かあ。なんかちょっとがっかり。」
「なんでぇ?杏子素敵やん。Manyのカリスマモデル時代から私好きやったよ。」
「やっぱり蓮もあんな超美人みたいなのが好きなんや~と思うとガッカリやん。」

「杏子、結構気が強そうだよね。続くと思う?」
「続かないに10000点。」
「私もー。」
「えー、私は杏子に出来ちゃって結婚するに10000点。」
「それやだ。でもありそう。」

「なあ、聞いた?敦賀蓮と岩菅杏子」
「ああ、今朝の芸能ニュースでやってたなあ。でも俺岩菅杏子って知らんわ。」
「ほら、あんた飲んでる発泡酒のCM出てるやん。」
「ああ!あの浴衣で「お帰りなさい」か!あれはいいな。色っぽくて。お前もやってみてや」
「毎日家で浴衣なんか着てられるわけないやん。」
「そやなー。そうかあの美人か。分かるわかる。あれなら敦賀蓮が選んでもわかる。」
「わかるよねー。私杏子ファンやからめっちゃ嬉しい。」

好意的に、否定的に、皆思うままに話す車内の会話。これだけ話題に上るということが蓮の知名度と影響力の高さを表している。

本町のホームに電車が滑り込むタイミングで携帯が震えた。
今日何度目かの蓮からの電話だ。

キョーコはトランクを手に急いでホームに降り立ち、通行の邪魔にならない場所を探しながら通話ボタンを押した。

『キョーコ?』
「はい。すいません。何度もお電話いただいてたのに出れなくて。」
『いや、いいんだ。仕事だったんだろ?今日は何の…いや、そんなことじゃなくて…見たよね?報道。』

彼らしからぬ焦った口調

「はい。…さっきですけど。」
『違うからね。』
「わかっています。先日現場の皆さんとお食事行かれた時の写真ですよね。」

そう、杏子を含めた共演者やスタッフと食事に行ったことは蓮からちゃんと聞いていた。ついでに言えば酔った杏子が蓮に倒れ掛かってきたは絶対わざとだと社が憤慨していた。
だから、週刊誌の写真を見たときにすぐにわかった。その時の写真だと。まるで関係ない人のように左半身がトリミングされている隣のスーツ姿の男性が社だということも。

電話口の蓮からホッとした気配がする。

『よかった。万が一にでもキョーコに誤解されたらどうしようかと…。』

ゴゴゴゴゴ…と唸りをあげて難波方面に向かう車両が到着する。
扉が開いたと同時に乗客の乗り降りでホームは一気に騒がしくなった。

゛本町、ほんまちー。中央線は乗り換えです。”

『あ、移動中だった?ごめん』
「電話出る前に下りましたから大丈夫です。」

改札へ向かう人たちからも聞こえる。その名前。

「蓮と杏子って今回が初共演やっけ?」
「んー、多分。杏子ってもともとモデルやんな」
「そうそう。蓮もモデルやってるからその関係でも接点あったりするのかも。」


杏子さん

杏子

きょうこ


聞こえてくるその名前がキョーコの心をかきむしる。


゛きょーこちゃん”


そう蓮が呼んだあの人が近づく足音が聞こえるようで

ひたひた、ひたひた、ひたひたと


蓮の今の想いは信頼している。

でも

でも

きょーこちゃんと蓮が並ぶその日も、こんな風に皆の口から聞くのだろうか?



怖い



恐怖を抑え込むために歯を食いしばる。

『キョーコ?』

蓮に気付かれてはいけない。努めて明るい声で返事をしようと電顔を上げると、その視線の先には色鮮やかなポスター。


゛沖縄deパック 往復船で行く沖縄 3泊4日5泊6日の旅 船でゆったりと沖縄の自然と文化に癒されませんか?”

エメラルドグリーンの海と白く大きな船の姿

今キョーコが立つ喧騒に溢れた世界とは全く別に見えるそれ。


『キョーコ、どうした?』
「…世界一の朝御飯、流石に無理ですね。」

今日の明日で噂の渦中の人が別の女性とお泊まりなんてできるはずがない。暫くは2人きりで会うことさえ出来ないだろう。

『あ…うん。今回は…。本当に。ごめん…。でも必ず近いうちに』
「気にしないでください。時間できましたし、私ちょっと旅に出てきます」
『え?旅?』
「明々後日のお仕事までには必ず戻りますから。心配しないでくださいね!」
『え?ちょ、ちょっとキョーコ』
「お仕事頑張ってください」

強引に通話を終わらせて、素早くポスターに書かれていた番号に電話をかける。
週に1日しかないその船便はちょうど今日が出発日だった。沖縄までのチケットの予約を入れてそのまま電源を切り、地下鉄とニュートラムを乗り継いで南港のフェリーターミナルに向かった。

その途中でも、乗客の会話から、手にしているタブレットから、流れ出るキョーコの想い人と゛きょうこ”の名前

その名前から

そこから連想してしまう
゛きょーこちゃん”から、蓮が彼女を選ぶ未来から


キョーコは逃げたのだ。


(後編に続く)
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コメント

Re: ついに

> まじーん様
ついに逃亡しました!(笑)
電話の向こうで呆然と立ち尽くす敦賀さんが見えるようです。まだ状況理解しておらず何が起こったかよくわからないのでしょうが。自慢の足も船の上に逃亡されたら役に立ちませんしね( ̄▽+ ̄*
残り1話になる予定です(たぶん…無計画ですけど)勿論ハッピーエンドですとも!!!

2016/09/09 (Fri) 04:37 | ちょび | 編集 | 返信

ついに

キョコさんの中の「恐れ」が、見ないふり気づかないふりでは済まないレベルになってしまいましたねー。

残り1話ということは、逃避行の先の未来はそうおかしな方向にはいかないのでしょうけど、そこに至るまでのキョコさんの心は悲鳴を上げ続けていそうですね。

後編でどうなるのか。楽しみにしてます。

2016/09/05 (Mon) 17:06 | まじーん | 編集 | 返信

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