2016_09
21
(Wed)11:55

世界一贅沢な-3(逃避行の為の習作3)

はい、ごめんなさい。
間が空きすぎた上に、ちょっと後編が長すぎたので分割しました。

なるべく早くラストを公開できるように頑張りまーす。


2016/9/21





ゴトン


「私、杏子はさ、貴島秀人狙いかと思ってた。」
「ああ、学園物のドラマで共演してたよね。あれなんてタイトルだっけ?」

自動販売機からお茶を取りだすキョーコの耳に聞こえてきた声


キョーコは苦笑した。


恋人は日本で知らぬ人がいないほどの有名人だ。
彼が初のスキャンダルで芸能ニュースを騒がせている今、この国の中でどう逃げようとその名前を全く聞かぬ事など難しいだろう。
例えば、ほら、ベンチに座る中年男性が読むスポーツ新聞にだって大きくその名が躍る。

どんなに逃げたって無駄なのに。

たとえ蓮を知るものがいない地に逃げたとしても何の解決にもならない。


本当に怖いのは蓮の胸の奥底にそっと大事にしまわれた想いなのだから。



でも、もう遅い。

船は港を出てしまった。



世界一贅沢な-3(逃避行の為の習作3)




「パンどこで食べる?」
「天気いいなら甲板で食べようよ。電子レンジでパンあっためてさ」
「あーそれいいね。」

女子大生だろうか?はしゃいだ声で目が覚めたキョーコはのそりと起き上がる。
時計を見ると、7時過ぎ。キョーコにしてはずいぶんと寝坊したが今日は一日船の上、仕事もだるまやのお手伝いもない。

洗面台で顔を洗って、この2晩の寝床である部屋を見渡す。2段ベットが2つ並んだ2等寝台は先ほどの女の子3人組が出て行ってキョーコ一人だ。

(奮発してこの部屋にしてよかった)

雑魚寝の和室に比べたら高かったが、女の子だけの4人部屋だったと聞けば心配性の恋人も少しは安心するだろう。
そう考える自分にまた苦笑いだ。

(あんな電話の切り方しといて…)

あれで心配するなというほうが無理だろう。
いや、もしかしたら心配を通り越してあきれ果てているかもしれない。

(これが決定打になって、きょーこちゃんが現れる前にお別れ言われたり…)

どんどん悪くなっていく妄想を首を振って打ち消した。
どんなに考えたところで、次に下船できるのは奄美諸島、たとえ下りたところでもう夜遅くでどうしようもない。腹をくくって明日の朝那覇神港に降り立つのが一番効率がいい。

先ほどの女の子たちをまねて朝ごはんのパンを電子レンジで温めようと、乗船前に慌てて駆け込んだコンビニの袋を漁る。
正直食欲は全くない。パンを咀嚼するのも面倒で、まだ一度も口にしたことのないなんとかインゼリーとやらですましたいところだ。

(いつも食事は大事って説教してるくせにね)


気が付けばこんなにも蓮は自分の奥深くに入り込んでいる。
人間の三大欲求の1つだという食欲さえ左右する程に。


*
*

(…こんなに何にもしない時間って私の人生にあったっけ?)


甲板の日陰に陣取り、壁を背に座り込んでいるキョーコはぼんやり思う。

小さいころからショータローの実家のお手伝いに走り回り、そのあとはバイト三昧、そして高校を卒業した今も仕事やだるまやのお手伝いに走り回ってきた。
蓮と付き合うようになってから、ただ座って2人でのんびりDVDを見るなんて時間もできるようになったが、それでもその前後は食事を作ったり洗濯をしたりと蓮に止められてもくるくると働いている。

今日だってもしあんな報道がなければ、長野でのロケから帰る蓮を待つ間彼のマンションでお風呂を磨いたり、シーツを洗ったりと大忙しだっただろう。
そして、明日は世界一贅沢な朝ご飯を2人で…

ぶんぶんと大きく首を振って妄想を打ち消し、膝の上で形だけ開いていたドラマの原作本を閉じた。

こんなにも海と空とをじっくり眺める時間など、これはこれで贅沢な話だ。貧乏性なのだからどうせながら堪能しなければもったいない。
甲板をウロウロする前に日焼け止めクリームを塗りなおして来ようと、キョーコは立ち上がった。


*
*


何もすることがない船上生活だが、じっくり眺めているとわかる海や空の変化はキョーコをメルヘンの世界に連れて行ってくれたし、自然と耳に入る声から見える人間模様も面白い。

まだ夏休みが終わっていないのか、大学生らしき若者が多く、恋人同士の甘い囁き、ガールズトーク、サークル内の恋のさや当て、たいして耳を澄まさなくても聞こえてくるそれは十分に娯楽要素に満ちている。

行商にでも行っていたのだろうか?大きな荷物を抱えたおばあちゃん達が話す島言葉は柔らかく温かい。


「あれ!あれ見て!!!」

バイト先のありえない店長についての不満を申し立てていた女の子が突然声を張り上げた。キョーコも思わず彼女が指差す先を追った。

「え?何か飛んでる?トビウオ?」
「大きさも形も全然違うやん!イルカ!イルカやって!!!ほら!また跳んだ!」

別のほうからも声が上がる

「あ、あっちも!」


海原を躍動するイルカ達

水族館でも1度か2度しかイルカを見たことがないキョーコの目はもう釘づけだった。


暫くして姿を消した彼らにまた会えないかと、必死に目を凝らしていると船首の方角にいる一団からまた声が上がる。

「見てみて、あっち!!」
「うわ!色、全然違うやん!!!

慌てて視点を動かすと、蒼い海があるところから翡翠色を帯びている。

「潮目っていうの?凄い!全然色違う!」


(本当…全然違う…)


南国の海の色だ。


思わず横を向いたキョーコはハタと動きを止める。

自分は今、何をしようとした?

見上げた視線の先に何を探した?
その開きかけた唇は一体何をするつもりだった?


(伝えたい…)


同じ海のはずなのにくっきりと表れた境界線、それが見えた感動を。
その先に続く南の島への期待を

伝えたい。
共有したい。

誰に?
一番最初に伝えたいのは誰だ?


見上げた先に誰を思った?


そんなの…ただ1人だ。

世界一贅沢な朝ご飯が並んだ食卓の向こうに想像した、誰より、誰より愛しい人


キョーコは手すりをぎゅっと握りしめた。


*
*


あたりが暗くなり始めてからも、じっと海原を見つめ続けるキョーコの後ろを3,4人のグループが通り過ぎる。

「こういう時間もええけど、ネットつながらないのが不便やわ。」
「そりゃ仕方ないやん。海の上やねんから。圏外やって。何?誰かに連絡でもとりたいの?」
「違う違う。蓮の熱愛報道、その後が気になってさ。」
「え?あんたファンだったっけ?」
「悪い?あんなええ男やもん。しゃーないやん。」
「私、昨日最後にみたネットニュースで見たよ。蓮も事務所も否定してた。」
「ほんま?よかったー。蓮にはさあもっと…。」



船内に消えていった声にくすりと笑う。


そう

彼は極上の男だ。

この国では知らぬほどがいないほどの



信じられないが、その人が自分を好きだと言ってくれた。
そんな幸運、続くはずがないと心のどこかで怯えていた。


当たり前だ。

そんな極上の男、ただじっと怯えて縮こまっているだけじゃ手に入らない。



(闘わなくっちゃ)

外見もない面も大して誇れるものなどない。
自信があるのは根性だけ。

ならその持っているど根性で、心と体を磨きに磨いて
闘わねば



蓮のそばにいる幾多の大輪の花たちと

心の奥底に秘められた想い人と

そして何より己自身と



相手は強敵だ。

勝てないかもしれない。ボロボロになるかもしれない。

でも、きっとそのほうが自分らしい。


(4終話に続く)
関連記事
スポンサーサイト

コメント

Re: はじめまして

> じゅんこ様
お返事遅くなりました。そして初コメントありがとうございます!!!
こうして初コメいただけると、「あ、こんな風に読んでくださる方がネットの向こうにいるのね」とジーンときてます。

「世界一…」のキョーコちゃんは悶々としてますよねえ(^^;)
でも私の中の蓮キョはお互いをよく見ているのに、肝心かなめなとこを見てないっていうイメージなんですよ(笑)だからこそあのジレジレとした恋愛模様を楽しませていただいてるのですけど( *´艸`)

理想の夜現実の朝も大好きって言っていただけて嬉しいです。B.P.Dで結構書いたせいか割と満足しちゃってるのですが、本誌の2人はもっと面白い結末を迎えるはず!だって中村先生ですから♬

2016/09/29 (Thu) 10:55 | ちょび | 編集 | 返信

はじめまして

はじめましてじゅんこと、申します。以前から、ずっと読ませてもらってるのですが、初めてコメントさせてもらいます。30代主婦です。主さんのお話で、「理想の夜、現実の朝」が大大大大好きで何回読んでも飽きません。原作も早くこんな展開にならないかなぁと今か今かと一人妄想してます(*^^*)
後半編待ってました。とりあえずキョーコちゃんは、蓮さんにもう少し分からない事があれば、聞けばいーのにー(^_^;)))と思う今日この頃。でもなかなか難しいよねぇ…うんうんって一人考えて納得してます。
次回をまたまた期待してますね。
先程行った理想の夜、現実の朝の続きの続きなどお時間ありましたら、また見たいなぁなんて思ってます。ボクサーパンツ編と重なってたと思いますが、それ以降も短編でちょい出しなんて嬉しいなぁと(^.^)
何とぞよろしくお願いいたします(笑)
これからも、更新待ってます。

2016/09/21 (Wed) 14:02 | じゅんこ | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント