2016_12
01
(Thu)11:55

理由-1(逃避行の為の習作4)


プロローグは短すぎたため久々の週2更新です。

2016/12/1




「誕生日、どこか行きたいところある?」

そう尋ねたのは、付き合って2か月ほどたった夏の盛りだった。



■理由-1(逃避行の為の習作4)



随分気が早いですね。とキョーコは言わなかった。同じ業界で生きている彼女は自分のスケジュールをマネージャーの次に把握していたから。夕食後の後片付けの手を停め、ほんの少し眉を寄せてこちらを見上げる。

「大丈夫なんですか?」
「飛行機でいくようなところは無理だけど…」

4か月以上先のこととはいえ、どうしても動かせない撮影が25日の深夜に入っていた。監督のこだわりで深夜の公道を封鎖して行われるそれは主演とはいえ蓮が異議を申し出れるはずもない。そもそもその日に設定される要因の1つに蓮が最近海外での仕事が増えたせいもあるのだ。

だが、せっかくの彼女の二十歳の誕生日、しかも交際を始めてから初めて迎えるその日にはキョーコをとことん甘やかせてあげたかった。

少し俯いたキョーコが吐息を漏らすのに気付いて焦る。

付き合ってからも、自分の仕事は前と変わらず分刻みのスケジュールだ。デートといってもいつも仕事帰りのドライブか、この部屋で過ごすだけ。一日だけまるまるオフだったその日はキョーコが喜ぶだろうとテーマパークに出かけたが、交際を公表していない2人は完全な変装をせざるを得なかった。そうなると彼女の性格からいってとことん役を演じきってしまうのはお約束で…。

せめて誕生日くらい、そう思ったのにこの様だ。24日もてっぺんとまでは言わなくても遅くまで仕事なので大して遠くへは行けないだろう。こんな待たせるだけのつまらない男に幻滅したりしないだろうか?

「キョーコ。ほんとに…。」

蓮の表情をみてキョーコは慌てて手をふった。

「違うんです。嬉しいなあってほっこりしただけですよ。」
「…ほんとに?」
「もう、ほんとですって。そういうとこ敦賀さんってホントに」
「ねちこくて悪かったね。」
「まだ言ってません。」
「まだっていうつもりだったんじゃないか。」

ぎゃーぎゃーと犬も食わないような喧嘩漫才を繰り広げられてホッとする。最後のお皿を片付けたキョーコはエプロンを脱ぎ、そうだ!と声を高くした。

「海。」
「え?」
「海に行きたいです。」
「海?今じゃなくて?」

こくんと頷くキョーコの目がキラキラと光る。

「冬の海岸歩いたことないんです。」
「かなり寒いよ。大丈夫?」
「その寒さを体感してみたいんです。あったかい格好して行きますから。」
「じゃあ、そうしようか。キョーコの初めてがまたもらえて嬉しいな。」
「なんだかいかがわしい内容に聞こえるからやめてください。」

別に間違っちゃいないよ。と上機嫌に言いながら蓮は皿洗いで濡れた手を拭き、つかんだスマホに検索をかける。

「あ、ここ。どうかな。外房とは思えないほど水が綺麗で、人が少なくて穴場だって。冬の海がきれいって口コミにあるよ。」

画面には鮮やかな花浅黄の海

「うわ。冬の海の色ってもっと暗いのかと思ってました。綺麗ですね。外国みたい。」
「うーん。天気にもよると思うけど…気に入ったのならここにしようか。」
「はい!」

元気よく返事をしたキョーコは何か思い出したようだ。

「そうだ。ちょっと下のスーパーに行ってきます。卵切れてて。」
「俺も行く。」
「でも…。」
「もう遅いし、1人でなんか行かせれないよ。」
「下のスーパーなら大丈夫ですよ。」
「ついていきたいから。」

そう言い切ると、蓮はキッチンの入り口にかけてある小ぶりのエコバックを手に取った。

「買うの卵だけ?」
「うーん。後は細ネギとほうれん草…くらいです。」
「じゃあこの大きさで大丈夫だな。」

行こう、と促して玄関ドアをくぐり、エレベーターに向かって歩き始める。いつものように蓮の手がキョーコのそれをとらえたが、いつもその瞬間少年のように胸が高鳴る自分がくすぐったくもなんだかおかしい。

まだ世間に関係を公表していない2人がそうするのは、このマンションの建物内かもしくは完全な別人に変装した時だけだ。

本当は堂々と歩きたい。
そんな風に願うのは自分だけだと思うと少し寂しいが、己の想いがひどく重苦しいのは自覚している。同じように想ってくれとはとても言えない。

キョーコがつないだ手にきゅっと力を込めた。

「敦賀さん。」
「ん?」
「本当は別に理由があるんです。」
「理由?なんの?」
「冬の海に行きたい理由です。」

あのですね、とキョーコは照れたように笑う。

「寒くて人気のない海なら、こうやって手をつないで歩けるかなあって…。」
「え…?」

ちょっと困ったようなはにかんだ笑顔

「公表するの待ってくださいって言っといて…公表はまだ勇気が出ないんですけど…でも、外でもこうやって歩けたらなあって…。」

ちょっと厚かましいですか?そう見上げる目にプルプルと首を振った。

「そんな風に思ってくれて嬉しいよ。」
「ほんとですか?」
「公表のことはゆっくり考えてくれればいいから…。うん。こうやってゆっくり歩こう。寒いからお弁当とかは無理でも、海を見ながらあったかいコーヒーとか飲んだり。」
「あ、いいですね。」

すっごく楽しみです。そう笑うキョーコに己も笑顔で応えながら、内に広がる幸福感に酔った。


自分が想うようにキョーコが想ってくれていることに
しかもそれを誕生日なんて特別な日におねだりしてくれたことに。


何よりキョーコの笑顔が嬉しくて  


この幸福を逃さないようこの手を離さないよう



そう思っていたはずなのに…


*
*



あの日から2年と4か月


社長から借りた車を降りた蓮の目に映るのは、あのスマホの画面でみたのと変わらぬ花浅黄色の海
まだ朝も早いために、駐車場にあるのはこの車とトイレ棟近くに停められた自転車が一台だけ。それを横目で確認してから、砂浜を伺う。


案の定、先客がいた。


あれから3度目の誕生日



キョーコは一人あの約束の海岸を歩いていた。


(2に続く)
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