2016_12
23
(Fri)11:55

理由-4(逃避行の為の習作4)

2016/12/23





「お疲れ様でした。社さん」
「いや、遅くにごめんな。明日も仕事になったのに」
「お願いしたのは俺ですから。」

深夜の自宅マンション


事件の後、意識ははっきりしていたキョーコのたっての希望もあり、映画の上映と舞台挨拶は彼女抜きで予定より1時間遅れて開催された。警察から事情を聴かれたりする時間もあって、その後に予定していた雑誌の撮影の予定を変更せざるを得なかったのだ。
キョーコのいない休日など価値はない。

「ごめん。キョーコちゃんの容体については電話で報告した以上のことはないんだ。」
「分かってます。聞きたいことは他にあるんです。」

病院に付き添ってくれ、その後事務所で情報収集に努めてくれた社の話を聞くべく、蓮はリビングへと促した。



■理由-4(逃避行の為の習作4)




「キョーコちゃん気丈に振舞っていたよ。」

流石女優だな。と微笑む社の気遣いに目を伏せる。我慢強い彼女がどれほどの不安に耐えているのかと思うと胸がよじれそうになる。今すぐにでも病室に駆けつけて傍にいたいが、あれだけのショッキングな事件に病院周辺はマスコミが囲っている。いくら共演している事務所の先輩としても若い女性の病室を深夜に訪問など出来るはずもない。

とりあえず、今は社に聞かなければならないことがある。


「…犯人…」
「え?」
「あの女…俺のファンですよね?」

絞り出した声に社がピクリと反応した。

「…気付いていたのか。」
「ええ。よく出待ちしてましたし、イベントでも前の方にいるのって割とメンバー固定されてたから顔もなんとなくは記憶してたんです。」

そうか…と社は暫し考えた後に顔を上げた。

「すぐに報道もされるだろからな。そうだよ。お前のファンクラブのメンバーだ。ここからはオフレコだけどロティスのメンバーでもある。」
「ロティス?」
「ファンクラブの中の上部組織。」
「…なんですか?それ?」

ファンに序列をつけるというのか?しかも事務所公認のファンクラブで?

「ロティスは公的な組織じゃないよ。あくまでファン内輪での序列だ。」

蓮ファンクラブが正式に発足するまでの私的なグループがその元で、蓮が芸能活動を始めてすぐからのコアなファンである彼らは一目置かれる存在なのだという。

「ファン同士の自主規制ルールを決めたり、イベントで混乱しないように誘導したりしてくれることもあって事務所的には黙認してたみたいだな。15人くらいのメンバーのうち2,3人発言力がいる子がいて、なかなかの統率力らしいんだ。一般のファンから特に苦情もなかったし。お前のマンションとかの周りをファンがうろつくとかほとんどなかったろ?あれも彼らのルールが徹底していたみたいだ。」

事件後そのロティスのメンバーに聞いた話だけど、と社は続ける。

「お前とキョーコちゃんの交際をロティスや一部のファンは早々に把握してた。」
「……。」

それ自体は別に驚くことでも何でもない。今時芸能記者だって重要な情報網の1つにファンのSNSがあるほどなのだから。

゛私達は暖かく見守ろうって話になったんです。京子ならまあいっかって。”

蓮はもともと大人のイメージで売っている。芸能界でデビューして9年近く、浮いた噂がまるっきり出なかったのが不思議なくらいだ。そんな蓮が事務所の後輩京子に目をかけていることは結構有名な話だったし、演技の幅を広げたダークムーンで共演し、京子自身演技に定評のあるしスキャンダル未経験だ。彼女たちのお眼鏡にかなったのだろう。

゛デビューしてずっと応援してきた私たちは一番の理解者でなきゃいけないってよく言ってたんです。蓮との秘密共有してる感じしたし。”

交際に関しては語るのは会員限定のSNSのみ。暴露は絶対に許さない。

゛ロティスで決めたことは絶対守りますよ。破ったらバレるし、ファンクラブいられなくなるし。”


「だけど…納得してない者がいたってことですね。」
「…そうだ。」


゛珍しいなって思ったんです。おとなしくていつも話を聞いてばかりのあの子が『蓮が誰かと付き合うなんて絶対嫌だ』ってはっきり言ったから。まあ結局は方針に従いましたけど”


「交際の暴露はできない以上他で愚痴もこぼせない。ストレスがたまったのかもな。」
「…だからって許されることじゃないでしょう。」
「勿論だ。」

ぎゅと拳を握りしめている蓮の肩を、立ち上がった社が軽く揺すった。

「あまり思いつめるな。すぐには無理でも、スケジュール調整して出来るだけ傍にいれる時間作るから。」
「すいません。お願いします。」

だが、社の優れたマネージメント力をもってしてもなかなかその時間は持てなかった。

容疑者が蓮のファンクラブの一員であることはすぐにマスコミに知れた。あんな凶行に及んでさえもいまだにロティス゛鉄の掟”を守っているらしい女は蓮とキョーコの交際については何も語っていないようで、事件は「過激なファンが相手役の女優に嫉妬した」ととらえられた。
だが当然のことながら、自身のファンが共演者の女優生命を左右する程の傷を負わせた蓮に世間は注目した。新しい事実が分かるたびに蓮にコメントを求め、始終記者が張り付いている。事件後すぐに゛敦賀蓮”として見舞いに訪れたが、キョーコが発熱していたため会うことも叶わず、プライベートで彼らの目を盗んで会いに行くなど不可能だった。

「キョーコ…食欲ないって聞いた。ロケで美味しそうなゼリー見つけたんだ。届けてもらうから。無理しない程度に食べてみて」

マスコミに囲まれる分、移動のロスが増え時間の余裕もなくなった結果、頼りの綱の電話だって直接話せることは皆無に近かった。
キョーコからのか細い声のメッセージはいつも蓮の体調と仕事を気遣ったものだった。

この際、交際を公にしてキョーコのもとに駆け付けるという選択肢だってあった。

だが躊躇った。

キョーコがそれを望んでいないから、事をさらに大きくしてしまうから、
それに何より…


己にその権利があるのか?そう何度も何度も自問した。

*
*

「説明。聞いてきたぞ。」

事務所でそう報告してくれたのは椹だ。
熱が下がり、容体が安定したキョーコの退院後を見据えて、状況と今後の治療方針について医師から説明があったのだ。

「最上さんの顔に薬剤が飛ばなかったのは本当に不幸中の幸いだったな。」

ちょうど瓶の口が下にくるタイミングだったのとキョーコが顔を庇ったことが幸いしたのだという。椹は上半身の人型を書くとマーカーで熱傷範囲を示した。

「位置は大体この辺り、残念だが痕は残るみたいだ。今後は形成外科と相談していく話になるらしい。」
「今は皮膚移植とか治療法あるんですよね?かなり目立たなくなるってネットで見たんですが。」
「皮下組織まで損傷してるから完全に綺麗にするとなると厳しいって話だったな。手術も一度では済まないみたいだ。」

椹と社の声を遠くに聞きながら、蓮はテーブルに置かれた紙に書かれた人型を見つめた。





『退院後は母のところに行くことにしました。』

その夜、久しぶりに繋がった電話でキョーコはそう教えてくれた。

「そう。だるまやのご夫妻は寂しいだろうけどそれがいいかもしれないね。」
『ええ。母が暫く休暇をとってくれるって言ってますし。』

客商売ではマスコミの攻勢を完全に防ぐことは難しい。弁護士である冴菜のもとが一番静かな環境かもしれない。

『今後のこともお話したいですし、退院後社長のお宅にお邪魔してから母の家に行こうと思ってます。』
「大丈夫?疲れない?」
『一度母のマンションに入るとなかなか出ていけないと思いますし、社長が「俺の家を隠れ蓑にしたらいい」とおっしゃってくださっているので。』
「そう…会いに行ってもいいかな?」
『はい。私も会いたいです。』


その言葉がとても嬉しくて…そして…怖かった。


手配してもらった車の後部座席に隠れて入った社長宅は案の定マスコミに囲まれていたが、入ってしまえばだれ憚ることなくキョーコと会うことができる。ただ、撮影が押した上に、カモフラージュの為に一度自宅に戻ったりと時間を喰ったために随分と遅い時間になってしまった。

「お疲れ様でした。」

眠っていたらしいキョーコの髪の左側の毛は少し跳ねていた。

「ごめん。遅くなって。」
「いいえ、私こそこんな格好ですいまんせん。」
「なんで?可愛いよ。そのルームウェア姿も。」
「でも、寝起き顔で…」

跳ねた毛が気になるのか、くしゃくしゃと髪を弄る。

「本当に可愛いって。」
「でも…。」

恋人という立場になれて、そんな無防備な姿を見れるようになったことがどんなに嬉しかったことか。
夜中に目を覚まし、暗闇の中感じる温もりと聞こえる寝息にどれほど心安らかになれただろう。

そっと、左の頬に手を伸ばした。

少しやつれたものの、相変わらず柔らかくきめの細やかな肌


「キョーコ、けがのこと…本当に…ご「敦賀さんが謝ることじゃありません。」」


ファン一人一人を選ぶわけにはいかないんですよ?そう微笑んだキョーコが髪を弄っていた手を蓮のそれと重ね合わせた。
ただ互いの温もりを感じあうだけの時間がゆっくりと過ぎる。

キョーコの指がなぞるように蓮の指に絡まって、一度ぎゅっと握りしめた後己の頬から引き剝がした。ベットの上で重なったままの2人の手を彼女はじっと見つめてる。

「社長から聞いた…引退するって…。」
「はい。すいません。相談もせず。」
「答え急ぐ必要はないんじゃないかな?。」

今後の手術の結果だってあるし、役を選んだり、舞台という選択肢だってある。

「社長さんも同じように言ってくださいましたけど、今と同じようにできない以上、一度引退してゆっくり考えたいんです。」
「そう…か。」
「素の最上キョーコに戻って一からやり直します。…だから…。」

離れていく、キョーコの手

「別れてください。」

「待って」そういいたい喉に何かが絡みつく。

言えるのか?自分に。その権利があるのか?



「おい!キョーコちゃんもう出たって本当か?!」

社長と話をしていた社が蓮が一人立ち尽くす部屋に飛び込んできた。

「芸能界やめるって…お前とも別れたって…どうして止めなかった?」
「……。」
「おいっ!お前それでいいのか?今お前がキョーコちゃんを支えなくてどうするんだよ!?」
「…俺」
「なんだ?」
「俺に…その資格あるんでしょうか?」



先日、椹が図を書いて示したそこは、あの美しい稜線を描いていた左肩とデコルテ、そして胸元
あの夏の日、ポスターを黒く塗りつぶしたいと願った場所そのままだった。


(ほら、お前の願い通りになったよ?)

頭の奥で誰かがそう囁かなかったか?

(一生消えないね?)


毎度刻んでいた印が、
己の歪んだ独占欲が、
染み出した。


そう思った。


かつて深い深い闇を抱えたままでもただ一つ人に誇れるものと言えば演技への情熱、それだけだった。

その演技を通じて、゛最上キョーコ”を作るのだと、そう願っていたキョーコの背中から羽をもいでおいて…どうして許してくれると言えるのだろう?置いていかないでくれと縋れるだろう?


彼女の皮膚を覆うそれは


己の罪そのものだ。


(5話に続く)






ああ…過去の駄作と流れが同じだよ…と私は私で嘆いております((笑)

キョーコちゃんの熱傷程度も2度にするか3度にするか…散々迷った挙句にぼやかし、俳優さんのファンクラブってそんなに活動活発なのか?そもそもファンクラブとかない人も多いんじゃ…とかそんな疑問もぼやかし…まるで今年一年の自分を象徴するように続きます。どうか最後までお付き合いのほどを。
関連記事
スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

Re: 俳優さんのプライベート

> まじーん様
ファンクラブという組織に今まで縁がない生活を送ってたので、想像を域を超えられないのですが、SNSでファン同士が連絡をとれると、数がいる彼らは対象の芸能人のプライベートを把握するのは結構簡単な気がします。
それを暴露したり、迷惑行為に走るファンの話も聞く一方で、ただ某俳優さんのお子さん誕生のお話とか聞く限り、ファンの方々はその俳優さんの願いをちゃんと聞いたり一致団結するところもあるのでしょうね。
リセットの理由をそろそろ敦賀さんに追ってもらわないと話が続かないので、お尻たたきたいと思います(笑)

2016/12/28 (Wed) 05:39 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

俳優さんのプライベート

ずっと張り付いていれば、自宅などはもうもろバレですものね〜。
あとは良識と自分こそが大好きなあの人を守るんだという意識がないと・・・
それがファンクラブ運営では良い方向で出ていたんでしょうけど・・・

大やけどの後、舞台であれば復帰できたのをそれもせず、一度全てを手放しリセットするのは、自分のため、そして蓮さんのため・・・キョコさんの理由は両方ありそうが・・・リセットからの再スタートの条件は何なのか、気になります。

そして出来ればやけどがなるべく綺麗に治りますように!

2016/12/23 (Fri) 15:50 | まじーん #NkOZRVVI | URL | 編集 | 返信

コメントの投稿

非公開コメント