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(Thu)11:55

理由-8(逃避行の為の習作4)

あともうちょっとです!

2016/1/26






■理由-8(逃避行の為の習作4)




社長の仕事は早かった。


「あのハンバーガーショップ、近くに1軒しかなかったからな。職場がわかりゃ後は楽勝だ。」

ニヤリと笑う姿はどうみたって堅気には見えない。
どうやらバイトとして誰か潜入させているらしく職場の様子の報告がやたらめったら詳細だ。店長とバイトの学生がキョーコに想いをよせている情報まで教えてくれて、社に怯えられるくらい表情が険しくなってしまった。

「助かりますけど、キョーコや周りには…。」
「ぶぁか、俺がそんなヘマするかよ。その代り費用はかかるからな。お前しっかり払えよ。」
「どうぞ御随意に。」
「はんっ。気前のいいこった。」

2か月ほどの調査で分かったことは、キョーコは職場から20分ほど離れたアパートに1人で暮らし、週5日から6日ほど働いている。バイト先との行き来の他は、海岸を散歩するか図書館に行く程度だという。そしてひと月に一度くらいの割合で母親が会いに来ているらしい。

「ま、会いにきている、というより面談っていう事務的な表現が似合うらしいけどな。」
「わざわざ足を運んでいるんでしょう?キョーコ、嬉しいと思います。」
「しかし、お母さんが会いにきているってことは、その気になって探せばキョーコちゃんは割とすぐ見つけれたってことですよね。」

確かにそうだ。キョーコの唯一の肉親である母親とコンタクトをとっているのではないかと考えるのはごく一般的な考えだ。何より奏江の手紙は母親を通じて届けられているのだから。

「…まるで探してくださいって言ってるみたいだな。」

社のつぶやきは蓮が考えていたことそのままだ。

探してみればすぐにわかる居場所。
だが、親友にさえ告げていない居場所

このアンバランスさはいったいなんだろう?

キョーコのガードが緩いと思うことは以前から多々あった。だが、こうと決めたことに関しては徹底的な凝り性だ。ついうっかり…ということではないような気がする。

ならどうして?

もし蓮を想ってくれているのならどうして逃げるように姿を消した?


探そうと思えばすぐわかる、しかも約束の海にいるなんて…

(期待するなというほうが無理だよ。キョーコ)

調査員が撮影したキョーコの写真をゆっくりと撫ぜた。

「ったく、くそ甘い顔垂れ流しやがって。そんな顔する相手を簡単に手放すんじゃねえよ。」
「それがキョーコの為だと思ったんです。…結局諦めるなんて無理でしたけど。」
「昔いったろ?愛ってのはそんなもんじゃねえって。お前はほんとに阿呆だよ。」
「返す言葉がありません。」
「仕事でのそつのなさがどうして自分の恋愛ごとになると生かされないんだろうな。」

やれやれ、と大袈裟に首を振って見せたあと、ローリィは椅子に背中をあずけると改まった声を出した。

「…お前あの仕事取ってきたらしいじゃねえか。」
「社さんやみんなのサポートのお陰ですね。」
「…ロシア語の堪能なスパイか。」

物語の要となる重要な役どころだ。己のさらなる一歩の為に、そして何よりその男を演じてみたかった。それが自分の出自が垣間見えるロシア語の能力が必要とされるとしても躊躇はしなかった。

「いいのか?ヨーロッパでの撮影が主になる。」
「望むところです。」
「こっちでの仕事もやめる気はねえんだろ?」
「撮影期間中はできうる限りとなってしまいますが。」
「敦賀蓮は大忙しだな。」
「有難いことですね。」
「彼女に会いに行く時間、なかなかとれねえぞ。」

それでもです、と蓮は笑う。

「敦賀蓮は今勝負どころでしょう?」
「…確かにな。」
「ここで頑張らないとキョーコに合わせる顔がありません。自分の為に俺がチャンスを逃したなんて知ったら、もう傍に戻ってはくれないでしょう。そんな理由、与えるわけにはいきません。」

キョーコが己から逃げた理由を明らかにして
これから逃げる理由は悉く潰して

もう二度と逃さないために




スケジュールはこの上なくハードになった。映画の撮影だけでなく、向こうでさらに顔を売るためにアルマンディのモデルの仕事も欧米が中心となったからだ。日本でもびっちりと埋まった予定の中ではキョーコの近況報告を聞くのが精いっぱいだ。

そんなある日、社長がご褒美だと教えてくれた。

「うちの社員が目をかけている地方劇団の若い脚本家がいるんだがな。」

その劇団の拠点はキョーコが住まいに割と近い。ここ2回ほどの公演にキョーコが足を運んでいることが調査員からの報告で分かり、件の社員を通じて脚本家にコンタクトをとった。

「文面が丁寧な上に詳細で的を得ている、そんなアンケートがここ2回ほど入ってるってよ。」
「キョーコ、でしょうね。」

芝居に興味を持っていてくれている。それだけでこんなにも嬉しい。

「小さな劇団だ。その脚本家は講演後はパンフレットやらの売り子も手伝っててな。この前ちょっと控えめな雰囲気の美人に声をかけられたらしいぞ。『この劇団に入るにはどうすればいいですか?』てな。」


ああ…やっぱり


「その美人、夏なのにタートルネックのシャツを着て、立ち姿も歩き方も何よりお辞儀がびっくりするくらい綺麗だったってよ。」


キョーコへの罪悪感に押しつぶされそうになっていても心のどこかで、彼女の演技への情熱がそう簡単に消え去るとは思っていなかった。
たとえ一時打ちのめされようとも、その努力と根性で立ち上がる…そんな子だから。


きっと、きっと彼女は諦めない。いつか必ず、前とは違う形だろうとも這いあがってくる。


キョーコの信念と根性にはいつも驚かされてばかりだったのだから。


じゃあ、どうして?
もし蓮と同じ想いを胸に抱いているのだとしたら
どうして2人の関係を終わらせた?諦めた?どうして?


知りたい


その理由を


上辺だけのそれではなく。彼女の心の内を。
たとえそれがどんなに難攻不落な砦に守られていようとも


そのために

「…最高の演出にしなきゃいけませんね。」
「は?なんだよ。蓮。」
「社さんにも色々ご協力願わないと。」
「いや、そりゃ協力するけどさ…。」

猿芝居や、生半可な覚悟では彼女は落とせない。
準備も入念にしなければ。


その日に備えて、根回しは十分にした。
スケジュールの調整を頼んだら、社と社長からのプレゼントとしてまとまった休みをくれた。

「キョーコちゃんを手に入れれたら2人の時間を堪能しろよ。ダメな時は傷心旅行でも行ってこい。」

なんなら一人旅のパンフ取り寄せとくか?そう笑う社に一応お願いしますと返すと慌てられた。



そして迎えたキョーコの誕生日

今日も彼女はあのストールを巻いて海辺を歩く。

ゆっくりとゆっくりと、何かを想って、何かを待つように



いつもの折り返し地点で、こちらにと方向を変えたタイミングで建物の陰から出ると海岸に向かった。


こんなにも波が騒ぎ立てているのに、心臓の音ははるかにそれを凌駕している。
去年と違って、帽子もネックウォーマーもつけていないむき出しの顔にあたる風は痛いほどに冷たいのに、緊張でじんわり汗をかいた。

ぼんやりと海をみていたキョーコがこちらを向き、砂浜に対峙する人物を認識して目を見開く。




ストールから覗く口が何かつぶやき、そして笑顔で手を振り、こちらに向かって駆け出した。


(9話に続く)
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2017/01/26 (Thu) 15:13 | # | | 編集 | 返信

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