2017_03
30
(Thu)11:55

幸福の在処

2017/3/30

2017/3/31 詩の引用について最後に加筆しています。




「すいませんっ!」

撮影が止まったと同時に下げられる頭に気にすることはないと声をかける。それぞれ少し長めのセリフがあること以外さほど難しいものではないはずのこのシーンは、様々なミスが重なり停滞したままだ。こうなってくると疲れからまたミスが出る悪循環に陥る率が高い。
同じことを監督も思ったのだろう。食事を兼ねて少し長めの休憩のを告げる声がかかった。

「蓮、お疲れ。弁当もらってるけど控室で食べるか?」
「そうですね。」

流石に気疲れした。皆に笑顔で声をかけながらも足早に部屋に向かって、ドアを閉めると小さくため息をつく

「今日はまた変なところでドツボにはまっちゃってるな。」
「まあこういう日もありますよ。」

そういいながらきつくネクタイが結ばれた首元を緩めた。今は新任の国語教師を演じていているため固い服装が多い。ジャケットを脱ぎながら小さく設けられた窓に目をやった。

「雨、降ってるんですね。」
「今日は晴れると思ったんだけどなあ。なんか最近こういうの多いよな。」
「確かになかなか春らしい陽気になりませんね。」
「もうじき桜の時期なのにな。ま、花見にも行けない俺たちにはあまり関係がないけど」
「すいません。」
「なんで謝るんだよ。仕事があるって有難いことじゃないか。あ、新しい台本もらったぞ。」

差し出されたのはこのドラマの中盤以降のものだ。食事をそこそこで済ませると、早速開いてみる。


そこには蓮が演じる教師が授業で詩を吟じるシーンがあった。



■幸福の在処



ページをめくる手が止まったことに気付いた社が「ああ、その詩ね。」と笑う

「俺詩とか全然詳しくないんだけどかなり有名なんだろ?学生時代、確か試験問題に出てきたんだよな。」
「覚えてるってことは印象深かったってことですね。」
「そうなんだろうな。作者の名前とか題名とかは全然覚えてなかったけどさ。蓮はこれ知ってたか?」
「いえ。」

日本で学校教育を受けていない蓮は当然のことながら首を横に振る。社も答えの内容は特に気にしたそぶりもなくかかってきた電話の応対を始めた。


再び台本にかかれた詩に目をやる。



山間を走るバスの中から見る村に伸びた虹の足
乗客はそこに他人には見えて自分には見えない幸福を重ねる。



ああ、本当だな。と蓮は思う。


あの闇に覆われていた時間
虐げられもがいていたあの頃だって、自分には支えてくれる親友がいて、愛を注いでくれる両親がいた。なのに自分に無い物だけを求め嘆いて、挙句に暴走して他人を傷つけ、結果親友を死に至らしめた。

自分の足元にある幸福に気付いていれば
そうすれば
親友とその恋人の幸福な日常と未来を奪うことになんてならなかったのに


視線を感じて顔を上げる。電話をかけながら何気なくといった様子でこちらを見ている社の表情に気遣わし気な色が混じっている。どうやら顔に出ていたようだ。誤魔化すためにくしゃりと髪をかき上げてページをめくると、社はまた何もなかったように電話を続けている。きっと触れては欲しくない気配を感じ取ってくれているのだろう。

(いけない。いけない。無限ループにはまるところだった)

どんなに目を逸らしたくなるような過去でも、それが今に繋がっている。自分に出来ることは過去の罪を背負ってもなお前にすすむことだけだとそう決めたはずなのに。こんな天気の、少し重い現場の空気にあてられたのか。


「ほいよ。」

いつの間にか電話を終えた社がコーヒーを差し出した。

「ここのコーヒーマシーン、なかなか美味いコーヒーいれるぞ。飲んでみな」
「…ありがとうございます。」

触れてはこない。でも確かに感じる気遣い。
一口含んだコーヒーは本当に美味しかった。

(今度は忘れないようにしないとな)

演じれる場所があって、支えてくれるマネージャーやスタッフ、見守ってくれる社長、海を隔ててもなお信じ待っていてくれる両親がいる

自分がここにいる幸福を忘れず感謝していかなければ。

幸福、と思って浮かんだ顔に、ふ、と表情が緩んだ瞬間に机に置かれたスマホが震えた
ディスプレイに表示された名前はたった今想い浮かんだ人物だ。


「はい。」
『あ、お疲れさまです!』
「うん。最上さんもお疲れ様。あれ?外?」
『はい!移動中なんですけど…敦賀さんは今ドラマ撮りですか?』
「うん。」
『やっぱり!!!』
「?何がやっぱり?」
『今私自転車で移動中なんですけど、虹!虹がかかってて!その足が、足がですね。敦賀さんのいるスタジオ付近から伸びてるんですよ~っ!!!。』

え、と小さな窓を見れば、いつの間にか雨は上がっている。

『流石敦賀さん!後光ならぬ虹を出現させるとは!今日そこにいらっしゃる皆さんきっといいことがありますよお!!!』
「……」
『あれ?敦賀さん?』
「あ…いや、うん。最上さんがいうならそんな気がしてきたよ。」
『私が言うからかどうかは知りませんが…そうですよ!きっとそうです!』

電話の向こうではしゃぐ声を聴きながら、蓮は目を細めた。


(君からの電話がかかってきたことが、俺にとっては既にいいことだけどね。)


「じゃあ、今から仕事頑張ってくるから俺にいいこと頂戴?」
『はい?』
「仕事の後に美味しいごはんが食べたいな。」
『あ、あ…お、お食事をご所望でしたか。紛らわしいいい方しないでください。』
「美味しいごはん、いいことに間違いないだろ?」
『それはそうですけど…とりあえず夕飯ですね。承りました!』
「うん。お願いするよ。」

クスクスと笑いながらも、次の仕事がある彼女に励ましの声をかけて通話を終えた。
甘い余韻に浸っているうちに本当にこれからの撮影はうまくいきそうな気がしているから現金なものだ。

「キョーコちゃんか?」
「ええ。虹がこのあたりに足を降ろしているそうですよ。」
「え?…あ、本当だ。雨あがってる。…虹は見えないな。」
「こんな小さな窓じゃ確認は無理でしょう。足元まではっきり見えるのなんて短時間でしょうし。」
「だよなあ。」

それでもなお窓に張り付いて空を確認する社の姿にまた笑みがこぼれる。彼女の電話からこっちどんどんと気分が明るくなっていく。

(本当に今日はこれからいいことありそうだ。)

残りのコーヒーを飲んで、立ち上がる。少し早いがそろそろみんなが揃いだす時間だろう。皆の演技が午前中のミスを引き摺ってブレているようなら、自分の演技で引っ張り戻すだけだ。

いい仕事にして、今日の夕食の時にキョーコに報告しよう。この詩をキョーコは知っているだろうか。


(その時に言ってみようかな?)


自分の目には見えぬ幸福
それが此処にあるのだと、見える時が自分にはあるのだと

彼女のことだ。きっと目を輝かして、それはどんな魔法なのだと、どんな形をしているのかと訊ねてくるに違いない。

そうしたら、手をとり告げてみようか



それはキョーコが蓮を見て笑ってくれている時なのだと。


最上キョーコこそ蓮にとっての幸福の象徴そのものなのだと



(FIN)

詩は実際のものを使わせていただいています。
作品名とか出したほうがいいかもしれませんが、万が一でも題名や詩人お名前を検索して、拙宅が出てくるとか申し訳なくてですね…。
こういったときの2次的ルールってどうなっているのだろう…。また時間があるときに勉強します。
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Re: 自分の目には見えぬ幸福

> まじーん様
幸せになっちゃいけないんだ、そう思っていた時代から敦賀さんの足元には色んな幸福があったんだと思います。
そして今後は大きな幸福を手に入れて欲しいです!
虹を出現させちゃう能力身に着けたら、強力なキョーコホイホイになるんですけどねえ(笑)

2017/04/08 (Sat) 06:30 | ちょび #- | URL | 編集 | 返信

自分の目には見えぬ幸福

それを発見し、感じ取れるようになった時。
そこにある幸せは倍のパワーになってそうですね。

これからどんどん増えていきそうな蓮さんの幸せ。
もちろん、今後の一番大きな幸せは、キョコさんとの...?

キョコさん曰く、後光ならぬ虹を出現させちゃう?彼の未来が楽しみです。

2017/04/01 (Sat) 18:39 | まじーん #NkOZRVVI | URL | 編集 | 返信

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