2015_06
18
(Thu)11:55

ほんのわずか(2)

2014/5/23初稿、2014/9/10一部修正、2015/6/18加筆修正後通常公開





「最上さんっ」


腕をつかまれ我に返ったキョーコの目の前には、営業部のエース

「えっ?敦賀主任?」

周りの景色は見覚えがなく、蓮に尋ねたた近くの駅は会社の最寄駅から4つほど離れたものだ。
どうやら思考の渦にハマったまま歩いてきたらしい。
恥ずかしさにいたたまれず、お礼を言って立ち去ろうとすると、もう一度腕をつかまれた。

「最上さん、まさかその恰好で電車に乗るつもり?風邪ひくよ」

慌てて己の姿を確認すると、傘を傾けて歩いていたのだろう。キョーコの左半身はびしょ濡れだ。
土砂降りでもないのに傘をさしていながら半身ずぶ濡れな姿に、すれ違う人がチラチラと視線を向けていた。




■ほんのわずか(2)





「シャワーと乾燥機お借りしました。有難うございます。それと浴室乾燥も使わせてもらっています。」
「ニットは乾燥機だと縮んじゃうからね。遠慮なく使って」

リビングで新聞を読んでいた蓮は、そういいながら顔を上げると、自分のスウェットを着ているキョーコを見て無表情になった。

「?、あ、服までお借りしちゃってすいません。」
「あ、違うよ。俺の服がすごく大きく見えるからびっくりしただけ」

蓮は立ち上がると、キョーコにソファーをすすめた

「お礼のかわりに夕飯付き合ってくれる?まだなんだ」

キョーコは頷いた。
お腹はすいていないが、様子のおかしかったキョーコを心配して蓮が誘ってくれているのもわかるし、そもそもここまで迷惑をかけて否という選択肢はない。
蓮は安心したように笑って、キッチンから有名なデリバリーピザチェーンの箱を持ってきた。

Sサイズのピザに、サイドメニューはサラダに目玉焼きののったハンバーグ
偶然だろうが、大好物のハンバーグにキョーコは思わず微笑んだ。
まるで自分が励まされているよで

「どうかした?」
「いえ、ハンバーグ好きだから嬉しくて。敦賀主任もお好きなんですね?」

うん、まあね。と蓮はあいまいに笑うと、それよりと続けた。

「プライベートなんだし、主任はやめてもらえないかな?」

そうは言われても、主任は主任だ
困ってしまったが、結局「敦賀さん」で妥協した


食事は思いのほか楽しかった。
あんなことがあったのに、こんな風に笑って話ができることにキョーコは自分でも驚いている。

テーブルの向かいに座る蓮をちらりとうかがう。
蓮とは営業と企画が合同で開催する歓迎会や忘年会で、何度か同席したことがある。
同席、と言っても蓮の近くは女子社員の争奪戦となるので、キョーコが近くに座る機会は全くといってないのだが。

“営業の敦賀主任”を社内で知らぬものはいないだろう。
190センチを超える長身と美貌は目立つし、おまけに仕事ができて性格も穏やかとくる。キョーコからみると正直人間離れした感じがあるが、当然のことながら女子社員には人気があった。
あまりプライベートでの付き合いを社内ではしないらしく、女子社員の間でも『じつはすごいセレブ』『元モデル』『超大物のご落胤』…等と様々な噂が絶えない。

でもこうして実際話してみると積極的に話題を出してくれるし、距離を取られている感じもしないし、気さくな感じがする。
最もこのマンションのレベルからして『セレブ』というのはあっているのかもしれないが。

(別の意味で外見で損するタイプの人なのかな)

キョーコはそう思いながら、食後のコーヒーを受け取った。
何度か業務上のやりとりをしたことがあるだけの2人は共通の話題はあまりないので、自然と仕事の話になる。

「よく石橋君が泣きついているみたいで…悪いね」
「いえ」
「まさか今日もなんてことは…」
「…」

沈黙は肯定。
蓮は「あ~」とうめくと、「本当にごめん」と頭を下げた

「石橋君、仕事は出来るんだけどね。人へ仕事を振るのは苦手みたいだ」

営業の女子社員との評価の違いにキョーコは驚いた

「そうなんですか?」
「うん、営業力は凄くあるよ。粘り強いし、何より誠実だ。結構大きな金額が動くからね。先方だって信頼のおける人と仕事がしたいと思うのは当然だろう?その点石橋君は外見から中身まで誠実そのものだから…その点俺はイマイチみたいだよ」
「確かにちょっと胡散臭く思えるかもしれませんね」
「最上さん、君ね…」

蓮はジト目でキョーコを軽くにらんだ後話を続けた

「ただ、ちょっとまじめすぎるというか…。書類も何から何まで目を通してから、事務の子に渡そうとするから遅くなる。そんな時間はないから、ギリギリになって」
「結局目も通せないまま作成を依頼するってことですか」

そういうこと、と蓮は頬杖をつく

「営業のことはよくわかりせんが、よっぽど要注意の物件や特殊事例じゃなかったら、事務担当者にさっさと処理してもらって、時間に余裕をもって後からチェックすればいいんじゃないですか?」
「うん、俺もそうしたほうがいいと思うんだ。うちの事務の人たちのレベルは高いからね。書類の内容もきちんと把握してるし、細かい所にも気が付いてくれるし、わからないところはちゃんと聞いてきてくれる。色々勉強もしているみたいだ。任せて後はチェックを怠らなければ、こちらは営業に専念できるから本当に助かるよ」

じっとキョーコがこちらを見つめていることに気が付いて、蓮は首をかしげた

「最上さん?」
「あ、いや、そんな風に評価していただける仕事が出来るって羨ましいなと思いまして…」

蓮は笑った。

「営業だけなんて言ってないよ。企画の方々にも感謝してるよ」

そう言って微笑む蓮の声はなんだか甘さを含んでいて、なんだかキョーコはいたたまれず少しうつむいた。

(この人、いつもこんな風に人を褒めてたら色々誤解されそう…)

だが、事務方の仕事をきちんとみて評価してくれているのは嬉しい。なんだかホコホコとした気持ちになっていたが、ふと時計を見ると随分時間が立っているのに気が付いた。

「もうこんな時間!そろそろお暇します!」

慌てて立ち上がったのがいけなかったのかもしれない。


見上げたリビングの照明がいやに眩しいと、思ったら一瞬意識が霞んで


ぐらぁり…

重くなった自分の頭から沈んでいくような感覚
妙に時間がゆっくり過ぎていく中で、「あ、頭ぶつけちゃう」となんだか冷静に考えていた


だが、覚悟していた衝撃がこない

目を開けると、蓮が助けてくれたのだろう。ぶつかると思っていたソファーサイドをよけてラグの上に転がっていた。
ただ問題は、蓮の腕はキョーコの頭と背中に巻き付いて、まるで抱きしめているような状況という事だ。

(み、密着具合が!)

なんだかギューギューに抱きしめられていることにキョーコは焦る。

「つ、敦賀さんっ」

拘束を解いてもらい礼を言わねばと発した言葉は少し掠れていて、それが余計いたたまれない気分にさせる。

もぞり
キョーコの頭の両脇に手を置いて、蓮が少し身を起こすと、2人は至近距離で見つめ合う形になる。

こちらを覗き込む蓮の瞳は今までキョーコが見たこともない色に染まっていた。
酔ったように熱を帯びて、なんだか狂おしさまで感じる妖しい色

それを何と呼ぶか知らないキョーコはただただ戸惑う。
本能的にこの場の空気を替えようと言葉を発しかけたら…


唇を奪われていた

それはかつてショーとの間でなされたものとはまるで違っていて

ナンデ?ドウシテ?ナンデ?ドウシテ?ナンデ?ドウシテ?


もがけばもがくほどそれは深くなっていき、蓮が再び身を起こす頃にはキョーコは荒い息を吐くので精一杯になっていた。


さっきと同じ色が、さっき以上に濃く瞳の中で揺らめいて
キョーコを見つめたまま、蓮は囁いた

「君が入社してからずっと気になっていた」

キョーコが目を見開く。

「君のことが好きなんだ」


キョーコは声を上げ笑いたくなった。


なんて日だ。
結婚目当てのつまらない女と言われたかと思ったら、こんな言葉で簡単に身体を差し出す女に思われる。

(ああ、でも…)

濡れた服を乾かしていけばいいと言われて、一人暮らしの男の部屋にホイホイついてきたのは自分だ。
ご丁寧にシャワーまで浴びて
さあ、どうぞと言ってるようなものではないか


キョーコは目を閉じると少し唇の端を持ち上げて笑った。


失った物を必死に手に入れようともがいてきた自分を
物欲しそうで浅ましい自分を
お前には手に入れるのは無理だと神様に告げられた自分を

嗤った。


だが、蓮にはその笑みは肯定の笑みに見えたらしい

「嬉しいよ…」

熱を帯びた声が上から聞こえて、再び唇が落ちてきた。



 - ほんの僅かに 方向を誤った

          ただそれだけで

                私は道を見失う -


(3に続きます)





ベタだし、暗いし、敦賀氏はお間抜けだし…
あ、桃話は書きません!あくまで10時台ドラマで放映される程度!
書かずに演出する色っぽさに挑戦するんです!(まあようするに皆様の想像力に依存するための言い訳です)

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