2014_05
28
(Wed)02:00

63780(ろくさんななはちぜろ)

短編では珍しく成立前のお話です。

2014/5/28初稿、2014/10/30一部修正








■63780(ろくさんななはちぜろ




「明日は雨の予報なので、撮影は夕方…」

監督からの説明を蓮は少し霞みがかった頭で聞いた。

北の大地での映画撮影。出演者のスケジュールを調整するのが大変で、自然と短期間に超ハードなタイムテーブルが並ぶ。
主演である蓮もこちらでの時間を確保するために東京で過密スケジュールをこなし、来てからもてっぺん越えの毎日に流石に疲労がたまったようだ。

ばふっ
なんとかシャワーを浴びて、ベットに倒れこむ。明日は時間を気にせず寝れるのでアラームも必要ない。
暫く顔を枕にうずめていた蓮は、携帯に手を伸ばした。
時刻は1時を過ぎたところ

(流石に電話出来る時間じゃないよな…)

思い浮かぶのは、1人の少女。
先輩後輩の関係に過ぎない2人は蓮のスケジュールのせいもあって、ここ暫く挨拶さえ直接交わしていない。

(声が聞きたい…)

いつもはそう思っても諦める時間なのに、あまりの潤い不足と、霞んだ頭が蓮に発信ボタンを押させた

(3コール鳴って出なければ切る…3コール…)

『はい!最上です!』

1コール目も終わらないうちに、時間とは似つかわしくない元気な声が響く。
うつぶせていた身体をよく声を聞くために少し回転して横向きになると、上を向いた耳に携帯を押し付ける

「…うん。最上さん。久しぶりだね。元気だった?」
『はい!敦賀さんは映画の撮影中でしたよね。順調ですか?』
「お陰様で。最上さんは学校の試験は終わった?」
『とっくに終わりましたよ。今日は…』

久しぶりに聴くキョーコの声は電話越しでも甘く響いて、蓮の脳を痺れさせていく。

『…なんかすごくお疲れみたいですね。撮影ハードなんですか?』
「ん…明日はちょっとお休み。夕方から撮影なんだ。」
『じゃあ、少し休めますね。せっかくなんだから、美味しいものでも食べて英気を養ってください。そちらだったら、海鮮丼、ジンギスカン…乳製品も美味しいからチーズとか。あ、スイーツとか魅力的です!』

紡がれる声に、ただでさえ霞がかかっていた意識がさらにユラユラとする。
携帯から流れてくるその甘い物質は、蓮の血管を通じて全身に回るっているかのようだ。

ごろんっ
身体を仰向けにして、軽く目をつぶった。

夢との狭間から言葉が漏れる

「最上さんの作ったご飯が食べたい…」

ユラユラと、甘いものに満たされた意識のまま紡がれた言葉

「海鮮丼も、ジンギスカンも食べるなら最上さんと一緒がいい」

何かキョーコが言っているような気がする。
だが、もう狭間ではなく夢の中に沈んでいきつつあった蓮にはその言葉は聞き取れなかった。


*
*


目を覚ますと8時過ぎ。
久しぶりによく眠れたとその身を起こすと、手には携帯を握りしめたまま。

(昨日、最上さんに電話した…よな)

それさえも夢か現(うつつ)か定かではない。

シャワーを浴びて、朝食代わりの珈琲を飲んでいると、社からの着信が入った。

「おはようございます。社さん」
『おはよう。蓮、もう起きてたのか?』
「さっき起きて、今コーヒーを飲んでいるところですよ」
『朝飯代わりに?』
「…」
『まあ、お前ならそうだろうな。もう少ししたら部屋に行くよ。その前にまた電話する』

てっきり朝食を抜いた事にお小言をもらうのだと思ったのに、電話はあっさりと切れた。

「なんなんだ?」

少し不思議に思いながらも、コーヒーを飲み終えて台本をめくる。
夕方までのオフといっても、あまりウロウロ出来る身ではない。

(ホテルの売店位なら大丈夫かな。何か最上さんにお土産でも…)

~♪・♪・♪~

「はい」
『今から部屋に行くから、すぐ入れてくれよ!』

少し急いた感じの社の声

(まさか、変なファンにつきまとわれているとか…)

蓮が眉を寄せたとき、部屋のチャイムが鳴り同時に社の声が聞こえた

「俺だ。開けてくれ」

慌ててドアを開けると、するりと脇を潜り抜けたのは1人ではなかった。

(えっ?)

見えているのは、夢か現か

「おはようございます。敦賀さん」

いつもの綺麗なお辞儀を披露したのはキョーコ。
その脇で、ニヤニヤしながら蓮を観察する社の手にあるのは3段の重箱だ。

「お前、昨夜キョーコちゃんの手料理が食べたいって言ったんだってなあ」

にやにやにやにや。
社はもう楽しくて仕方ないといった顏。

「確かに…言いました」

と、いうよりキョーコが来たことで、それが現実に言ったことだとわかる。
蓮はお茶を入れながら、重箱を広げているキョーコの横顔を盗み見た。
ノーメイクに近いその目元には少し疲れが見える。電話したのはもう今日になってから、確か1時を過ぎていた。

「最上さん、何時の飛行機で来たの?」
「羽田を7時くらいでしょうか?携帯で検索したら空席があったので…社さんにこれだけ渡して帰ろうかとも思ったんですけど」

キョーコの表情が突然押しかけたことを後悔するものになったのに焦って、蓮は慌てて言い募る

「いや、来てくれて嬉しいんだ。あの時間からこんなご馳走作って、移動してたら寝てないんじゃないかと思っただけだから」

ほっとしたようなキョーコの顔

「大丈夫ですよ。飛行機で寝ましたし。今日はオフでしたから」
「はいはい。とりあえず食べようよ。俺もキョーコちゃんの電話もらって期待しちゃったから朝飯食べてないんだ。ブランチ♪ブランチ♪」

ウキウキと箸を配りながら社が言った。

(それで、朝食を食べたか確認の電話をよこしたのか…)

言ってくれればよかったのに、と少し恨みがましい気持ちになる。
もっと言えばキョーコから蓮に直接電話を欲しかったが、彼女の性格からしてそれは無理な話だろう。

「「「いただきます」」」

キョーコと会話と楽しみながら、キョーコの手料理を食べる。
昨夜の電話の時とは比べ物にならない幸福感に満たされていく。

こんなに食べれるかと懸念するほど詰め込まれていた重箱は、社の協力もあって綺麗に空になった。

「最上さん、ご馳走様。本当に美味しかったよ」
「キョーコちゃん、本当にありがとね」

2人からの礼に少し照れながらキョーコが重箱を片付けだすと、用があるのでちょっと外出すると腰を上げた社は、ドアの前でひょいひょいと蓮を手招きする

「襲うなよ?」
「しませんよ!」
「どうだか。お前の顔蕩け切ってるぞ。甘いオーラもムンムンで直視しづらい。キョーコちゃんも時々目をそらしてたじゃないか」
「…」

キョーコがたまに目を伏せることが気になっていた蓮は、それが己の顔のせいとわかって軽くショックを受けた。

「お兄ちゃんとしては、お前を信じてるけどな。あんまり変な雰囲気にならないように」

はい、と言って渡されたのは、フロントで借りたというオセロとジェンガ
それを蓮は微妙な気持ちで受け取った。

結局オセロで1勝1敗になったところで、2人は窓辺に座ってたわいもない話を続けた。
芝居のこと、天気のこと、外の通りを歩く人たちのあれこれ…
あっという間に時間は過ぎていく。

窓の外を見るキョーコの横顔を見ているうちに、こみ上げてきた想い。

「ごめん」
「何がですか?」
「せっかく来てるのに、ただ部屋の中で窓の外眺めているだけなんて」

キョーコは初めてだという北の大地
運河の綺麗な街も、おもしろいと評判の動物園も、スイーツを食べにいくことも、街をぶらぶらことさえ一緒にできない。
蓮がそうするためには入念な準備と時間がいるし、それでも周囲にばれるリスクもある。

「何言ってるんですか、敦賀さんとのんびり外を見ながらおしゃべりなんてすっごく贅沢ですよ」

キョーコは楽しそうに笑った。

「それに窓越しの人間観察もおもしろいです」

だけど、と口を開きかけたところにチャイムが鳴って、社が両手に紙袋をぶら下げて帰ってきた。

「お、2時だな。ちょっと早いお茶にしようよ。キョーコちゃん」

そう言って袋から取り出したのは、有名どころのシュークリーム

「ああ、これ!テレビで見ました!」
「そうだよ~。東京の物産展でもこれは出してないんだって。こっち限定」
「わわわっ、美味しそうですぅ!」
「それと、こっちは今晩でもだるまやのご夫妻とでも食べてね。あまり日持ちはしないから気を付けて。これは日持ちするからラブミー部のみんなで」
「ええ?こんなに?」
「蓮と俺からのお弁当のお礼だよ。」

特産のスイーツを前に目を輝かせるキョーコを見て、蓮の気持ちも少し晴れる。

「じゃあ、俺、コーヒー煎れるよ」

手伝いに来た小声で社に礼を言うと「敏腕マネージャーだろ?」とニヤリ。

「お代はお前持ちだからな」
「もちろんです」

ティータイムが終わると、もうそろそろ仕事に向けての準備時間。
キョーコも飛行機の時間があり、荷物をまとめて蓮に別れを告げた。

「今日は本当にありがとう」
「こちらこそ突然押しかけましてすいませんでした」
「いや…今度またお礼させて?」
「お礼ならいただきましたよ。ほら、こんなに沢山」

そうではなくて、ただ会いたい。
…とは言えない。「先輩と後輩」の距離。

キョーコと見送りの社が去った後、蓮はしばらく窓の外を眺め続けた
空港に向かうタクシーはその窓からは見えないとわかっているけれど…


*
*


撮影が一段落し、夕食の時間を兼ねた少し長めの休憩に入ると、蓮は壁際にマネージャーが立っていることに気が付いた。
食べる気はあまりしないロケ弁を受け取って、控室に入る

「見送りありがとうございました」
「いや、あの空港、観光客多いからな。事務所の人間としては当然のことだから気にするな。搭乗直前までお土産見たりして楽しそうにしてたよ」
「そうですか…」

ほっとした表情の担当俳優をしばらく見つめた後、社は手帳を開くとそのうちの1枚を破ってよこした

「?」

訝しく思いながらも、紙に書かれたものに目をやる


 6 3 7 8 0


「…なんですか?これ?」

書かれているのは5桁の数字

「キョーコちゃんが乗った飛行機の往復運賃」
「…」

飛行機代くらい払うという蓮の申し出を、キョーコは勝手にやったことだからと固辞していた。

「いいか、蓮。キョーコちゃんは売れ出したとはいえまだまだギャラは高くない。おまけに高校と養成所の学費を自分で払って、だるまやにもいくらか入れてるらしい。そんなキョーコちゃんにとって、これはすごく大きな金額なんだ。」

蓮はもう一度数字に目をやる

「その金額をお前の弁当を運ぶためだけに一日で使った。」

考えろ、と社は言う

「ただの数字の羅列と見るのか。別の意味を読み取るのか。それはお前次第だ。」


 6 3 7 8 0


キョーコにとってのその数字の重み

1コールもならないうちにすぐに出た携帯電話

少し疲れた目元

窓際で見せた笑顔


この数字に潜むのは蓮が望む想いではないかもしれない。
でも、きっと軽いものではないもの

それならば
それならば

渾身の力をもってぶち当たれば、「先輩と後輩」の壁に風穴ぐらい空けれるかもしれない

後はそれを押し広げて突き進むのみ

 6 3 7 8 0

これを魔法の呪文と思って

「…これからはガンガン行きますよ」

ボソッと呟かれた担当俳優の言葉に、社はちょっと慌てた。

「え?ガンガン?ちょっと待て。あんまり無茶なことは…」
「煽ったのは社さんでしょう。」
「いや、いつまでもヘタレでどうするっていうメッセージというか、少し自信をもてって言うか…」

蓮は大きく頷く。

「ええ、だから行きますよ」
「いやいや。年上としての余裕をもってだな」
「そんなもん持ってたらラブミー部には勝てませんから」
「勝つってお前な」
「口を割らせたらこっちのものです」
「口を割らすって…何の刑事ドラマだよ」

ああ、と蓮はメモを丁寧にたたむと私物のカバンにしまい麗しく笑う。

「証拠は大事に保管しないといけませんね」

閉めたカバンを愛おしげにひと撫ですると蓮は立ち上がった。
まずはあの子の激励に応える仕事をしなければ


決戦はそれからだ。


(fin)





出張が多い知人と話していて「出張ではLCCは許可されないんだ」と聞き、ふと北海道まで正規で買うといくらかな…と思った次第です。

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コメント

Re: ハマりました…!!

>風月様

いや、もう光栄すぎて…
身に余るお言葉過ぎて…
今なら京都くらいまでなら走れそうです

またのご来訪を心よりお待ちしています!そして風月さんの方のお話も…
記憶とか季節とか…待ってますよー!!!

2014/09/16 (Tue) 16:22 | ちょび | 編集 | 返信

ハマりました…!!

ヤバイ!!叫んでいいですか?!
ちょび様、大好きです!!!!
記憶喪失のお話から、あら?これって最初から読んだっけ??と思って最初から読み直し、それから短編長編と順を追って読ませて頂いてるのですが、
もろタイプのお話オンパレード!!
そしてこの話…!!
前に読んだ記憶があるのに、ハートにズキュンと来ちゃいました!!
まとめて読んではっきりわかりました!
ちょび様の作品は風月好みのお話の宝庫です!!!!
まだ読み終わってないお話があるのでこれから全制覇させていただきますね〜♪(*´艸`)キャ
余りにも素敵過ぎて暑苦しいコメントすみません!!

これからも素敵作品楽しみにしてます!!

2014/09/16 (Tue) 15:13 | 風月 | 編集 | 返信

10. Re:やはり、社氏は最高ですね♪

>みやさん
社さんのサポート無しに蓮キョ成立はないんじゃないかと思っています。
私も社さんには幸せになって欲しいです。

2014/08/05 (Tue) 00:33 | ちょび | 編集 | 返信

9. やはり、社氏は最高ですね♪

むかーし、ツアーでは北の大地に行きましたが、正規料金なんてチェックした記憶すら有りません。
そんなに高いのですね。


きっと、社氏は来ると聞いた瞬間に全てに気がついたのでしょうね~!!

キユーピット…いえ、神のような社氏にも幸せのお裾分けがありますように。

2014/08/04 (Mon) 14:58 | みや | 編集 | 返信

8. Re:本当にありそう…

>genkiさん
コメ返信おそくなり申し訳ございません。
本当にありそうなんて思っていただいてありがとうございます!

2014/06/03 (Tue) 00:14 | ちょび | 編集 | 返信

7. 本当にありそう…

こんばんわ。お話とても面白かったです。
「本当にありそう…」が一番初めに思ったでした。蓮様にとっては63,780円はガムを買うようなあまり意味のない数字かもしれないけれど、キョーコちゃんにとってのこの数字の意味を考えてみる、というのは必要なことですね。恋愛はともすると自分の感情ばかりが重くどっかり心の中に居座っていたりするけれど、キョーコちゃんは相手に迷惑をかけたくないという(時々行き過ぎた)遠慮を持っている。彼女の清らかなイメージはこんなところにも表れていますね。では、蓮様はどうか?というと恋愛に関してはまだ自分の中の葛藤の方が大きくて思いやりまで持っているかどうか分からない気がしていました。このお話はそんな二人の違いを見せてくれました。どうもありがとうございました。

2014/05/29 (Thu) 23:08 | genki | 編集 | 返信

6. Re:キョコさんの行動の意味

>seiさん
先も楽しみですね!…って!
いや、きっとセクハラの嵐か、策略の嵐か…駄文決定ですから!

2014/05/29 (Thu) 00:04 | ちょび | 編集 | 返信

5. キョコさんの行動の意味

社さんのお陰で「感じられて」ヨカッタです!( ´艸`)

セレブ蓮さんには、自力でつかめないヒントですもんね。ヘ(゚∀゚*)ノ

無事ラブミー部員に勝利し、口を割らすことができるのか・・・・

その前にまさかの逆転で割らされるのか。

先も楽しみですね! ←

2014/05/28 (Wed) 23:03 | sei | 編集 | 返信

4. Re:社氏~♡

>saoさん
いらっしゃいませ!!!

社無しには蓮キョは成立しません!
建築物におけるいわば基礎だと思います!
でも、頑張る敦賀さんは止めれなくて見ないふりだと思うのですが…γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

2014/05/28 (Wed) 21:02 | ちょび | 編集 | 返信

3. 社氏~♡

お邪魔致します。

社氏男前デス~!
出来る男はこうなのネ(///∇///)と蓮キョのお兄ちゃんに拍手を贈りたいです♡
釘を刺しても当然蓮さん頑張っちゃうんでしょうが♪(*≧∀≦*)

2014/05/28 (Wed) 19:26 | sao | 編集 | 返信

2. Re:いいね!

>ゆうぼうずさん
『いいね!』は1回!お気持ちは連打!確かにいただきましたo(〃^▽^〃)o
ありがとうございます!

2014/05/28 (Wed) 12:58 | ちょび | 編集 | 返信

1. いいね!

いつも『いいね!』ボタン連打したくなります。蓮とキョーコの深くて強い想い感じてホッコリしました(*^▽^*)

2014/05/28 (Wed) 09:01 | ゆうぼうず | 編集 | 返信

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