2015_06
25
(Thu)11:55

ほんのわずか(3)

2014/6/2初稿、2014/9/11一部修正、2015/6/25修正の上通常公開






■ほんのわずか(3)



直接肌に触れるリネンが心地いい。
きっと上質なものなのだろう。


そんなことを考えていたら背後からキョーコを抱きしめていた蓮がつぶやいた。

「本当にごめん」

何のことかわからず少し首をねじって振り返ると、すまなそうな顔で見つめる蓮の顔

「その…初めてだと思わなくて…。」

知っていたら、もっと…と何やらゴニョゴニョと続けているが、ああ…、と納得したキョーコはまた前を向いた。

「そのことでしたら、かまわないって言ったじゃないですか」

キョーコが未経験だと悟った蓮は驚いて中断しようとしたのだが、それを「かまわない続けていい」と言ったのは他ならぬキョーコだ。

(付き合った男がいるのに“まだ”なんて思いもしなかったのね)

キョーコは蓮にわからないように皮肉めいた笑いを浮かべる。

別に遠慮とか嫌われたくないとか思う関係ではない
キョーコは前を向いたまま思ったことを聞いてみた

「重いですか?初めてって」
「まさか!」

即座に否定の言葉が返ってくる。

「嬉しいよ。初めてがもらえて…」

後頭部にキスを贈りながら囁かれる蓮の言葉にキョーコは妙に感心した

(流石隠れ遊び人…)

女の扱い方が手慣れたものだ。きっと、皆にばれない程度にいろいろとつまみ食いをしているのだろう。
だがまあ…これでよかったのかもしれない。
今日のことでわかったが、自分はとことん男運がないのだ。
そして、夢見ていた“暖かい家庭”なんてキョーコには無理だということが嫌ほどわかった。ならば、1人で生きていく覚悟が必要だし、男性との付き合いも夢をみないで軽いものを意識しなければならない。
“家庭的で重い女”なんてゴミ箱に捨て去らねば。
そう考えたら、初めての相手として蓮は理想的かと思えてきた。
相手が慣れているせいか、初めてなのに想像したほどの苦痛は無かった。
まあ、想像以上に破廉恥だったけれど、肌を合わせる気持ち良さは味わえた気がする。おまけに人外ともいえる超絶美形だ。そんな男の裸体を見ることができるという眼福にも与った。

「私も初めてが敦賀さんでよかったです」

ぼそりとつぶやくと、キョーコを拘束する力が増して「嬉しいよ」と耳元で囁かれる。

(ほら、やっぱり手慣れてる。)

キョーコはもう一度皮肉めいた笑いを浮かべて、ベットサイドの時計を見上げた

するり
腕から抜け出したキョーコに蓮が少し慌てて身を起こす。

「どうした?」
「シャワーお借りします。終電間に合わなくなるので」
「…泊まっていかないの?」

冗談ではない
キョーコはたった今決めたところだ。家庭的な自分なんて捨て去るのだと
勿論、自分の本質を替えれるとは思っていないけれど、男の人と一緒に朝の食卓を囲むなんて絶対しない

キョーコはニッコリと笑って見せた

「男の人の部屋には泊まらないって決めてるんです」
「そう…」

まっさらだったキョーコを手折った負い目が少しあるのか、蓮は残念そうながらも引き下がった

「でも、電車はダメ。送らせてもらうから」

そう言って蓮も立ち上がる。

慣れない行為に身体は泥のように重い。
早く帰りたくて、キョーコは素直に頷いた。

*
*


「ここ?」

車から見える古ぼけたアパートに蓮は眉を寄せた

「防犯、とか大丈夫なの?」
「昔から住んでるおじいちゃんおばあちゃんが多くて、皆さん顔見知りな上に日中在宅している方が多いので大丈夫ですよ。人力オートロックです」

老朽化した建物と土地柄なのか、広めの2Kだが家賃は破格だ

「そっか、それならいいけど…。でも戸締りはちゃんとするんだよ」
「ご心配有難うございます。あ、送っていただいてありがとうございました」
「待って」

ドアのロックに手を伸ばそうとしたら、反対の手を捉まれ引き寄せられた。

車中にしては少々長いキス

「次…いつ会える?」

ようやく離してくれると思ったら抱きしめられたまま囁かれる。
携帯の番号とアドレスもマンションを出る前に聞かれた。遊び人としての社交辞令なんだろう。

(遊ぶってのも色々大変なのね)

ちょっとつまみ食いした女の子にも、連絡先を聞いて、送って、キスをする

(家に帰るまでが遠足。お別れのキスまでが遊び人としての務め?)

本日何度目かの笑いをこぼし、今度こそ離れる。

「明日は部の懇親会があるので無理ですね。また連絡します。」

キョーコもニッコリ笑って社交辞令をのべた


そのまま車から降りて部屋まで早足で向かう。
後ろは振り返らなかった。

パチリ

部屋の電気をつけて、まだ少し湿った感じのするコートをかけるとそのままベットに転がった。
隣近所が寝静まったなか、車が動き出した音が聞こえてくる。

(まだ、いたのかな?…まさかね)

うつら、うつら
寝るなら電気消さなきゃと思いながらまどろむ。

本当にいろいろあった一日だった。

(いい人だと思ったのにな…)

こんな人と仕事できたらやりがいがあるだろうな、とか。
こんな面もあるんだ。とか…

こうなったことを、少しだけ残念に思いながらキョーコは眠りに落ちた


 ー ほんの僅かに 

       視線をそらし

          私は大事なことを 見逃した   ー





(4に続きます)
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