2015_07
09
(Thu)11:55

ほんのわずか(5)

修正していて、このほんのわずかから金曜が限定記事の指定席になったことに気づきました。。
なんだか週明け早々、しかも昼に読む話じゃないよねーと思ったのは覚えています(笑)

こちらの話を通常公開しはじめてからPWヒントの請求をよくいただくようになりました。
完結した話なのにちょびちょび公開するせいで、お手を煩わせているよね、と思うのですよ。本当にすいません。
でも一気に修正となると気分的にしんどくて…「このペースで」と決めているとなんとかしようと思えるのです。余裕があるときはストックも溜めれますし…何分キャパシティ少ないもので…
駄文ですけど書くことはすごく楽しいですし、それなりのペースで続けて行けたらなと思っています。
お時間ある時にお付き合いくださいませ。

2014/6/20初稿、2014/9/11一部修正、2015/7/9一部修正の上通常公開





■ほんのわずか(5)



もう2月も終わりだというのに、日が落ちると本当に冷える
キョーコは足を踏み入れた店の温かさにホッとした。

会社から少し歩いたところにある全国展開もしている名の知れたコーヒーチェーン
最寄りの駅からは逆方向で、かつ大きな通りから外れた場所にあること、そして店の規模が小さいこともあってキョーコは先日訪れるまでこの店の存在を知らなかった。
最寄駅にも同じチェーンの大型店があるので、ここは職場の同僚も知らない人がほとんどだろう。

(こんな店を知ってる辺りが流石営業マン…よね)

空いてる席にコートを置きながらため息をつく

そう、この店は蓮から教えられたのだ。


*
*


あのエレベーターでの出来事の後幾何もなくメールがきた。待ち合わせ場所と、遅くて申し訳ないが時間は8時にしてほしいとの内容。そんなに待てませんと言いたいところだったが、キョーコ自身も仕事が終わってみると7時半近かった。

店を見つけて、カプチーノを半分ほど飲んだところで蓮はやってきた。
時計を見ると8時ちょうど

(流石無遅刻キングの敏腕営業マン)

そう思いながら顔をあげてキョーコは息をのんだ。

時間に間に合うために走ってきたのか、やや上気した顔は男の人なのに恐ろしく色っぽい。少し乱れた髪をくしゃり、とかきあげながら店内を見渡す姿に、多くの客や店員までもが見惚れているのがわかる。
視線がキョーコを捉えて…安堵したような笑みを浮かべた

実は待ち合わせ場所には来たものの、キョーコは「せっかくのお誘いですけど、もうお気遣いはいりません。」そう告げるつもりだったのだ。遊び人のアフターケアはもう必要ないのだと、以前の単なる隣の部署の人になりたいとそうお願いするつもりだった。
だけど、蓮のその笑みに気を取られているうちに先手を取られた

「ごめん。遅い時間になったね。何か食べたいものある?」
「あ、いえ…」

食事には行きません。と続けるはずが…

「じゃあ、イタリアンでいいかな?」

ちゃんと断ろうと口を開きかけて、周りの目が自分たちに集まっていることに今更ながら気付く。こんな衆人環視の中で断ったりしたら蓮にに恥をかかせるのではないかと躊躇してしているうちに一緒に店を出ていた。
そうこうしているうちに瞬く間にレストランに電話を入れ、タクシーを捕まえられて、今更断れる雰囲気ではなくなってしまっていた。

(『男と軽くスマートにつきあうテクニック』本、やっぱり必要じゃない!コンビニ売ってないのかなあ)

キョーコはもうどうにでもなれという気分になっていた。


連れて行かれたのは小洒落たイタリアン
恐る恐るメニューを見ると、雰囲気の割に高くはない。キョーコでも少し背伸びをしたら行けそうな値段だ。だがファミレスに毛が生えた程度の店にしか言ったことのないキョーコには何をどう頼めばいいかもわからない。
ちらり。と向かいの席に目をやると同じくメニューを見ていた蓮は微笑んだ

「飲み物…俺はペリエにするけど、最上さんは何にする?」
「お酒飲まないんですか?」
「今日はいいよ。最上さんは気にせず飲んで」
「そんなに得意じゃないので…じゃあオレンジジュースで」
「料理は…そうだな…」

こういうお店のマナーが分からなくてガチガチのキョーコの希望を聞きながら、時折ウェイターとも質問や雑談を交えて、スマートに注文していく。
知ったかぶりでもなく、野暮な感じでもない。
食事の仕方も本当にスマートだった。
その合間合間に出される豊富な話題。

「美味しかったです。すいません。マナーも何も知らなくて」
「誰だって最初はそうだよ。俺は接待とかで場数踏んでるだけ。最上さんはナイフやフォークの使い方すごく綺麗だからもっと堂々とすればいいのに。」

ウェイターがデザートを勧めにやってきた。

「食べる?」
「もうお腹いっぱいです」
「そう。じゃあ、コーヒーはうちで飲もう。」

ありがとう。と、ウェイターにメニューを返しながら蓮は自然に告げた。すぐには言葉の意味を理解出来ないまま見た蓮の目は薄暗い店内でもわかる位昨夜の色に染まりだしていて…

「ここ、うちからすぐなんだ。行こうか」

差し出された手は熱かった。
蓮の部屋で引き寄せられ、受けたキスはコーヒーの味がした。
その後のことは…ただただ激流に身を任せているだけで、なんとか最後は自分の部屋に帰り着いたのだ。


*
*


コーヒーはもう暫くいらないような気がいて頼んだチャイをひと口含む

(甘い…)

でも、その濃厚な甘さとシナモンの香りに少し心がほぐれた。
小さな飲み口からのぞく栗色の液体が波打つのを見つめながら考える。

(どうしてまた会いたいとかいうのかしら…)

こんな薄っぺらい身体の、しかも初心者マークバリバリで受け身一方の女と関係を重ねる意味が分からない。

(まさか…ひ、貧乳好きとかっ)

カップを持つ手が揺れて、大きな波が出来た。
いや、それにしたって、貧乳と言うよりスレンダー美女がよりどりみどりだろう。

(他を探す時間がないのかな)

その考えが一番しっくりくるような気がする。
今は3月末の決算に向けて忙しい時期だ
一般事務のキョーコでさえ残業続きで、蓮は優雅な動きであまりせせこましくは感じないものの彼方此方と走り回っている。
そんな時期のつなぎってやつだろうか?
そうに違いない、そう思うとなんだかすっきりしてくるから不思議だ。

問題は自分の方だ。
1週間前までは破廉恥だの、人生のパートナーとなる人となんて考えていたはずの行為を、嫌悪感もなく受け入れている自分。
確かに結婚なんてもう考えないことにしたし、男性との交際も軽いものでと決めたけれど、遊び人の相手を何度も務めるなんて、それはいくらなんでもおかしいだろう。

キョーコはチャイをまた口に含んだ。
さっきは心をほぐすように感じた甘さが、今度はしつこい後味として残る。

勿論、夜の帝王の如き蓮の雰囲気にのまれている面は多々あるが、スマートじゃなくていいならば電話でもメールでも断り様はあるはずだ。

(ああ、流され流されズルズルとなんて、家庭的な重い女以上にバカ女じゃない!)

籠めた力にカップの形が少し歪んだ。

「えーっ、本当にあの人と付き合ってるのぉ!?」

背後からの突然の大きな声にキョーコが思わず振り向くと、大学生くらいだろうか?女の子3人が顔を寄せ合って話している。本人たちは内緒話のつもりなのだろうが、興奮して大きくなった声は丸聞こえだ。

「全然タイプじゃないでしょ?それにすっごい年上だし」
「うん。別に好きじゃないよ」
「何?援 交?」
「違う!ちゃんと付き合ってるの!あの人結婚している訳でも、他に付き合っている人がいるわけでもないし、問題ないでしょ?」
「え~。でもこっちに気持ちはないんでしょ?」
「IT企業の社長だから?お金?」
「んー、そういう風に言い切られちゃうと困るんだけど、なんていうかなあ…。自分磨きになるかなあって」
「なにそれ?」
「あの人、やっぱり賢いしさ。お金あるから私じゃいけないようなお店とか連れてってくれるんだけど、その時マナーとかいろいろ教えてくれるのよ。暫く一緒にいたら洗練された大人の女ってやつになれるかなあって」
「その勉強代にエッチするってこと?」
「大きな声で言わないでよ。嫌じゃないからいいの!」

キョーコは半分ほどに減ったカップの中身をジッと見つめた。

(自分磨き…洗練された大人の女性…?)

つまんなくて、重いキョーコ
いつも優雅で、輝いていて、あらゆる能力に恵まれた蓮
先日のレストランでの、慣れた様子でメニューを選び、綺麗な所作で食事をとる様子が思い出される。

(少し位…ううんきっと、何か学べるんじゃない?)

あっちは遊びの、しかもつなぎ。けれどこちらはこちらでその間に…
後ろの御嬢さんのように、普段は行けないようなお店で、マナーや臆しない態度を学んで、蓮との会話から社交術やら、仕事上の知識やらを学べばいい。
『男と軽くスマートにつきあうテクニック』なんて本は買わずとも実地で学べばいいのだ。

(そうよ!それが一番てっとり早いじゃない!)

ちゃんとお付き合いしている後ろの御嬢さんとは違うけど、でも期間限定の自分磨きの時間だと思えばいい。
しかも教師は極上の男。


暖かい店内に冷気が流れ込む。

店に新しい客が入ってきたのだ。
後ろの女の子たちがぴたりと会話をやめ、店内も一瞬静まり返る。キョーコは振り返らなくてもその理由が分かった。
その客の姿に皆が見惚れているのだ。

規則正しい足音がこちらに近づいてくる。

「ごめん。待たせたかな?」

キョーコは振り向いて、ニッコリと微笑んだ

「いえ、時間通りですよ。敦賀さん」


  -ほんの僅かな一歩を私は踏み出した
                   ただ、間違った方向に -


(6に続きます)
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