2015_07
23
(Thu)11:55

ほんのわずか(7)

2014/7/4初稿、2014/9/11一部修正、2015/7/23修正の上通常公開





■ほんのわずか(7)



「上手いもんだね」

豚玉をひっくり返すと、向かいに座る蓮から感心した声が上がった。

正午を30分ほど過ぎたお好み焼き屋は土曜だけあって結構な混み具合だ。いかにも下町の店、という風情に蓮の姿はなかなかに浮いている。

自分でもやりたくなったのか、コテでお好み焼きをつつこうとする蓮にキョーコは忠告した。

「生地、上から押さえつけちゃだめですよ。ふんわり感無くなりますから」
「そういうもの?」
「そういうものです」

ふーん、と言いながらまだ未練がましくコテでお好み焼きをつつく姿はいつもより随分子供っぽい 。


「うん、美味しい」
「美味しいですね。生地にお豆腐入れても美味しいんですよ」
「豆腐?」
「絹ごし豆腐を混ぜ込むので食べただけだとわかりませんよ。なんだか中がすごくフワッとして美味しくなるんです。亡くなった母がいつもそうやって作ってて…」

残りを分けようとお好み焼きにコテを突き刺したところでキョーコの動きは止まった。

(いったい何を話しているの?)

亡くなった両親の事なんて誰にも話したことがなかったのに

「今度うちでもやってみようか?豆腐入りお好み焼き」

中途半端に切れ目をいれたお好み焼きを取り分けながら蓮が言う。

キョーコは返事をしないまま、俯いて箸を動かした。
蓮の部屋では料理どころか冷蔵庫を開けたことすらない。
“泊まらない。”“所帯じみたことはしない。”その2つだけはこうやって休みの日に会うようになってからも守ってきた。

3月の下旬に約束通りパークに遊びに行ってからは、こうやって休みを一緒にすごすことが増えた。
水族園、牧場、キョーコの思いつきに蓮は嫌な顔一つせず付き合ってくれ、身体を重ねないで一日を過ごす日もある。

ツナギなのか遊びなのか…
その楽しさと気楽さに、だんだんとこの関係の名前を考えることも無くなっている。

*
*

(やっぱり面白そう。でもハードカバーはなあ)

お好み焼き屋を出て、今日は古本屋街めぐりだ。
前から気になっていた本のさわりを読んだキョーコは、買うか買わざるべきか悩んで本の表紙や裏表紙を何度も見返した。そうしているうちにふと存在を思い出して振り返ると、ななめ後ろに立つ蓮はこちらに背中を向けてこれまた熱心に本を読んでいる。

(…居心地がいいのよね)

始まりが始まりだったせいか、妙に遠慮をする必要も自分を飾る必要も感じないし、蓮もキョーコに自分の価値観を押し付けてはこない。
考えてみればショーと付き合っている時は相手の顔色ばかり窺っていた。
初めての交際でどうすればいいかわからなくて、「ショーちゃんが楽しめること」ばかり考えて。デートともなるとプランも何も思いつかず、どこへ行きたいか尋ねて「どこでもいい」と言われ、もう途方に暮れていたのだ。
蓮も「どこでもいい」と言うけれど、どこへ行こうと楽しんでいる。それが分かるからキョーコとしても気軽に主張できる。

購入を決めたのか、本を閉じて小脇に抱えた蓮がこちらを振り返った

「熱心に読んでたね」
「敦賀さんこそ」
「うん、前から気になってたのに絶版になってた本だから…。キョーコはそれに決めたの?」
「うう…文庫なら即決なんですけど」
「でもその作家好きなんだろ?前の店でもその人の本見てた」
「…」

よく見ているな。と思う機会が増えた

結局、装丁の美しさに負けて本を購入したキョーコが店を出ると、蓮が手を差し出した。

「そのエコバック、持つから」
「え、自分の荷物ですから持ちますよ」
「俺の本も入れてほしいから、貸して」

エコバックは蓮の手におさまり、空いた手をつながれる

気遣われている、と思う機会が増えた。


次の店で、本の背表紙を目で追う蓮をそっと見つめる。

今、蓮に他に誰かいる様子はない。仕事以外の時間は大抵キョーコのために使い、無理でもこまめに連絡をよこす。
会うと大事に扱われる。
ベットの上では情熱的に触れられる。
この関係を勘違いしてしまいそうな考えがチラチラと時折頭を掠めるようになっていた。
一緒に食事をしていれば、長くいればいるほど見えてくる蓮の食事事情に、もしあの部屋の冷蔵庫を開けてしまえば…きっとじっとはしていられなくて、所帯じみた行動をとってしまう。

~♪・♪♪♪・♪~
着信音に、蓮は、店の外に出て携帯を開いた。

「はい…いえ、大丈夫です。いえ、松島部長こそ」

4月の陽気に店の出入り口は開放されていて、蓮の声は店内にいるキョーコの耳に届いた。相手は営業の松島部長のようだ。
土曜日に電話なんて緊急事態かもしれない。キョーコは開いていた本を閉じて電話が終わるのを待ち、蓮が携帯を片付けるタイミングで外に出た。

「ごめん。待たせたね」
「いえ、呼び出しですか?」
「呼び出しじゃないんだけど…」

蓮はキョーコの手を取り歩き出すと、少し困った顔をして笑った。

「アメリカへの出張が決まったって話」
「アメリカ。ですか」

開発部の貴島が担当している案件で、アメリカでのコンベンションに参加するのだが、その時に協力を仰ぎたい人物が蓮の大学の友人なのだという。

「最初は顔つなぎだけすればいいっていう話だったんだけど、コンベンション自体に母校の出身者が多くてね。いずれ営業も絡む話だから最初から最後までいろって話になったみたいだ。出発が10日後で2週間。」
「それはまた急な話で大変ですね」

エースが2週間も不在だったら大変だろうとキョーコは営業の面々を思い浮かべた。

「うん…まあね。…GW、キョーコどうする?」

言われてみれば4月も中旬だ。蓮が出国した後すぐにゴールデンウィークはやってくる。

「…前の下宿先のお手伝いとかですかね」

この数年の過ごし方を思い出すと、

「そう…」

蓮は複雑な表情を浮かべた。

*
*

その翌日から蓮は怒涛のように忙しくなった。
渡航期間に被っているアポを前倒し、事前に出来る仕事はやっておき、コンベンションの事前勉強…もういつ寝ているのかという生活だ。

週の半ば、隣の部署が少しざわついているのを感じて、キョーコは視線を上げた。
回覧を持ってきた天宮千織が教えてくれる

「トラブルみたいですよ」
「トラブル?」
「不破さんがミスったみたいです。大したミスじゃないらしいですけど、以前敦賀主任が担当されてたお客さんで、不破さんじゃ信用できないから担当を戻してくれって言ってきてるみたいで」

そう囁く顔は毒々しい。キョーコのことを妙に買っている千織は、ショーがキョーコをふってからと言うもの毛嫌いしているのだ。
結局、松島部長と蓮がショーを連れて詫びに行き事を収めたようだ。先方も機嫌を直し、最後は皆で会食に行ったらしく

「この時間のロス、出張前で忙しい敦賀主任には痛いですよね」

不破さんのせいでお気の毒に。と、騒動のその後を教えてくれた千織はますます黒い笑みを浮かべる。
キョーコはそれに応えて微笑んだ。

これで、渡航前に蓮と2人で会うことはないだろう。
メールや短い電話をよこす蓮はキョーコと一度食事をしたいと言っていたが、この1件でその時間は無くなったはずだ。


最近、共に過ごす時間が長くなり居心地がよくなって、曖昧に感じ始めた関係。

チラチラとよぎる妙な想い。
危険だ。その扉を開けてはいけない。と頭のどこかで警報が鳴る。

だから、会わなくなって、もう何も頭に浮かばなくなればいい。

「キョーコさーん、この申請書類チェックしてもらえますか?」
「いいよ。どこに出すやつ?」 

話はそこで打ち切られ、キョーコは自分の業務に戻った。



  -ほんのわずかに 見えてきたもの
           私は、必死に…目を瞑る -


(8に続く)




開発部貴島さん、この時点では名前だけの予定だったのですが、ちらちらと出現します。

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