2015_07
30
(Thu)11:55

ほんのわずか(8)

冒頭の回想部分は好き嫌いがあると思いますが…まあ大丈夫ですよね?

2014/7/11初稿、2014/9/11一部修正、2015/7/30修正の上通常公開





キョーコはそっとリビングのドアを開けた
この家に来てはじめて来た月のモノ。
ナプキンを替えてから気付いた。使用済みのそれをどこに捨てるか分からないことに。

トイレにはオープンタイプの小さなゴミ箱があるのみで、叔母さんに聞けばいいのだろうが、今は買い物で出かけている。
家にいるのはキョーコの他には中学生の従弟達。
生ゴミ用のゴミ箱は、キッチン外のベランダで、そこへは従弟がいるリビングを通らなくてはいけない。

(どうして今日に限ってポケットの無い服着ちゃっているんだろう)

いくら従弟とはいえ、今が生理中だなんて知られたくない。
どうか彼らがキョーコが手に隠したものに気付きませんように。

大丈夫。大丈夫。今はゲームに夢中だから。

そう思ってリビングに入ると…



■ほんのわずか(8)



嫌な汗をかいてキョーコは目覚めた。

夢の出所はわかっている。
あちこちとあずけられた親戚の中で、最後となった東京の叔父さんの家での記憶だ。
だが、あの後叔母さんは「ごめんね。」とすぐにキョーコが困らないようにしてくれたではないか。
昨夜予定より少し早く月のモノが来たとはいえ、どうして今更こんな夢を見るのか。

チクチクチク…
静かな部屋に時計の音が響く

そろそろ起きなければ
キョーコはノロノロとベットから出た。

着替えていて、ふと鏡に映る自分に目が行く
この2か月絶えずあった蓮からのキスマークはほとんどが消えて、残りもずいぶんと薄くなっている。
あの古本屋めぐりの日から10日、一度も体を重ねていないから当然だ。


そろそろ出なくてはいけない時間
念のためと思って鎮痛剤を探し、切らしていることに気が付いた

(まあ、ひどく痛むのは明日だろうから…大丈夫よね)

万が一の時は会社に常備薬があったはずだ。

*
*

「閑散としてるなあ」

その声に顔を上げると、開発の貴島がクリアファイルを手にフロアを見回していた。

「このフロアでインフルエンザが流行してるって本当だったんだ」
「昨日は2,3人休んでいる程度だったんですけどね」
「三沢君は…休みかあ。石橋君は…外出。大原さんも席外してるんだ」
「バタバタしてますから…お預かりしましょうか?営業の方に渡しておきますよ」

営業も企画も季節外れのインフルエンザで休む者が続出し、もうてんてこ舞いなのだ。

「じゃあ、大原さんに渡しといてもらえるかな?」
「承りました」

ファイルを渡しながら、貴島が視線を電話中の蓮に向けた。

「敦賀君も可哀そうに。昨日あんなに頑張ったのになあ」
「敦賀主任が可哀そうなんですか?」
「そ、俺たち明日からアメリカだろ?前日位早く帰りたいとか言って昨日は随分遅くまで残ってたよ。俺が営業寄った時10時過ぎだったけど、まだまだ帰りそうにない雰囲気だったからね」

あるよねえ。明日は早く帰ろうと思って前日頑張ったら、アクシデント起きるってやつ、とケラケラ笑う貴島はちっとも可哀そうと思っているようには見えない。

「企画も…結構休んでるね」
「女子社員は天宮さんと私だけですよ」
「おお、それは風前の灯だな。なんか高熱から始まるみたいだよ。キョーコちゃんは大丈夫?」
「まったくの平熱ですよ」
「それはよかった」

じゃあ、よろしく。と去っていく貴島をキョーコは見送った

確かに熱は無い。
だが、吐きそうなほどお腹が痛い。
大した着圧ではないストッキングがキョーコの下半身をねじり上げるようで
余裕のあるはずの制服のスカートはキョーコの腹部を締め付けて
背中を変な汗が伝う。

椹部長にお願いして早退させてもらおうか
千織には悪いが、この状態では仕事の能率なんて話ではない

そこへトイレで席を外していた千織が戻ってきた。
自分のことに一杯いっぱいで、朝からろくに顔も見ていなかったが、椹と話すその顔色は悪く目が潤んでいる

「おーい。最上君」

椹がキョーコを呼んだ

「天宮君、熱が38度近くあるそうだ。インフルエンザの可能性が高いから、このまま病院に行って帰宅してもらうよ。1人で大変だろうが頼むよ」

吐きそうなほどお腹は痛い
だが、誰にうつる訳でもない。
キョーコは精一杯の笑顔で千織を送り出した。

(こうなったら薬よ。クスリ!眠くなるとか言ってる場合じゃないわ!)

丁度お昼だ。薬を飲んで、空いてる会議室でウトウトしたら随分楽になるだろう。
キョーコは蜘蛛の糸にすがる亡者のごとく常備薬を置いているキャビネットに近づいた。

見つけた鎮痛剤の箱……それは空だった

「……」

(そういえば、私、運が悪いのよね…)

それにしたって空き箱くらい捨てときなさいよ!箱見た時の喜びを返してよ!心の中で毒づいていると、背後から声をかけられた

「あれ、キョーコちゃん、どっか怪我でもしたの?」

振り返ると、石橋光が水のペットボトルを手に立っている。もう片方の手には既に抜け殻となった最後の鎮痛剤。
思わず凝視していると、光はキョーコの視線に気が付いたらしい

「ああ、俺。頭痛持ちでさあ。心配しなくても今日はそんなにひどくないから大丈夫」

と、ポイッと捨てられるキョーコの希望の星…の抜け殻

「ほんと困るよね。頭痛。肩こりのせいかなあ」
「…誰かが水泳がいいって言ってましたよ」
「ほんと?じゃあ今度ジムさがしてみようかな。で、キョーコちゃんはどうしたの?」
「あ、いえ…靴擦れなんで、絆創膏を…」
「そっか、お大事にね。じゃ、俺ちょっと仮眠取ってくるよ」

と、石橋が入っていくのは会議室。

(石橋さん、恨みます…)

恨めしげに「使用中」と書かれた会議室のプレートを見ていたキョーコだったが、結局急ぎの仕事でろくに食事もとれずに昼休憩は終わった。

*
*

7時過ぎに仕事を終え、エレベーターを待つ頃にはもう朦朧としていた。

(鎮痛剤買って帰りたいけど…ドラッグストアによる気力ないな…)

食欲はないが、薬を飲むなら何かお腹に入れなくてはならない。すぐに食べれるものが部屋にあっただろうか?
誰も乗っていないことをいいことにエレベーターの壁に寄りかかる。

(コンビニって薬も置いてたよね。鎮痛剤もあるのかな…でもコンビニよるのも辛いなあ)

ヨロヨロとビルを出たところで、後ろから腕を掴まれ、ぎょっとして振り返ると

「え?敦賀…主任?」

たまたま会社の人はいないが、誰が通ってもおかしくない場所でのその行動にただ驚く。
蓮は何も言わず、すごいスピードで引き摺るようにキョーコを連れて歩く。

「ちょ、待ってください。そっち駅じゃありません!」

小声の抗議は無視され、蓮が片手をあげ、タクシーが停まった

後部座席にキョーコを押し込むと小振りのビニール袋を押し付け、口早に運転手にアパートの住所を告げる
蓮の手が少し乱暴にキョーコの頭を撫ぜた

「今夜はちゃんと休むんだよ。…お願いします」

その声と共にドアは閉まった。

蓮が足早に社屋に戻る背中が見えなくなってから、キョーコは押し付けられたビニール袋の中身を確認した。

少し皺になった一万円札
大きなゼリー、そして

鎮痛剤


下を向いたキョーコに運転手が焦ったように声をかける

「お客さん?もしかして吐きそうなんですか?」

キョーコは俯いたまま首を横に振った


誰にも気付かれなかったのに

誰も気付いてくれなかったのに



ポロン…
蓮と関係を持ってから初めて涙が零れた


   -  ほんのわずかに扉が開いた
           そこから何かが変わっていく -


(9につづく)
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