2015_08
27
(Thu)11:55

ほんのわずか(12)

2014/8/8初稿、2014/9/12一部修正、2015/8/25修正の上通常公開





月曜日
キョーコは久しぶりにいつもより早い時間に出勤した。そのわけは昨夜至る所につけられた痕の所為もあるけれど…

(おかしく…ないわよね?)

トイレの鏡で胸元のネックレスを何度も確認する。



■ほんのわずか(12)




(職場にアクセサリーなんて…)

と、ブラウスのボタンを上までとめて

(でも…これくらいだったら、みんな普通につけてるし)

と、また外す
それを何度か繰り返しているうちに

「あ、キョーコさん。来てたんですね」

千織がトイレに入ってきたのは開襟になっているタイミングだった。

「おっ、おはようっ!」
「おはようございまーす。なんか今日暑くなりそうですね」

千織の変わらぬ様子からどうやらおかしくはないのだと安堵してトイレを出る。部署に向かうために通りかかったエレベーターからは到着を知らせる電子音。
バラバラと降り立った中に蓮がいた。

「おはよう。キョーコちゃん」
「最上君、おはよう」
「おはようございます」

その中には石橋や椹もいて、挨拶を交わす

「おはよう。最上さん。」
「っ!おはようございます」

かかった声に緊張したが、蓮は周りの営業マンたちと話しながら先を歩いていく。
その姿にホッとしたような残念なような気持ちになっていると、フロアの入り口で蓮がこちらを振り返った。

一瞬だが神々しい笑みと、意味ありげにつつかれた蓮のネクタイ
そこは丁度ネックレストップがある場所で…

一気に心拍数が上がった。


*
*

翌日、キョーコは6時過ぎに仕事を終えた。

席を立つと蓮が電話している姿が目に入る
2週間も席を開けたので、暫くは忙しいだろう。当分仕事帰りに会うことは叶わないだろうが、それでも同じフロアで姿が見れ声が聞けることにキョーコの心は浮きたっていた。

小さな期待が、自分の想いをさらに膨らませているのが分かる。
エレベーターを待ちながら、首に巻かれたストールに隠れた石をそっと触れた。

「あ、キョーコちゃん!いいタイミング!」

かけられた声にハッとして手を離した。フロアから出てきた愛理が手を振りながらこちらに向かってきている

「大原さん。まだお仕事ですか?」
「うん、今日はもうちょっとかかるかな」
「大変ですね」
「全然!今のやっちゃったら終わりだし…ねえ、キョーコちゃんは明日仕事忙しい?」
「いいえ?」

キョーコの仕事は今余裕がある時期だ

「じゃあさ。明日ランチ外で食べない?石橋君のおごりで」
「ランチは嬉しいですけど、どうして石橋さん?」
「ほら、だいぶ前だけどキョーコちゃん石橋君のことでアドバイスくれたじゃない?」

ああ、とキョーコは思い出す。蓮と関係をもつきっかけとなったあの残業

「あれはアドバイスなんてもんじゃ」
「ほんとにやってみたのよ。『石橋君は石橋君しかできない仕事をして欲しい』って。そしたら仕事まかしてくれるようになってね。お蔭で敦賀君がいない間もなんとかやれたし…。だから石橋君に今までのツケも含めて私たちにご馳走しなさいっていったの」
「いや、でも」
「石橋君も『喜んで』って言ってたから」
「はあ…」
「これは石橋君にも美味しい話なのよ」
「はあ?」

なんだかよくわからないが、押し切られて明日のランチを約束していると、フロアから蓮が出てくるのが見え、心臓が跳ねる。

「最上さん、帰るんだ。お疲れ様。大原さんは…まだだよね」
「あんなややこしい資料頼まれてすぐ帰れるわけないじゃない。敦賀君は?」
「ちょっとコンビニ。アイスコーヒーが飲みたいんだ」
「あ、じゃあ、私の分も買ってきて」
「いいよ。」

一緒にチョコも買ってきてくれるように頼むと愛理はフロアに戻って行った。

「明日、大原さんと石橋君とランチ行くの?」
「…そういうことになりました」
「そっか、残念」
「え?」
「いや、何でもない」

エレベーターの扉が開いて、2人は乗り込んだ。
同乗者がいない空間に緊張する

「…やっぱりよく似合ってるよ。ネックレス」
「あ、りがとうございます」
「つけてくれて嬉しい」
「いえ…あ、あのやっぱり仕事忙しそうですね」

仕事ではない話が出来るのは嬉しいがやはり恥ずかしい。話題を変えた

「まあ、流石に長い間出てたから仕方ないね。でも時期的にはそんなに立て込む時期じゃないから、今週中には落ち着くよ」

蓮の右手がするりと伸びてキョーコの左手を握った

「…週末はゆっくり会えると思う」

長い指がキョーコの指に絡まる
心臓はもう限界という位にはね続けている。キョーコは俯いて…小さく頷いた


エレベーターが5階で止まり、扉が開くより前に手が離れていくのがなんとも寂しい。

「敦賀君。お久しぶりね~。」
「上尾主任。お疲れ様です。」

再び動き出したエレベーターの中で経理主任と蓮の会話が弾む。キョーコは顔が火照っていないかと心配だったがお気に入りの蓮とのおしゃべりに夢中の上尾には気付かれなかったようだ。
1階でエレベーターを降りてエントランスを出ると、今日は風が強い。ストールを巻きなおすとキョーコは2人に頭を下げた。

「お先に失礼します」
「最上さん。お疲れ様」
「気をつけて帰ってね。最上さん」

もう一度頭を下げて、コンビニに向かう蓮と上尾と別れた

電車を待つホームで、先程蓮に握られた左手を右手で包む


週末、言ってみようか?
「泊まらせてください」と

それとも聞いてみようか?
「私のことどう思ってますか」と

それとも告げようか?
「貴方が好きです」と

*
*


翌日は予定通りランチに出かけた。

「石橋さん、本当にご馳走様でした」
「いえいえ。俺もキョーコちゃんとランチできてすっごく楽しかったよ。また行けたらいいな。」
「私も楽しかったです!3人でまた行けたらいいですね!」
「…うん」
「…石橋君、可哀そうに」
「?大原さん、何か言いました?」
「ううん。なんでもない。あの店当たりだったわね。」
「本当に美味しかったです!」
「大原さんはお店詳しいよね」
「たまの外ランチが楽しみなのよ。当然じゃない。あ、あそこもちょっと高めだけど美味しいのよ」

愛理の指差した先は、通りを挟んだイタリアン。
丁度ドアが開いて、出てくるのは…

「あ、敦賀君。ビジネスランチかな?」

想い人の名前にキョーコは胸を高鳴らせ…その後凍りついた
蓮がスマートに開けたドアから出てきたのは、長く美しい黒髪を靡かせた若い女性

「うわっ、美人!」
「彼女かな?流石敦賀君だね」

蓮が止めたタクシーに乗り込みながら美女が何か話しかけた

蓮が笑う

キョーコを暖かく包んでくれたのと同じあの神々しい笑みで




荷物を置きにきたロッカーで、キョーコはネックレスを外した。
それを無造作に鞄の中に滑り込ませるとフロアに向かう

「あれ?キョーコちゃん。あのネックレス可愛かったのに外しちゃったの?」

流石に女性は目ざとい

キョーコは笑った

「留め金壊れちゃったので外しちゃいました」


もう、2度とつけることはない



 ― ほんのわずかな期待、そして浮かれた心は
                  一気に奈落へと突き落とされる ―

(13へ続く)




ベタベタベタベタベーター♪の3日間の巻でした。
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